| 弥生、桜月、雛月、花見月、そして夢見月というのも3月の呼び名。書いているだけで明るく華やいだ感じがします。人が「暖かくなった、外出しようか」と思う気温は一日の平均気温が10度、最高気温が15度くらいだそうです。大体3月中下旬頃でしょうか。春色といえばまず桃や桜の薄紅色を連想しますが、早春に咲く花の色は黄色が多いようですね。雪中に春を告げる福寿草から始まり、マンサク、ミツマタ、ナノハナにレンギョウ、そうそう春の野原に欠かせないタンポポも黄色の花。
先日通りかかった奈良町の小塔院にはスイセンが門から奥へと咲き続いていました。花に誘われて境内へ入ると、体がスイセンの香りにすっぽりと包まれてでしまうほど。その日は冷たい風に思わずコートの襟を立てるような曇り空でした。もしも、小塔院のスイセンに出会わなかったら、春はまだまだと思ったに違いありません。一年間に一秒も違わないほど正確な時計を持ちながら、季節に疎い人間にくらべ、自然界は何とおおらかな時間を刻んでいるのでしょう。
雛祭りには桃の花を飾って、ちらし寿司に蛤のお吸い物。女の子がいなくても季節の折節にはささやかな行事は忘れないでいたいものですね。3月9日は紅葉で有名な正暦寺で人形供養が行われます。人形は飾らなくなったものや古くなったものでも、なかなか捨てることができないものです。そんな人形を集めて供養してくれるのが正暦寺。本堂に集められた人形は役目を果たして、どれもほっとした表情に見えてしまいます。子供が幼い頃に手放せなかったぬいぐるみは、ほつれていたり、みすぼらしくなっていてもなかなか処分できないもの。こうして丁寧に供養していただけると少しは恩返しができたような気がするものです。
大学の女子寮に伝えられてきたお雛様や阪神大震災で壊れたり、汚れたお雛様もここへやってきました。亡くなった娘のものという人形はきれいな布に包まれていました。人形は他の玩具と違って、遊んだり飾った人の思いが残っているように感じられるのでしょうか。たいがい思い切りのいい人でも、人形をゴミとして捨てるのは抵抗があるようです。豊かな緑と清流に恵まれた正暦寺で行われる人形供養は、ほんのりあまやかな行事です。3月の行事というと東大寺二月堂のお水取りが何といっても筆頭ですが、正暦寺にも一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
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