KCN-Netpressアーカイブス

人と心とふれあいと
Vol.14



漆工芸家
北村昭斎さん

華菱文玳瑁螺鈿箱
北村昭斎作  第45回日本伝統工芸展
朝日新聞社賞受賞作品

華麗な意匠と丹精な技
うるわし、うるし


 アジアの各地に伝えられてきた漆文化は、日本でも窮極の美の世界として万華の花を咲かせました。心を誘い込むような深い黒、華やかな朱、落ち着いた拭漆など、漆の色はそれだけでも充分な魅力を湛えます。まして、沈金、蒔絵、螺鈿といった技法を施した漆工芸であれば、その美しさはいかばかり。

 北村昭斎さんの手から作り出される作品は、伝統をしっかり受け継ぎながら繊細で秀麗な意匠で目を奪います。このほど重要無形文化財保持者(人間国宝)認定を受けた北村さんをお訪ねしました。

  北村家は代々の漆の家。正倉院宝物の修理、復元にも大きな役割を果たしてきました。北村さん自身は東京芸術大学漆工科で学び、数年のインダストリアルデザイナーを経て漆工芸の道を歩み始めたそうです。

 「父の助手として仕事をしながら、県展や日本伝統工芸展などの展覧会にも出品しました。四十歳代初めの頃、大きな賞をいただいたんですが、その後、三回続けて落ちたんです。それでも会の世話や会場での列品解説はしないといけないし、辛い時期でした。

 それに修理、模造の仕事もあるでしょ、すると依頼して下さった方への信頼に応えられていないような気持ちにもなるんです。しばらくは自分の作風が見えなくなりましたね。でもその経験で人間が錬れたように思います」

  正倉院宝物や、第一級の国宝復元模造を手がける傍ら自身の創作活動も、と困難な二つの道に踏み込みながら、どちらも大きな成果を挙げたのは、淡々としかも倦まずたゆまずの努力の積み重ねがあればこそでしょう。

  平成六年には選定保存技術保持者の認定も受けておられますが、これは今回の認定と同じ文化庁が認定する文化財保存制度の一つ。今まで二つの認定を受けた人はいませんでした。

 「文化庁としては前例のないことだったそうです。有形文化財を保存する為の技術というのは自分の作品を制作するだけの問題ではない責任の重い役割ですから、今回の認定をある人から『両肩が重くなりましたね』といわれましたがそういうことですね。

 感想とか抱負とか尋ねられますが、自己の技術の錬磨と継承を、今までと変わりなく続けていくだけです。いろんな仕事をしてきて、それぞれに印象深いのですが、父と一緒にした春日大社の蒔絵の琴の修理と復元模造も心に残っています。

 国の依頼で作りましたがその時、同じものをもうひとつ制作しました。これは、家に置いておくよりはと春日大社へ奉納させていただきました。昔なら奉納というのは貴族や武将がすることで、一介の工芸家がというのはおこがましいのですが」

 膨大な時間と技法の限りを尽くした秀麗な作品を奉納、しかも「させていただく」という言葉。北村さんの姿勢には、おおいなるものへの畏敬と感謝、祈りが込められていて、だからこそ人智を越えた美の世界が創りだせるのかも知れません。

 今春、鶴岡八幡宮の依頼で完成させた沃懸地籬菊螺鈿蒔絵手箱(いかけじまがきにきくらでんまきえてばこ)は北条政子愛用と伝えられていた名宝の復元。明治六年ウィーン万国博出品の帰途、伊豆沖で船と共に不幸にも海中に沈んだ幻の名品が見事に蘇り、人々の耳目を集めました。

 「人間の手でできるのは自然の持つ美しさにできる限り、手を加えずに生かすことではないでしょうか」。心に残ります。



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