◆ 紀子先生の冬休み・旅情編 ◆



■ 第1回 ■  露天風呂で

「うーーーん! この開放感っ! 来てよかったあーって思わない? 紀子」
「うーん・・・まぁ、ね」

何の躊躇いもなく大きく背伸びをしている和美を横目に私は渋々同意するしかなかった。
だってそこは岩と松の風景が作り出す日本庭園の風情と開放感が調和した気持ちのいい場所だったから。
古びた木の扉から一歩足を踏み出すと、真冬なのに足裏の濡れた岩の感触と木の香りをまとった冷気が心地よい。
深呼吸をすると周囲の緑の香りに混じって微かに硫黄の香りもして温泉の風情を引き立てていたの。

「ちょっと紀子ぉ。 修学旅行じゃないんだからもっと堂々としなさいよ。 そんなんじゃ近所の健康ランドに来てるのと同じじゃない」
背伸びを終えた和美はくるりと私の方に振り向くと、あからさまに嫌味な表情を浮かべる。
まぁ、和美の言い分も分かるけどね。
貴重な源泉賭け流しの露天風呂に来ているんだもの、身体を隠すタオルが無粋なくらい分かってるわよ。
「だからって、全然隠さないでいるのも他のお客さんに迷惑でしょ?」
両手で前を隠している私と違って、和美はタオルを握ったまま腰に手を当てて仁王立ち。
形のいい胸と結構立派な茂みを私に見せ付けるかのように堂々としてる。

「見せても減るものじゃないし?」
「増えたら怖いから」
お馬鹿な会話に和美はケラケラと乾いた笑い声を上げる。
大学の同好会からの付き合いだけど就職してもこんなところは変わってない。
「同好会での旅行でもそうだったわよねー。 一人だけバスタオルで完全防備しててさ。 彼氏以外には同性にも見せません!みたいな感じだったじゃん?」
むぅ、あの頃はまだ恥らうお年頃だったのよ。
そりゃあ人生経験を重ねてきた今じゃ、そんな抵抗感も薄らいではいるわよ。
いるけど・・・さ。

「まー、年下の男の子に囲まれてる職場なんだから、プライベートでもそれくらいガードが固い方がいいのかしらね? ちょっとした女先生の無防備な仕草に、授業中に男子の股間が総起ちになったら大変だものねー」
人事のように言ってるけど、和美の言葉には一理あったから否定はしない。
自分でもハッとして反省する場面、今までにいくつもあったんだし。
「でもさっ。 色気を感じない女先生も味気ないわよ?? 女のあたしだって、大人の雰囲気な女先生に憧れてたもん。 教職者としてお堅いのもいいけれど、ちょっとは生徒に夢見させてあげてもいいんじゃない?」
なんか真面目なんだか不真面目なんだか良く分からない理屈を並べられる。

「だー、かー、らあー・・・・・・」

そんな話の流れだったから警戒しておくんだったのよね。
和美の性格から簡単に想像出来たことなのに、露天風呂の開放感が警戒心を解いてしまってたのかしら。
すっと伸びてきた手が股間を覆い隠すタオルを奪うまで気付けなかったの。

「ちょ、ちょっと!」
「とっとと温泉入るわよ。 せっかく来たんだし楽しまないとっ」

タオルを奪った和美は掛け湯もしないでそのまま湯船に飛び込む。
まるで小学生のようなはしゃぎよう。
他の女性客がいたら完璧に顰蹙の対象になるはずだったけど、時間が遅いせいなのかしら? 冷たい視線を向ける同性はいなくてホッとする。

「ほらっ、来なさいよ! 結構奥まで湯船続いてるわよー」
岩に腰掛けて木の桶で丁寧に掛け湯をしていた私を置いて、和美の姿は湯船から立ち上る濃い湯気の向こうに消えてしまう。
「はいはい。 付き合ってあげるわよ・・・」
足から湯船に入り肩まで浸かって、素肌に心地いい温泉の暖かさと滑りを少し堪能してから立ち上げる。
「なんたって、今日は彼氏の代役だものね」


実は、今日のことは前から計画されていた旅行じゃなかったの。
学校で土曜の勤務を終えた頃、突然和美から連絡があって一緒に温泉に行こうと誘われる。
帰宅する前に駅前で和美の車に拾われて、半分拉致される格好でこのホテルに連れられた訳。
道中で話を聞くと、どうも一緒に行くはずだった彼とケンカしたみたい。
それまでに何度かメールで彼の浮気を愚痴ってたから、今回もそんな原因だったのかしら?
和美の彼氏とは面識はなかったけど大学時代から付き合ってる人らしかった。
私の方は就職を期に恋人と別れてしまっていたから和美たちを応援する気持ちは強かったの。
だから断ってもおかしくない旅行だったけれど、こうして彼女のワガママに付き合ってる。

ひざ上にまとわりつくお湯を掻き分けながら進むと、和美の言うとおり露天風呂の奥も広々としていた。
所々大きな岩が迫り出していて奥まで見通せなかったけれど、結構大きな露天風呂なのね。
だけど・・・・。 なぜなのかしら?
こんなに広くて、そして風情もあるお風呂なのに一人の宿泊客とも出会わない。
ホテルへの到着が遅くなって夕食の時間をかなり過ぎてはいるし、ホテルの一番奥まった古びた場所にあるお風呂なので敬遠されてるのかしら?
ここには和美に連れられて来たのだけどホテルの廊下には別の露天風呂の表示もあったから、皆はそっちに行ってるのかしら?

「遅いぞ。新任女教師っ」
もお、恥ずかしいなー。 別に職名で呼ばなくてもいいのに。
和美は戦利品のタオルをクルクル回しながら私を待っていた。
周囲を見回すと洗い場もないし、迫り出した岩に囲まれてる場所。
「なんでこんな奥まで・・・」
文句を言おうとする私を遮って和美は。 「今日はあたしも、浮気するからっ!」
「は? なに言ってるの?」
突然の浮気宣言を口する。

そして、面食らってる私に構わずに。
「旅の恥は買ってでもしろ!って言うじゃない?」
「教師に向かって、そんなぬるいボケしないの」
「だから彼氏がいない紀子を誘ったのよ」
「だから、なに?? 浮気したければ勝手に・・・」
反論が途切れたのは和美の言葉ではなくて、彼女の背後から現れた人影に驚いたから。

「2対2、ちょうどいいっすよね?」
だってそれは、男性・・・若い二人の男の姿だったんだもの!!




■ 続 ■




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