◆ 家庭教師・沙織の恋人 ◆



■ 第1回 ■  教え子との約束

「なぁ、ちょい付き合えよ。 彼氏とケンカでもしたんだろ?  さっきからずっと一人だぜ?」

フードコートのベンチに座る私にその男はしつこく声をかけてくる。
目の前を行ったり来たりして、時々うしろを振り返り私の友人が帰ってこないか気にしながら。
この手のナンパは無視を決め込んであしらえば良かったのだけどそうもしてられない。
彼が帰ってきたら一悶着起きてしまいそうなのは明白だったから。

「なぁ、なぁ、観覧車いこうぜ! 並ばずに乗れるパスあるんだ」
本当なのか少し色の違うフリーパスをちらつかせる。
「ごめんなさい、待ち合わせてるの。 他の可愛い子を誘って」
携帯もあるから後で連絡すればいいし。
私は彼と男が鉢合わせしないよう席を立った。
でも、ナンパの成果が乏しかったのか男は簡単には諦めてくれない。

「キミ、最高なんだけど。 他の子になんて目が向かないよー」
ダブダブのズボンをヒラヒラさせながら顔をニヤニヤさせる。
異性に褒められるのは嫌いじゃないけれど嫌悪感の方が勝ってしまうわ。

デートなのだから私なりに着飾ってきていたの。
彼と会うとき、普段は7分丈のパンツやスカートでもレギンスを穿いてあまり肌を露出しないようにしていたけれど、今日はデニムのショートパンツから素足を出してミュールで足元まで今の子風におしゃれしている。
男の目はさっきから日焼けしてない素足と薄手のキャミソールの上を往復していた。
あからさまに値踏みする視線がいやらしい・・・。
ホント、頭の中が異性のことばかりなこの手の男って好きになれないわ。
私のタイプはもっと・・・。



「先生っ、ごめんなさい。 手間取っちゃって」

心配してたことが現実になってしまった。
落し物を遊園地事務所に届け終えた翔くんが帰ってきてしまう。
当然彼はナンパの事情は知らないから、私の隣に立つ男を見て首をかしげる。

「えー・・・と、はじめまして、ですか?」
「あん? なにお前??」
両極端の反応を見せる二人。
「あの、僕、せん・・・いえ、望月さんの友人で・・・」
「はあ? 中坊がなにヌカしてんだよ?」

翔くんは背丈や格好、雰囲気から誰が見ても中学生だった。
真面目だけが取り柄な私の初めての教え子。
私の弟と同じ学校だったのが縁で、週に数度家庭教師で教えている年下の男の子だった。
それだから、女子大学生の私と不釣合いに見えても仕方ないのかもしれないけれど。

だけど彼の紹介は間違っていたの。
突然だし、まだ恥じらいがあるのはわかるけど・・・ちゃんと二人の間柄を主張してほしい。
翔くんにはその資格があるのだから。

「違うでしょ、翔くん。 私と君は・・・」
まだ慣れていない私も途中で口ごもってしまう。
でも、深呼吸してから断言してみせる。

「そうよ、約束だもの・・・! 翔くんは私の、彼氏! なのっ」



男は目を丸くし、翔くんは赤くなってうつむいた。
「んなワケ・・・」
「あるのっ。 だから邪魔しないで。 行こう!翔くんっ」

私は教え子の手を取ってこの場から立ち去ろうとした。
だけど納得してない男は私のショルダーバックを掴んでしまう。

「もっとちゃんとした言い訳なら諦めてもやるさっ。  でも、これはないだろ?? こいつ中坊だぜ?  マジデートとか、中坊相手にエッチとか、ありえなくね?」

やっぱり相手は納得しないで絡んでくる。
弟だと言えば穏便に乗り切れたかもしれないけれど、それはしたくなかったの。
だって本当のことなんだから・・・。
私と翔くんは付き合ってる。 夏休みの間だけだけど二人は恋人同士だったの。


「本当よっ。 信じたくなかったらそれでもいいわ。 あなたには関係ないことだから」
冷たく言い放ってみたけれど男はなおも食い下がろうとする。
「バカにされて引き下がれるかよっ。 ナンパにもプライドってもんがあるんだぜ」
どうしよう?? バックから手を離させないと逃げられないし。
それにもし怒りの矛先が翔くんに向けられたら・・・。
温厚でケンカなんかしたことなさそうな翔くんはきっと何も出来ないまま。

「ならよー。 彼氏なら・・・キスしてみせろよ。 彼氏なら出来るんだろ? なっ? やって見せろよ。 ここで、早くっ、ギャラリーがいる前で、ほらよぉ」

男の無理難題に唇をかむ。
恋人と言ってもあれからまだ一週間しか経ってない。
キスどころか抱擁もまだ。 デートもここが初めてだった。
フードコートで食事をしている家族やカップルもこの騒動に私たちに顔を向けてる。
そんな中でキスなんて・・・。 羞恥心がまだ邪魔をしてしまう。

「早くやってくれよ。 中坊とキスをさっ、大人のお姉さんっ」
からかうように男は煽り立てる。
それが琴線に触れてしまったのかしら?
今まで黙っていた翔くんが私と男の間に割って入ってきた。

「失礼ですが、僕と沙織先生は恋人同士です。 キスはまだだけど、でも本当なんです! そう約束・・・したんだから。 彼氏になって先生を守るって!」

突然の恋人宣言に男も不意を突かれる。
彼にとって子供扱いの中学生が強く自己主張したことに驚いているんだわ。
翔くんが現れたとき以上に目を丸くした男に隙が出来た。

「翔くん! 走って!」
私は男の手がバッグを奪い返すと翔くんの手を取って走り出す!
「あ、こら! 待てよっ、お前ら!」
男も私たちを追いかけようとするけど、通りかかった警備員が目に入ったのだろう、10メートルも走らないうちにすごすごと引き返していく。

