定年から10年余経過した今、印象に残っている事を、散文的に綴ってみたいと思います。
東大寺  仁王尊像、戒壇院の四天王は、空ろ気味な私に奮い立たせるような力を、三月堂の不空羂索観音菩薩、日光菩薩,月光菩薩は、安らぎを与えてくれたように思います。中宮寺  弥勒菩薩半跏像は、樟材の一木造りながら金銅仏と見違えるほどに艶やかで、優しさに満ち溢れる慈悲の姿には、なんともいえぬ色気さえ感じさせます。飛鳥時代の最高傑作でしょう。
聖林寺  安置されている十一面観音の豊満な身体、流れるような天衣、等その造型の美しさには心を揺さぶられるものがあります 長谷寺  早朝5時頃車で家をスタートすると6時頃長谷寺に着きます。門前町はまだ静かですが、それでも2〜3軒草餅の準備か、湯気のあがった家が見られ長閑なものです。町を通り抜けて仁王門を潜り本堂につながる石段の登廊をのぼっていきます。その両側に朝露をいただいて咲き誇る牡丹には見とれるばかりです。お勤めのために登っていかれるお坊さまから朝の挨拶をされるのも嬉しいものです。本尊の十一面観音像は日本最大の木像とか。

能登半島  娘が結婚して石川県 羽咋市に住んでいるので足場にしています。
 輪島 輪島塗の歴史は1000年にも遡るとされ、室町時代には紀州根来塗の技術も取り入れたとされています。椀、盆、等木地から上塗に至るまで漆を75回から上等なものは124回塗り重ねるそうです。見所としては、“輪島漆器会館”がお勧めです。朝市は地元の人が地元で取れた魚介類、野菜、果物など何時も決められた道の場所で売っているので、新鮮な季節の食材を手頃な値段で手にすることが出来、旅行者の人にも人気があります。朝8時から11時頃まで開いています。なお朝市の近くの一膳やさんで食事した時ホタテの貝殻を鍋代わりに、魚や大根、白菜を“いしり”(鰯や烏賊で作る塩汁)のだしで炊いた汁物を出されましたが、その美味しかったこと。いまだに思い出されます。

松本。 諏訪。 乗鞍岳。

北陸自動車道糸魚川インターから南へ、姫川沿いに松本に向かいます。両サイドの山は次第に峻険さをまし、その雄大さに圧倒されながら谷底の川に沿ったじぐざぐ街道を走りました。昔は塩を運んだ道と思われますが、その苦労が偲ばれます。佐野坂トンネルを抜けるとすぐ右手に見える青木湖越に見える冬場はスキー場であろう、ゆるやかなスロープをえがいた山すその景色は、スイスで見た風景にも負けない、素晴らしいものでした。スキー銀座を思わせる数多くのスキー場案内看板が途切れると眺望が開け松本までもうすぐです

 

松本 入れば取り敢えず松本城。別名烏城と言われる通り、黒壁で囲まれ西南方向から見上げると烏が羽を広げたように見え、かっての要害城であったことが偲ばれ国宝第一号だけのことはあると思いました。裏通りに入ると、如何にも城下町らしい雰囲気がしっかり残っています。地元の蕎麦を食べましたがその美味しかったこと。未だにあれだけの蕎麦には出会えません。帰り竹風堂の栗羊羹をお土産に買いました。
上諏訪湖のホテル紅屋に宿泊。湯量豊かな温泉に入り、カルテットでビバルディの四季の演奏を聞きながらの食事。尚山の端に沈む夕日を、カーテンをいっぱいに開いて見せてくれた演出は優雅な気持ちを一段と高め素晴らしい思い出になっています。翌朝アール・ヌーヴォーの代表作エミール・ガレ、ドーム兄弟作の工芸品などを展示している北沢美術館に立ち寄りました。ライティングも美しくさすがと思わせるものがありました。
中央自動車道で帰る予定でしたが山並みを眺めていると、8月だと言うのに残雪を頂いた山が余り遠くない所に見えるではないですか。近くまで行ってみようと山に向かって車を走らせることにしました。思ったより時間がかかりそうなので地図で調べてみると、乗鞍岳とわかり勇気を出して進む事にしました。白樺の多い上高地乗鞍林道、雄大な乗鞍高原を過ぎてから畳平に到着するまでの間当時は地道で大きく蛇行し、工事箇所もあったりして渋滞し、結構時間がかかりましたが、標高2707mの畳平に着き平地では見なれない景色を前にして、疲れも吹っ飛んだ思いでした。道の直ぐそばの背丈を越す残雪、日当たりのよさそうなところに咲く可憐な高山植物の花、乗鞍岳の最高峰、剣ヶ峰の側壁で山スキーを楽しむ人々、眼下に広がる素晴らし眺望、等と共にさわやかにして、清らかな空気に包まれ、幸せなひと時を持つことが出来ました。帰りは乗鞍スカイラインを下り高山経由で帰りましたが今にして、高山に1泊すべきだったと悔やんでいます。
ゴルフ
仕事の関係でゴルフを始めてから30余年。最も印象に残っているのが私のホームコース飛鳥カンツリー倶楽部月例競技での優勝です。グロス82ネット64、ぶっちぎりの勝利でした。平成3年8月4日、丁度私が定年になった年です。それから11年余、年々腕は落ちグロス100を切るのがやっとこさ。でもプレーが出来るだけで幸せだと思っています。
社交ダンス
社交ダンスを始めたのは、平成4年4月西大寺社会保険センターのシニア社交ダンス入門講座に入ったのがきっかけでした。平成12年3月同講座終了までの8年間つまずきながらも楽しくダンスを習うことが出来ました。今になれば健康維持に最適の趣味を身につける事が出来たと思っています。現在もシニア中級、一般特科講座に入りダンスを楽しんでいます。これからも生涯学習の積もりで頑張るつもりです。