「フム・・・」
和海は軽くため息をついた。一回戦を 6-3 6-2 のストレートで制し、チームのところへ帰る途中だ。調子は悪くない。
しかし、何か気がのらない・・・。
(地区大会まで来て・・・ 不満はないのに・・・ )
少しいらついている。理由は分からない。
とりあえず次の試合は1時間後だ。少しでも疲れをとっておかないと致命的である。
「先生、 6-3 6-2 で勝ちました」
和海は陣地で涼んでいた柿崎に報告した。
「やったなぁ!! それじゃぁ、次までに身体を冷ましとけ。熱射病にならないようにな。痛いところはあるか?」
「いえ、別にないです」
「よしっ 次も勝て!!」
「はい」
素っ気ない返事に柿崎は何か言いたそうだったが、和海はそれを無視してテントの上に横になった。顔にはぬれタオル。15分ほど仮眠をとるべく、和海はそっと目を閉じるのだった。
ピピッ ピピッ
時計のアラームがなった。
「う・・・ん・・・・・・ だあぁぁっ」
目を開けたとたん、和海は横へ飛び退いた。
「おはようございます!!」
そこにはドアップの奈美の顔があったからである。アラームの時間を見計らって、和海の顔をのぞき込んでいたのだ。
「一回戦突破ですね。おめでとうございますっ」
「・・・あのなぁ、思い切りおどかしといて おはよう だの おめでとう だの・・・もう少し違うこと出来ないのか?」
寝起きの目をこすって一応文句を言う和海だったが、その顔には微笑が浮かんでいる。
「じゃぁ ・・・ファイトッ・・・ でいいですか?」
「 ・・・う〜む・・・ ま、次も絶対勝つからまかせとけって!!」
ぐっ・・・と親指を立てて、横に倒す。和海の絶好調のサインだ。
それに答えるように奈美もニコッと微笑んだ。
(そうか、これが見たかったんだな)
霧が晴れるように気分が和らいでいくのを感じながら、和海は一言呟いた。
「・・・・・・」
緊張に表情が薄らいだ和海を見て、柿崎は無言でうなずいていたが、和海達はそれに気づく様子もなかった。
「うしっ!!」
軽く呟く。昨日までずっと練習していた変化球もよく決まる。完全に流れは和海の方へ傾いていた。
(へっ、あせってやがる)
和海には相手の表情を見る余裕すらあった。そして、確実に点を奪っていく。
「よっしゃあ!!」
1セット目はストレートで取った。和海は思いっ切り波に乗っていた。
「先輩!がんばってぇ!!」
この声が和海の力を120%引き出しているのだろうか・・・。
時々、ちらっと彼女の方を見る。その度に奈美は笑顔で手を振ってくれる。さらに和海に力がみなぎるのだった。
和海はこの時ほとんど疲れを感じていなかった。失敗するという不安も全くなかった。
「いやぁったぁ!!」
和海は飛び上がってガッツポーズをした。
二回戦突破。和海の実力では考えられない、ストレート勝ちだった。
「やっぱ、上には上がいるんだなぁ・・・」
コンビニでジュースを買いながら、秀直が言った。
「しゃぁねぇよ。それにあそこまで行っただけで満足さ」
「しかしなぁ、準決勝まで進むなんてなぁ・・・すげ〜快進撃だよな。ひょっとして、大学でもテニスやるのか?」
「さぁな。今のところその気はないけど・・・」
缶ジュースをゆっくりと飲みながら、和海は言葉を濁らせた。
正直大学に行って続けようという気はない。けど、今までやってきたテニスを捨てるのも何か・・・胸の中にぽっかり穴の開いた感じ・・・そう、喪失感・・・なんてものもある。
それが和海の言葉を濁らせた原因だった。
「何でだ。こんなに力があるのにやめちまうのか?」
秀直はもったにないと言わんばかりの表情で振り返る。
そう言う秀直本人は大学で工学を学ぶといっているが・・・
「う〜ん、正確に言えば迷ってるんだよね。せっかく積み重ねてきたものだしな・・・」
「まぁ、人のことにあんまり口はさむのも良くないしな。 ・・・あ、そうだ。俺と同じ大学に来るとかいうオチはやめてくれよな」
「こっちだって!! ・・・ま、工学系は行くかもしれねぇけど・・・」
「ま、とりあえずは志望校をすべらないようにすることだな。本当の意味で、こっからが勝負だぞ。」
「あぁ、お互いにな・・・」
ニッと笑いあい。2人はコンビニを出た。もう夏休みの終わりとはいえ流石に外は暑かった。
後輩の指導という名目で二人は夏休みの間だけもう少しクラブを続けた、その帰りである。
「クラブに夢中になって勉強をお留守にするなよ」
「フン、そのセリフ ノシつけて返してやるよ」
「じゃ、またな」
「おぅ!」
和海は自転車にまたがってペダルをこぎはじめた。
(・・・・・・早いもんだな・・・奈美と出会ってもう一年か・・・あと半年で、もう会うこともなくなるん・・・だな・・・)
そう、和海は大学へ行くことによるもう一つの喪失感を感じていたのだ。
来年、おそらく奈美は和海とは違う大学に行くだろう。そうなったら当然彼女には全然会えなくなる。