「翔くんっ、このまま走るわよ!」
「はい! 沙織先生っ」

走っているうちにランナーズハイになったのかしら?
このアクシデントを楽しんでしまってる。
恋人になる約束をして一週間。
家庭教師の授業で何度も会っているのに手すら繋げなかった。
でも、今はこうしてしっかり翔くんの手を握り締めてる。
翔くんも私の手を握って離さない。

やっとスタートラインに立てたのかしら?
本当は偽りの・・・期間を決めた約束事にすぎないのに。


弟と同じクラスで友人だった篠原翔くんの家で二年の一学期から始めた家庭教師。
教師志望の私にとって最初の教え子、そして最初の試練だったわ。
出来る限りの努力はしたつもりだったのに、翔くんの成績は伸びてくれない。
通う学校が有名進学校で生徒のレベルが高いと言っても、頑張ればそれなりに結果は付いてくるものよ。
だけど・・・大学の授業と現実のギャップを痛感してしまう。

そんな時に彼が1つの提案をしてきたの。
期末試験でクラス3位以内に入れたら私と約束して欲しいと。
夏休みの間だけ恋人関係になる約束を。

クラス3位なんて平素の彼の成績じゃ夢物語だった。
でも少しは発奮材料なればいいと思って私は約束したわ。
そして翔くんは、見事に2位の成績を上げてくれる。

本当にうれしかった・・・。
目の前にニンジンをぶら下げる手段だったけど、それでも結果を出してくれて本当に良かった。
自分の指導力のなさに絶望して教師になる夢を考え直していた時だったから、たとえそれが大人のお付き合いのような経過を辿ったとしても後悔はしないはず。
翔くんは真面目でいい子だし、私も時折教え子ではなくて異性として彼を見てしまう瞬間もあった。
だからこの約束も、頑張った翔くんへのご褒美として喜んで叶えてあげる。
パートタイムだけど恋人として・・・彼とこの夏休みを過ごすの。


でも、彼は・・・大人しいせいか経験もなくて、デートも私が提案しなきゃ実現しなかったし、手だってこんなハプニングがなきゃ繋ぐ機会もなかった。
このままだと何もないまま夏休みが過ぎてしまいそうだったの。

だから、私。
年上として、翔くんを導いてあげようと心に決める。
デートもして、手もつないで、キスも経験させてあげる・・・。
でなきゃ対等じゃないもの。
男女の関係まで経験済みな大学生の私と、きっとまだ経験のない中学の翔くん。
対等なキスが出来るくらいまでは二人の仲を進めたい。







「先生?」

あれから観覧車に乗って、恥ずかしがる彼をメリーゴーランドの馬車に乗せて写メして、ホラーハウスでわざと怖がって抱きついて、花壇が広がるこの場所でこうして見つめてる・・・。

「うん。楽しかったわ。 翔くんのおかげね」
「そんなことは・・・ないですから・・・」
手を繋げたのは逃避行の間だけだったけど、それでもたくさん話をして笑い合って、本当に楽しいデートだった。
「本当よ? 一番うれしかったのは、ナイトのように私を守ってくれた翔くん」

もう日は落ちて周囲は暗くなっていた。
街灯が灯る下をカップルが等間隔に陣取ってデートのラストを堪能してる。
ううん、ラストじゃないかも知れないわね。
これから始まる大人の時間への序奏・・・かしら。

「でも、遅くなったらいけないから」
門限は決まってないけれど、中学生を深夜まで連れ回したりはしない。
だから、ここで・・・。 翔くんともう一歩先に進むの。
「あとは帰るだけだから・・・ね?」
一歩前に進んで翔くんと向き合う。
「助けてくれたお礼・・・それに、恋人宣言してくれた感謝の気持ちよ・・・」


翔くんも男の子だから、周囲のカップルがしている恋人としての儀式には気付いていて、私が肩に手を乗せると緊張した表情で固く目を閉じる。

「ありがとう、翔くん・・・」
「沙織、せんせい・・・・・」

かすかに触れ合うだけのキス。
目を開けると翔くんが見つめている。
だからもう一度・・・今度は大人のキスを。

「せん、せい・・・。 沙織、先生っ」

呼び名は先生のままだけど、翔くんは私を抱きしめてくれた。
身長差があるから彼の唇は届かない。
だから私が屈んで、初めて翔くんからのキスをもらう。
少し乾いた唇が強く・・・荒い鼻息がくすぐったいけれど、力強いキスをもらって胸が熱くなる・・・。

でもそこからは、翔くんは自分が何をしてるのか分かっていなかったみたい。
普段の彼ならありえない大胆さで私を求めたの。
お尻に手を回してスカートの上からまさぐると、強引に引き寄せて自分の股間を太腿の辺りに擦り付けてくる!

嫌ではなかったわ・・・本当よ?
直情的だけど思春期の男の子なら許せる範囲。
キスだって私が求めたものだもの。 こうなることも少しは頭の中にあった。

だけど、翔くんは・・・。

自分の行為に気付くと想像を超えた強い罪悪感を抱いてしまったの。
「先生っ、僕っ・・・僕っ・・・!」
涙声の中からはそれくらいしか聞き取れなかった。
腰に回した手が震えだし引き付けを起こしているよう。
そして自分の手で私を引き剥がす。
顔も上げず声も出さないで背を向けると、遊園地の出口へと駆けていく!

「待って!」と言う間もなかった。
未熟な彼にとって誘惑の重さを理解してあげられなかった自分を強く恥じる。
硬く勃起させた翔くんオチン○ンの感触を太腿に熱く感じながら・・・。




■ 続 ■




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