KCN-Netpressアーカイブス

人と心とふれあいと
Vol.17


春日大社禰宜
春日大社禰宜
    (ねぎ)
岡本彰夫さん

見えない世界にこそ宿る深い心


 宇陀郡曽爾村で代々庄屋を勤めたという家に生まれ育った岡本さんが、神と共に生きる道を志したのは高校生の頃だそうです。旧家であればあるほど有為転変は世の常。そんな日々にも決して変わらなかったのが、神仏への祈りだったと言います。
 自らの決断で國學院大学神道科を選び、故郷大和への思いから春日大社へ奉職。連綿として守り継がれる春日大社の歴史と伝統の中で、何よりも大切にされるのが祈りです。

 20世紀、見えなかった細菌やウィルスが見えるようになり、不思議な自然現象も証明され、暗闇が消え、距離が無くなりました。そんな時代の中で忘れかけていたのが祈る心。見えない世界。
「おんまつりひとつにしても手を合わせることを知らない人が大変多い。深夜に行われる御遷幸の儀では、かつてなら行列が通 る時に頭を下げ、柏手を打ったものです。今の人は知らないのではないかと、数年前から教えるようにしました。知らずに育っているんですね。
  奈良女子大学や帝塚山大学で講師をしているんですが、立ち居振る舞いも教えるんです。かつては家庭で自然に伝わっていたことが、絶えているのでしょう。教えると実に興味を持って聞いてくれるし、厳しい巫女の修行も人気がある。若い人たちは伝統的なことを嫌っているのではなく、知るチャンスが無かったのだと思いますね」

岡本彰夫さん 12月17日、おんまつりに行われる真夜中の神事は、身震いするほど感動的です。一切の明かりが消された参道を百人ほどの神人が袖と榊でご神体を囲み、神様の出御を告げる警蹕の「をー、をー」という声をあげながら粛々と進みます。夜の空よりもなお暗い森の中にこだまする大音声、黒い影となって進む行列。古い記録に森が動くと書かれているそうですが、まさにその通 り。大いなる存在が体で実感されます。
「まつりというのは同じことの繰り返しです。心を表すために形を整え、複雑な作法に則して諄々と受け継がれていく。私などもおまつりの時は、自分の役割に没頭していますと邪念も消えて無の境地になっていくように感じます」

 大社に残るさまざまな古文書の中で最も貴重なもののひとつと言われる「遷宮日記」を繙いた時は、1カ月間精進潔斎して臨んだそうです。鎌倉時代初期からの作法通 りに今も行われていることが分かって、身が引き締まったとか。
「見えない世界をおろそかにしてはいけないのだと思います。見つからなければいいといった風潮も、畏れや祈りの欠如につながっているのかも知れません。自然と共に生きる、浄めるということはアメリカでも、大変共感されました。21世紀こそ神道が求められるようですね」

 奈良に伝わる古い物を通 して語られる歴史や人、味わいなど岡本さんの話しは尽きることのない面白さです。このほど一冊の本としてまとめられた中には、正倉院御物から骨董、古材、茶粥まで、また外からは窺い知れない大社で用いられる道具のことなどが岡本さんならではの視点で書かれています。感心したり、頷いたり、時には品の良いユーモアで頬もゆるみます。奈良の楽しみ方にこんな道もあったのかと嬉しくなる本、最早続編が待たれます。


「大和古物散策」
「大和古物散策」ぺりかん社刊2,600円



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