混合溶剤曝露による慢性脳障害


1999年8月17日

CSN #089 

有機溶剤は、私たちの家庭や職場で身近に使用されています。またそれらへの曝露は単一というのはまれなことで、一般的には混合物に曝露しています。またその多くは揮発性が高く、室内空気汚染で問題になっている揮発性有機化合物(VOC)に含まれます。各家庭用品とそれに含まれる有機溶剤を表1に、各有機溶剤の毒性を表2に示します。 

表1 各家庭用品と含有有機溶剤 [1]

商品

含まれる有機溶剤

ベンジン(衣料のしみ抜き)

主成分がノルマルヘプタンとノルマルヘキサンで、その他ベンゼン、トルエン、キシレンが各々数%ずつ含まれる

マニキュア液

アセトン(0-10%)、酢酸エチル(0-20%)、酢酸ブチル(30-50%)、トルエン(30-50%)、

マニキュア除光液

アセトン(7090%)、酢酸エステル(010%)、その他の溶剤(010%)

ヘアトニックヘアリキッド

エタノール(30-90%)

香水、オーデコロン

エタノール(70-90%)

接着剤(有機溶剤系)

シクロヘキサン、酢酸エチル、アセトン、メタノール、エタノール、トルエン、メチルエチルケトン、ブチルセロソルブ、イソプロピルアルコールなど用途に応じて(20-80%)

接着剤剥がし液

接着剤に含まれている有機溶剤を数10

塗料(油性)

有機溶剤系接着剤と同じ

マジックインク(油性)

溶剤(キシレン、アルコールなど)約70%、

ウィンド・ウオッシャー液

メタノール(298%、通常1040%)

芳香剤(アルコール系)

メタノール、エタノールを数十%

シンナー

数種から10数種類の有機溶剤の混合物
トルエン・・・約70%
その他・・・・約30%
その他はメタノール、エタノール、ブタノール、キシレン、酢酸エチル、酢酸ブチル、ベンゼン、

灯油

ベンゼン、キシレン、トルエンなど1520

ガソリン

ベンゼン、キシレン、トルエンなど3977

 

表2 各種有機溶剤の毒性 [1][2]

有機溶剤

毒性

アセトン

眼、気道を刺激
中枢神経系、肝臓、腎臓、消化管に影響
反復あるいは長期皮膚接触で皮膚炎
血液および骨髄に影響
粘膜刺激作用と中枢神経抑制作用

トルエン

眼、気道を刺激
中枢神経系に影響(学習能力低下、精神障害)
人の生殖に毒性影響
不整脈、麻酔作用、皮膚・粘膜に対する刺激作用

キシレン(o-, m, -, p-)

麻酔作用、皮膚・粘膜に対する刺激作用、眼を刺激
皮膚の脱脂、中枢神経系に影響(学習能力低下)
人の生殖に毒性影響

メタノール

眼・皮膚・気道を刺激
経口摂取すると失明することがある
中枢神経系に影響(頭痛、視力障害)
反復あるいは長期皮膚接触で皮膚炎

イソプロピルアルコール

眼、皮膚、気道を刺激
中枢神経系に影響(被刺激性、頭痛、疲労感)
反復あるいは長期皮膚接触で皮膚炎

エタノール

眼、皮膚、気道を刺激、皮膚の脱脂
中枢神経系に影響
妊娠中のエタノール消費は胎児に有害影響を与えることがある
中枢神経系、特に大脳機能、体温調節中枢・血管運動中枢の抑制作用

メタノール

消化器粘膜刺激作用、中枢神経障害(網膜・視神経障害 脳浮腫)

ベンゼン

皮膚・気道を刺激、化学性肺炎、中枢神経系に影響
骨髄造血細胞阻害作用、造血器官、肝臓、免疫系に影響
人で発がん性を示す

ノルマルヘキサン

眼を刺激、中枢神経系に影響、化学性肺炎、皮膚の脱脂
末梢神経系に影響(多発性神経障害)

