グルタルアルデヒド消毒液のイギリス市場撤退


2002325

CSN #230

2002122日付けイギリスBBCニュースによると、イギリス国民保健サービス(NHS)の医療機関などで汎用的に使用されている、Johnson & Johnson社のグルタルアルデヒド消毒液(商品名 Cidex)が、20025月までにイギリス市場から撤退されると報告しました[1]

グルタルアルデヒド消毒液は、主に病院の内視鏡機器や手術・歯科医療機器の消毒剤として使用されていました。グルタルアルデヒド単独では粘稠液体であるため、消毒作業が行いやすい低粘度溶液とするために、1%50%の水溶液として市販されています。

グルタルアルデヒドは、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドと同じカルボニル化合物であり、強い刺激臭を有しています。また、ホルムアルデヒドと同様に非常に反応性が高い化学物質で、タンパク質と即座に反応する強いタンパク質変性を持っています。それゆえ粘膜や皮膚に対する腐食性や気道への強い刺激性を有することから、従来イギリス健康安全局(HSE)は、職業上曝露基準(OSE)として0.2ppm (0.83mg/m3;15分間平均値)を定めていました[2]

しかしながら、1998イギリス健康安全局(HSE)の専門家委員会は、リスクアセスメントの再評価を行った結果、グルタルアルデヒドには安全な曝露限界が確認できないとし、ALARP(実行可能な限り低く)の原理に基づく最大曝露限界(MEL)へと基準を変更する決定を下し、職業上曝露するグルタルアルデヒドのMELを、0.05ppm (0.2mg/m3;8時間平均値及び15分間平均値の双方)に定めました[2][3]

19993月には、職場でグルタルアルデヒド消毒液に曝露し、深刻な喘息様症状を患った2人の看護婦が起こした訴訟において、2人の看護婦が勤めていた病院が損害賠償請求に応じて和解が成立し、病院側は2人の看護婦に対して謝罪しました[4]。また20004月には、医療器具の消毒にグルタルアルデヒドを使用し、喘息を発症した手術室内勤務の看護婦が起こした訴訟において、裁判所は病院側に損害賠償の支払いを命じました[5]

このように、労働環境におけるグルタルアルデヒドの基準値改訂や、訴訟における被害者側の勝訴など、イギリスでは医療現場におけるグルタルアルデヒドへの曝露による健康影響が理解されてきていました。それゆえグルタルアルデヒド消毒液を販売しているJohnson & Johnson社は、グルタルアルデヒド消毒液(商品名 Cidex)をイギリス市場から撤退する決断を下したものと思われます。ただしJohnson & Johnson社は、グルタルアルデヒドの代替品として、グルタルアルデヒドよりも揮発性の低いオルト−フタルアルデヒドをすでに開発しており、199912月からアメリカで商品名Cidex OPAとして販売しています。日本でも2001115日から新製品医療器具用 殺菌・消毒剤「ディスオーパ*消毒液(0.55%)」として全国の医療機関向けに販売が開始されました[6]。この商品は、融点56度のオルトフタルアルデヒドを0.55%溶液とした消毒液で、グルタルアルデヒド消毒液よりも揮発性が低く、刺激性も低いとされています。そのため安全性向上策として、日本消化器内視鏡技師会でも報告が始められています。

医療現場におけるグルタルアルデヒドへの曝露による健康影響問題は、作業室の換気設計やグルタルアルデヒド消毒液の取扱上の教育など、揮発性を有する化学薬品を扱う基本的なルールや設備ができていない、あるいは守られていないことが大きな原因の1つです[7]。揮発性及び刺激性の低い消毒液への置き換えに甘んじず、まず、そのことをしっかりと見直す必要があります。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] BBC News:Withdrawl of disinfectant hit by safety fears, January 22, 2002
http://news.bbc.co.uk/hi/english/health/newsid_1775000/1775534.stm

[2] Health & Safety Executive, Leaflets about Hazards at Work: CHEMICAL HAZARD ALERT NOTICE – GLUTARALDEHYDE, CHAN 7 (REV), February 1998
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=12271

[3] Health & Safety Executive, Health Services Advisory Committee: GLUTARALDEHYDE and YOU,IAC64 (rev1) 12/01 C100,February 1998
http://www.hse.gov.uk/pubns/chan7.htm

[4] BBC News:Nurses win disinfectant case,March 29, 1999
http://news.bbc.co.uk/hi/english/health/newsid_307000/307051.stm

[5] BBC News:Theatre nurse wins asthma damages, April 17, 2000
http://news.bbc.co.uk/hi/english/health/newsid_716000/716520.stm

[6] NIKKEI Press Release:J&J、医療器具用殺菌・消毒剤の「ディスオーパ 消毒液 0.55%」を発売, November 5, 2001

[7] Kenichi Azuma:グルタルアルデヒドによる労働衛生問題, CSN #215, December 3, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Dec2001/011203.htm


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