今まで自分が一番生きやすいところは何処か?探してきたつもりが結局何も見つからなかったような気がする。自分のためはもちろん、人のために何かできるかなんて思いもよらない。人のために何かできることはないか?と、考えたとき辿り着いたのは『介護』と言う世界だった今年の春、祖母が脳梗塞で倒れ、寝たきり生活となった。今まで家族の世話から、食事の支度まで何でもこなしていた人が、名実ともに老人となった。

祖母はベットの上からでさえ「もう、お米しかけたん?」などと、今でもやる気はまんまんで、「病気が治れば又、動ける」などともう自由の利かなくなった左手をさすりながら言う。「そうやなあ。またそのときがきたらお願いするわ」などと、家族は笑いながら答える。

祖母にとって家族の世話をするというのは生きがいであった。それを病気が奪ってしまった。今の祖母にとっての毎日は、勝手に一日中話し掛けてくるテレビの相手をすること。

 

そしてただ眠ること。あんなにどんなことでもこなしてきた人がこうもかわってしまうのか。もちろんそれは祖母のせいでもなく誰のせいでもない。しかし、いまの現実は目の前にあるこの風景なのだ。そうなんだ。祖母はあくまでも私たちの祖母で別に何もかわってはいない。今まで毎日早起きしてたぶんちょっと取り戻ししてるだけ。そう思うことにしようと心に決めた
なんて言っても実質の祖母のお世話は兄嫁である姉の負担となった。食事から排泄まで。本当によくしてくれていると心から‘感謝’である。姉の毎日を見ていると祖母に始まり、祖母に終わる。と、言っても過言でないほどだ。あれでは姉がダウンしてしまわないかと、心配になるほどの献身ぶりには、頭の下がる思いだ。
やはり「心」なんだと思う。少しでも心地いいように。少しでも安心して過ごせるようにと思いやる気持ちが大切なんだと思う。祖母がおしえてくれた人を思いやる心というものを大切にしながら、自分ができる人のためにできることと言うものをがんばってやっていきたいと思う。

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