シクロヘキサン

眼、気道を刺激、化学的肺炎
反復あるいは長期皮膚接触で皮膚炎

メチルエチルケトン

眼・皮膚・気道を刺激、中枢神経系に影響、皮膚の脱脂

酢酸エチル

眼・皮膚・気道を刺激、中枢神経系に影響、皮膚の脱脂
反復あるいは長期皮膚接触で皮膚炎

有機溶剤は揮発性が高い物質が多く、眼・皮膚・気道への刺激や、中枢神経系への影響があるため、直接皮膚に接触したり、蒸気を吸い込んだりすることは、できるだけ避けなければなりません 

米医師会雑誌(JAMA)で発表された有機溶剤に関する最近の研究において、有機溶剤への妊娠期間中の曝露とその後の影響が報告されています[3]。この論文では、妊娠初期13週の間に有機溶剤に曝露した、工場作業者、実験補助、アーティスト、グラフィックデザイナー、印刷産業労働者、化学者、画家、OL、獣医、葬儀場労働者、大工、社会福祉家、カー清掃業の労働者125人を分析した結果、胎児の奇形などの先天性異常のリスクが13倍増加すると報告しています。また、妊娠期間中の女性の有機溶剤への曝露は、できるだけ最小限にすべきだと指摘しています。 

その他にもリウマチ性関節炎、狼瘡症、鞏皮症などの結合組織疾患や癌との関連性について、レイチェル・ニュース#647で紹介されています[4] 

今年5月に発表された、アメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」において、30年間種々の有機溶剤に曝露した57歳のペンキ塗布作業者に発生した慢性脳障害について、ボストン医科大学のRobert G. Feldmanらが報告しました[5] 

この作業者は、ペンキ屋として16歳から30年間仕事を続けていました。その間、換気状態が良くない場所でもよく仕事を行っていました。また仕事が終わった時に、有機溶剤を使って腕や手に付着したペンキを取り除いていました。そして、その作業者と彼の家族は短期記憶機能が低下しているや、40歳代前半での情動が変化していることに気づきました。またその症状は、仕事を辞め、塗料や溶剤に曝露しないようになった後でも進行しました。 

そこで、継続的に神経心理学のテストを行った結果、生涯治療不可能な認識力不足であることがわかり、さらに磁気共鳴診断装置 (MRI)によって、脳の白化現象を伴った容積減少が確認されました。そしてこの患者は、アルツハイマー病、多発性脈管梗塞痴呆症、アルコール性痴呆症のような痴呆症ではなく、慢性的な毒性脳障害と診断されました。有機溶剤が中枢神経系に影響することはこれまでにも報告されており、今回の研究もそれを裏付ける結果が得られました。 

家庭や職場で有機溶剤を大量に使用する場合は、曝露をできるだけ最小限に抑えるためにも、換気に注意を払い、保護具を着用すべきです。国際化学物質安全性カード(ICSC)に化学物質ごとに取り扱い上の注意事項や応急処置方法が記載されています[2]。取り扱い上の注意事項について、私の知見と経験を含めて以下に示しますのでご参照下さい。 

<有機溶剤取り扱い時の注意事項>

有機溶剤は身近に使用する化学物質です。健康への影響などの危険性をしっかり認識し、取り扱いに注意して使用することが大切です。  

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 「誤飲物質の毒性検索システム」外来小児科学ネットワーク
http://city.hokkai.or.jp/~satoshi/TOX/tox.html

 

[2] 国際化学物質安全性カード(ICSC)日本語版国立医薬品食品衛生研究所 (NIHS)、化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/ICSC/
 

[3] Sohail Khattak and others, "Pregnancy Outcome Following Gestational Exposure to Organic Solvents,"
米医師会雑誌: Journal of American Medical Association (JAMA), Vol. 281, No. 12 (March 24/311999), pgs.1106-1109.
http://jama.ama-assn.org/issues/v281n12/full/joc81429.html
 

[4] RACHEL'S ENVIRONMENT & HEALTH WEEKLY #647, April 22, 1999.
日本語の概要文は、「住まいにおける化学物質」のCSN #042で紹介しています。
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/April1999/990429.html
 

[5] Robert G. Feldman, Robert G. Feldman, Thomas Ptak
環境衛生展望(Environmental Health PerspectivesVolume 107, Number 5, May 1999
URL: http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p417-422feldman/abstract.html


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