自動車室内空気中の化学物質汚染

―内装材からの放散物質による運転者の健康影響―


200224

CSN #223

近年、シックハウス症候群、シックビルディング症候群、シックスクール症候群など、室内空気中の化学物質汚染による健康影響が懸念されています。これらの汚染原因の1つとして、室内の内装に使用される材料から放散される化学物質があります。これらの化学物質は、特に新築直後において高い濃度を示すとともに、入居直後において発症することから、新築病と呼ばれるケースもあります。

その他、このような室内空気中の化学物質汚染として、自動車室内の空気汚染が考えられます。これまで自動車室内の空気汚染としては、外気の自動車排気ガスが自動車の空調系統から取り込まれたことにより、ベンゼン、エチルベンゼン、トルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物(VOCs)が自動車の走行状態や外気の状態に応じて高い濃度で検出された研究報告がなされています[1]

しかしながら、自動車の室内内装材には、住宅や建物と同様に、揮発性有機化合物(VOCs)を放散する可能性のある素材(接着剤、塗料、天井・床・壁材などの合成樹脂系素材、シートなどの合成繊維系素材)が使用されています。そのため新車時の自動車室内が揮発性有機化合物(VOCs)で汚染されている可能性は、住宅や建物と同様に想定されます。

20011219日に、オーストラリア産業科学研究省(DISR)の研究機関である連邦科学産業研究機構(CSIRO)は、この問題に関する研究報告を発表しました[2][3]。この研究の中でCSIROは、購入者への引き渡し3週間後から3台の新車を用いて2年間に及ぶ研究を行った結果、次の事例報告を見出しました。

 

CSIROの研究では、製造後310週間経過したオーストラリア製の2台の新車において、ベンゼン、アセトン、シクロヘキサン、エチルベンゼン、MIBK、ノルマルヘキサン、スチレン、トルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物(VOCs)が検出され、それらのVOCsを含めた総揮発性有機化合物(TVOC)としては、最高64,000μgm3以上の濃度が検出されました。また、3台目の新車は輸入車で、製造後4ヶ月経過していましたが、それでも約2,000μgm3TVOC濃度が検出されました[2]

オーストラリアでは、国立健康医療審議会(NHMRC)が室内空気汚染低減の目標値としてTVOC室内濃度500μgm3を勧告しています[4]。また、TVOCはさまざまな揮発性有機化合物の総量なので、健康ベースとした許容濃度を定めるのは難しいのですが、Molhave Lによって表1の提案が示されています[5]

表1 不快感/健康影響とTVOC混合物との間の用量/応答関係の提案)

TVOC濃度(μgm3)

反応

曝露範囲

200未満

無影響

快適範囲

2003,000

刺激/不快感があり得る

多要因曝露範囲

3,00025,000

刺激/不快感、頭痛があり得る

不快感範囲

25,000以上

頭痛に加えて神経毒性

毒性範囲

 

CSIROの研究では、最初の6ヶ月間でTVOC濃度は約60%まで低下していますが、それでもNHMRCが勧告しているTVOC濃度の目標値には到達しません。CSIROのヘッドであるSteve Brown博士によると、「ちょうど住宅やオフィスの室内のように、外気よりも高濃度に汚染されている。そのため新車に乗ると、NHMRCが定めた室内濃度の目標値よりも数倍以上高い濃度の有害化学物質に曝露する可能性がある。これらの有害化学物質への曝露を避けるために、新車購入後の少なくとも6ヶ月間は、運転中に外気を豊富に取り入れるべきである。しかしながら、交通量の多い道路では、自動車排気ガスが入ってくるので、それも困難であろう。つまり私たちに必要なのは、低放散量の自動車内装材である。」と述べています[2]

CSIROは、住宅や建物を含め、室内空気汚染を原因とする病気や生産性損失により、オーストラリア国内で10億ドル/年以上の費用が発生していると試算しており、政府機関はさらにアクションを行う必要があると述べています。また、健康的な室内空気と環境に配慮した製品を消費者が選択できるように、製品の環境ラベリングシステムとして、グリーン・エアーラベル(Green Air Label)を開発し、段階的に導入するよう勧告しています。

自動車室内空気中の化学物質汚染に関しては、日本国内では平成12年度室内環境学会において、大阪府立公衆衛生研究所の吉田らが報告しています[6]。吉田らの研究グループは、国産のワンボックス型の新車を購入し、実際に使用しながらほぼ1年間、車内の化学物質濃度を測定し続けた結果、納車直後のTVOC濃度が約13,800μgm31年後において約670μgm3検出しています。

タクシーや長距離トラックの運転手など、長時間自動車を用いる労働者を除けば、一般的に住宅や建物ほど自動車室内で長時間過ごすことは少なく、また自動車室内の空気は空調装置や窓の開放によって比較的早く換気ができますが、検出されている濃度が高いため、揮発性有機化合物(VOCs)による空気汚染をより一層減らすためにも、内装材料に使用する素材の改善を中心とした対策が必要と思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] Kenichi Azuma:自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度, CSN #099, September 29, 1999
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Sept1999/990929.html

[2] Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation (CRISO): New car drivers exposed to toxic emissions,Media Release - Ref 2001/290 - December 19, 2001
http://www.csiro.gov.au/index.asp?type=mediaRelease&id=newcars

[3] BBC News: Newcar smell linked to cancer, December 19, 2001
http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/asia-pacific/newsid_1719000/1719214.stm

[4] Department of the Environment and Heritage: Final Draft of the State of Knowledge Report on Air Toxics and Indoor Air Quality in Australia, November 2000

[5] Thad Godish, 訳注: 小林 剛: シックビルディング, Ohmsha, 1998

[6] 吉田俊明 et al:平成12年度室内環境学会ポスターセッション, December 19-20, 2000


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