第6回
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  今回は一の垰から始まります。タワとは尾根が撓んだところのことです。垰は多和とも書かれ、タワと呼ばれるところは奥駈道に3ヶ所。行者還岳で昼食のお弁当をいただいてから約1時間で一の垰に着きます。山は動じないもの変わらないものに譬えられますが、実際に歩くとその変容には驚かされるようです。台風や大雨では道が削られたり、崩れたり。大木が倒れて道をふさいだりと風景が一変してしまうとか。ただでさえ困難な奥駈け修行が一層大変になり、予定が遅れてしまうことにもなります。世の中には不変なものは無く、常に変転していくことを実感するのも修行のひとつなのでしょうか。一の垰から約1時間弱で石休宿。特に何かあるところではありませんが靡のひとつですから、勤行に般若心経を唱え、すぐに歩き出します。倒木を苔が覆い、「もののけ姫」の一場面のように美しく神秘的な弁天の森を過ぎると講婆世の宿。大峯中興の祖、聖宝理源大師像が祀られています。この像に触れると雨が降るとは有名な話ですが、夏山の午後といえば雷が鳴り、土砂降りの雨に見舞われることが多いのです。奥駈けではこのあたりに大体午後3時頃通ることになりますから、昔からこんな風に言い伝えられてきたのでしょう。
  さて、ここからが胸突き八丁の急峻な坂道です。ここまでは峰中隊形で足の弱い人を前に、行列奉行と呼ばれるベテランが列の間に入り、最後に後詰が控えて落ちこぼれないようにサポートして歩くのですが、その体制を解きます。若くて体力のある人はどんどん先へ進み、足に自信のない人はゆっくりと歩いていきます。それぞれの体力、体調に合わせて無理をせずに、ということでしょうか。荒れた真っ直ぐの、その分勾配が更に厳しい旧道を駆け足で登る人もいれば、九十九折の新道をのんびり行く人もいます。やがて、標高1895mの弥山へ。山頂の手前にある弥山小屋に集合して全員で天河弁財天の奥宮である弥山山頂へ参拝します。ここは役行者が感得したという弁財天社が祀られる霊蹟として知られています。この山小屋は手入れが行き届き、居心地もいいとか。発電機の音もあって、ほっとするそうです。夕食はご飯、煮物、味噌汁、漬物など。夏の山を歩き、岩をよじ登って来ればどれほど汗をかき、泥にまみれていることか。吉野の宿以来、お風呂はありません。山上ヶ岳には一応お風呂がありますが、貴重な水ですから、かけ湯はとんでもありません。そのままお湯に浸かるだけですから、後になればどんなことになるか。という訳で松井さんは山上ヶ岳でもお風呂をあきらめたそうです。水は大変貴重なので水で体を拭くのでさえ、もったいなく着替えるだけ。当り前と思っている暮らしが、ここではとんでもない贅沢になるのです。
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大峯奥駈道を行く 「第6回 一の垰から舟の垰」
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