「 ・・・人生は、出会いと別れの繰り返し・・・か、でも・・・やだな」
ボソッと呟いて、いったん視線を前に戻した。そこには・・・・・・
「ストップ! ストップ!!」
少し前の方で手を振ってる奴がいた。
キキィッ
和海はブレーキをかけて自転車を止めた。
「あ!・・・お前 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰だっけ?」
和海の冷たい一言で、手を振っていた人物の表情が変わった。
「・・・中野だよ。隣のクラスの・・・」
「あ、あの時の」
ポンと手を打つ和海を中野はジト目で見ていた。
「・・・で、その中野くんが何の用?」
別に親しくなかったが・・・と言う口調で尋ねる。
「いや、特に用って事もないんだけど・・・ここ、俺の家だし・・・」
何となく気分転換に通った道が、偶然彼の家の前だったということらしい。
「あ、そうそう・・・地区大会、準決勝まで行ったんだってね。おめでとう」
「お、サンキュ・・・」
「それと、言うの忘れていたから直接いっとくよ。お茶の間、閉鎖するから摩佐にも伝えといてよ」
「はぁ??」
いきなりの中野の言葉は和海を混乱させた。
(・・・そういえば地区大会で準決まで行ったことや、以前のケガのこと、そんなに広めたはずのないことも良く知っている。・・・・・・摩佐のことも・・・もしかして・・・こいつ・・!)
「分からなかった?DREAMER(ドリーマー)だよ」
「へ?」
「大学行くつもりだからそのための準備とかでね。お茶の間の運営が苦しくなってきたんだ。だから、この夏休みで閉鎖することにしたんだよ。まぁ続けても良かったんだけどね、ちょっと色々と問題もあってね。 ・・・KAZU?」
「・・・何で俺が分かった?」
「うちの高校テニス部。チャットの内容とか色々考えると自然にしぼられてくるだろ?まぁ、だいたいネットでいろんな事しゃべり過ぎなんだよね、KAZUは」
そう言ってDREAMERは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「じゃぁ、あいつのこともか?」
「吹田さん・・・だっけ?ちょっと顔を見てみたくなったんだよ。それであの時声をかけてみたんだけど・・・まさかまだ気付いてなかったなんてね・・・」
(・・・ほどんどどっかの悪役だな)
和海はチラッとそう思った。
ネット上で見せる嫌みな(突っ込みとかする)性格は地のようだ。
「まぁ、卒業したらバラバラになるんだから、今さら別にどうって事ねェさ。ちょっとびびったけどね」
ムスッとした口調で和海は言った。
「ふ〜ん、で、彼女と同じ大学行けそうなのか?」
ぴくっ
和海の表情が微妙に変わった。
「へっ、んなこと他人に心配してもらいたくないね。 ・・・お茶の間は閉鎖、つたえときゃいいんだろ!!」
「お、おい、どうしたんだよ」
「じゃぁな」
慌てる中野に冷たい視線を浴びせ、そのまま自転車のペダルを思い切り踏み込んで、和海は走り去っていった。
「・・・ちぇ、またやっちゃった・・・」
和海の背中を見ながら、悲しそうな表情で呟く中野であった。
「何であんなに怒鳴ったんだろ」
部屋のベッドに寝転がって、さっきの出来事を思い出す。
和海は無意識に奈美のことを考えていたんだろう。
奈美との別れ・・・それは彼にとって受験以上に重大な問題だった。
和海はさっきの中野の言葉はそんな和海の心を見透かしたように思えたのだ。
さっきの出来事とともに、次々と奈美の顔が浮かんでくる。
喜び、微笑み、悲しみ、怒り、困惑・・・ 様々な奈美の表情があらわれては消えていく。
(「彼女と同じ大学・・・行くのか・・・?」)
中野のセリフが何度も思い出される。
「ちっくしょう!!」
和海は思いっ切りベッドを殴っていた。
夏休みも終わって、三年生の受験勉強が本格化してきた。
案の定、和海は少し乗り遅れていたが・・・。
秀直も他の友達も、「志望校だ」 「塾だ」 とかいった内容の話を多くしている。
和海は一応、テニス部のある、K大を目指していた。
人に流されて後悔するよりは・・・という気持ちからだ。
この時期は時間の過ぎるのが早い。うかうかしていられないのが現実である。
ただ、摩佐については勉強ではなく就職に悩んでいた(と思う。本人は至って気楽だったが)。
そして・・・新しい目標に向かうことで、奈美から離れることで、完全に彼女を忘れようとしていた。
夏休みの間、奈美についてはさんざん悩んだ。告白しようか・・・
しかし、今さらっていう気持ちもあった。
そして、何より奈美が俺のことをどう思っているか怖かった。
いくらこのまま会わないからと言って奈美との今の関係を、いい先輩後輩の仲を続けたかった。
俺は奈美の中の楽しい想い出でいたかった。
・・・・・・でも、ただ逃げているだけじゃないのか・・・?
