ノルウェーの室内空気質(IAQ)ガイドライン


2001430

CSN #184

199912月にノルウェーの国立公衆衛生研究所(National Institute of Public Health: NIPH)環境医学部R. Bechrらが発表した報告書[1]から、ノルウェーの室内空気質(Indoor Air Quality: IAQ)に関するガイドライン「室内空気質の推奨ガイドライン:Recommended Guidelines for Indoor Air Qualityを紹介します。

このガイドラインは、ノルウェー厚生省(The Norwegian Department of Health and Welfare)が国立公衆衛生研究所(NIPH)に対して、より実用的なリスク評価手法を用いて既存の室内空気質ガイドラインを見直すよう指示し、改訂されたものです。このガイドラインは、労働環境や国民の健康に関連した室内空気に対して健康関連の行政機関が取り組む上で、重要なツールになることが目的とされています。

この報告書では、「室内空気汚染物質が測定できたとしても、健康影響と室内環境曝露との因果関係が明らかになることはまれであるため、科学的知見が不十分ではあるが、昨今の室内空気質に関わる問題の大部分は解決可能である。室内環境要因が健康影響を引き起こすメカニズムは十分にわかっていないが、予防のための基本原則と健康回復手段は広い範囲で合意があるため、これらの合意手段の大部分が既成のリスク状況を避けるための基本となる。」と述べています。

この報告書の中で、室内空気質問題の要因を解明する段階的手順に関する勧告が述べられていますので、概要を以下に示します。また、健康影響をベースとした室内空気質のガイドラインを表1に示します。

  1. 症状やその変化が建物に関連した要因によるものかどうかを調査し、問題の範囲を詳述すること。可能であれば、他の医学的な要因が排除されるべきである。建物を適切に維持管理することは、室内空気質問題に対する重要な予防手段である。質の低い室内空気は、換気や暖房装置が不完全や不十分である場合が関連していることが多いと考えられる。つまり、他の可能性を考慮しながらも、まずは建物の換気システムを注意深く検査することが重要である。
  2. 他の重要で一般的なチェックポイントは、喫煙、湿気、微生物の繁殖状況、温度、カーペット、特殊な汚染源の有無、室内の清掃状況、ダスト、用いている材料や製品が室内用途かどうか、騒音、照明などである。また特に、アレルギーをもつ子供がいる建物の中には、ペットを持ち込まないことである。
  3. 最初の段階では、温度と二酸化炭素(CO)濃度を測定し、その結果を居住者に知らせるべきである。もし室内空気問題がこれらの測定結果から解決できなければ、さらに範囲を広げて測定を行わなければならない。まずは比較的確認が容易な、喫煙、不快臭、カビ、ダストなどのいくつかのリスク要因の関連性について調査する。そして可能性のある室内空気汚染物質を分析的手法により測定する。これらの測定は、機器分析を含むより広範囲な分析的手法を必要とする。しかしながら、単一の室内空気汚染物質を測定しても、室内空気質に関連する健康影響を直接的に説明できることはほとんどない。そのような単一測定は、問題が確定している場合だけに限られる。  

表1 健康影響をベースとした室内空気質のガイドライン[1]をもとに作成)

対象物質

ガイドライン

たばこの煙

全般的なガイドライン
たばこの煙による既知の深刻な健康リスクや低濃度曝露での刺激に基づくと、室内環境で喫煙を行うべきではない。

現実的なガイドライン
ノルウェー政府は公共地域での喫煙を法的に規制していない。そのため、次の2つのガイドラインが確立されている。

  •  喫煙可能とされている室内空間では、ニコチン濃度が1.0 µg/m³を越えないこと。
  •  喫煙コーナーがあるレストランの禁煙エリアでは、ニコチン濃度が10 µg/m³を越えないこと。

湿気と微生物汚染

ガイドライン案

  • 過剰な湿度が長期間生じるべきではない。
  • 目に見えるほどのカビの被害やカビの臭いが生じるべきではない。
  •  細菌のガイドラインは一般的な室内環境では設定できない。
  •  ハウスダストのガイドライン:1 µg Der I allergen/g dust

ラドン

ガイドライン案
200から 400 Bq/m3の間のラドン濃度に収まるようにすべきである。例え費用がかかっても、400 Bq/m3は越えるべきではない。将来的には、建物内は200 Bq/m3を越えるべきではない。

揮発性有機化合物
(VOCs)

ガイドライン案
不必要な曝露は避けるべきで、特別な刺激や反応が生じる化学物質は、個別に評価されなければならない。ガイドライン値の設定はない。

アスベスト

ガイドライン案
アスベスト繊維は室内環境中にあってはならない。

現実的なガイドライン
アスベスト繊維の室内空気中濃度は、0.001 fibres/ml airを越えてはならない。

人工鉱物繊維
(Man Made Mineral Fibres: MMMF)

ガイドライン案
人工鉱物繊維の室内空気中濃度は、0.01 fibres/ml airを越えてはならない。

浮遊粒子状物質
(PM2.5)

ガイドライン案
20 µg/m³ (24 hrs)

PM2.5:平均粒径2.5μ以下の微粒子

 

日本の現状と室内空気質への取り組み(附設)

石造物を中心とした北欧の建物では、カビなどの微生物やラドンによる室内空気汚染がよく取り上げられます。しかし現在の日本では、内装材、塗料、接着剤、殺虫剤に含まれる揮発性有機化合物(VOCs)などの化学物質による室内空気汚染が問題となっています。

VOCsなどの化学物質のガイドラインに対する北欧の考え方は、個々の化学物質ごとに議論されるべきだとされています。WHO欧州事務局が20011月に発表した欧州空気質ガイドライン第2[2]でも、個々の化学物質に対するガイドラインが設定されています。

日本では厚生労働省によって、ホルムアルデヒドやトルエンなどの化学物質の室内濃度指針値が設定されています。またさらに、個々のVOCsの総量を示す総揮発性有機化合物(TVOCs)の暫定目標値400μg/m3が設定されています。日本の一般的な新築住宅のTVOCsは竣工直後で数千μg/m3と高いのが現状です。またホルムアルデヒドの室内濃度指針値を設定してもアセトアルデヒドの室内濃度が増加する、トルエンやキシレンの室内濃度指針値を設定してもヘキサンなどの室内濃度が増加するといったことが生じるため、個々の化学物質の室内濃度指針値だけでは早急な対策が行えないからです。

日本での室内空気汚染はVOCsなどの化学物質に対する問題が大きく、建物に使用する材料に対して抜本的な取り組みが必要とされています。日本では何故このような状況になったのかを十分解析した上で、日本は産業社会の構造も含めて化学物質の適用のあり方を見直す必要があると思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] R. Bechr et al., “Guidelines for Indoor Air in Norway-Apractical Aproach”, WHO Collaborating Centre for Air Quality Management and Air Pollution Control, Newsletter, No. 24, December 1999
http://www.umweltbundesamt.de/whocc/nl24/norway.htm

[2] Air Quality Guidelines for Europe 2nd edition. Copenhagen, WHO Regional Office for Europe, January 26, 2000 (WHO Regional Publication, Europeans Series, No. 91)
http://www.who.dk/

(解説)
Kenichi Azuma, WHO
欧州事務局による空気質ガイドライン第2, CSN #176, March 5, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/March2001/010305.htm


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