それじゃ、何も進まない。後で後悔するだけだ・・・ ・・・わかってる・・・わかってる・・・
勉強しながらも、今でも彼女を無理矢理忘れようと苦しんでいる。
そんなことを考えながらだから、勉強はそんなに進むわけがない。
時間が過ぎる。覚えることが多すぎる。時は無情に・・・友は時に宿敵に・・・。
和海はパニックに陥りかけていた。眠い・・・。
睡魔と無気力と混乱の攻撃を和海はかろうじて振り払い、また机に向かって勉強を続けていくのだった。
12月に入った。そろそろラストスパートの時期だ。友達と何かをしようとする奴はいない。
学校では問題集や教科書にむかっている者ばかりである。
「・・・・・・どうもこの雰囲気は苦手だなぁ」
家で勉強していた和海は バタン とペンを置いてのびをした。時間は14時過ぎ。
何となく気になって二階の窓から外を見た。
(・・・雪!?)
空からは白い毛玉のようなものが降っていた。
「はぁ、過ぎぬは遅じ、過ぎたるは早し・・・か」
三年間色々なことがあった。クラブでのケガ、挫折、秀直との勝負。そして、奈美との出会い・・・etc・・・想い出ばかりが頭を駆けめぐっていた。
(!?)
外に人影が見えた。
「誰だろ・・・このバカ寒いときに・・・、えっ?」
思わず鋭い声を上げてしまった。雪の中にたたずむ人影・・・少女・・・今もずっと頭の中にいた・・・奈美だった。
和海は発作的に部屋を飛び出した。普段なにげに開けているドアさえももどかしかった。
外に出た和海は、全力疾走で彼女のもとへ走った。
「・・・・・・!!先輩!」
「何やってるんだよ、この寒いのに。風邪ひくぜ」
しかし奈美は何もいわずに首を振る。そしてカバンの中から四角い箱をとりだした。
「少し・・・早いですけど・・・」
そう言って、かわいく包装された四角い箱を和海にわたした。
『Merry Chrisutmas!!』
そう書かれたメッセージカードの文字は和海の中でもやもやしていた心の霧を吹き飛ばしていた。
この寒い冬空の下でも和海の心は温かくなっていった。
「お前・・・これを渡すために、ここまで・・・?」
「・・・先輩、K大・・・合格して下・・・さい」
「え?」
「私も、K大・・・目指します。 ・・・またテニス・・・やりましょう・・・ね」
彼女の顔は真っ赤だった。いや、彼女の顔も、のようだ。2人ともその後の言葉が見つからないようだった。しばらくして、和海がようやく口を開いた。
「・・・あぁ、吹田さんが応援してくれるから、絶対受かるよ」
「・・・ハイ・・・がんばって・・・下さい・・・」
顔を上げた二人の瞳にはお互いの顔しか映っていなかった。
「まかせとけって!!」
気恥ずかしさを隠すように和海は、親指を立てた手を横に倒して・・・絶好調のサインを奈美に示した。(=^-^=)σ
「はいっ!!」
奈美は満面の笑みを浮かべて、顔中真っ赤で黙っている和海の顔をのぞき込んだ。
そんな二人を見守っているのは、しんしんと降り続く純白の雪だけであった。
このストーリーはフィクションであり、登場する人物・団体名等 は架空のものです。