喫煙と健康影響


1999年8月27日

CSN #092 

WHO(世界保健機関)によると、1990年代前半で、世界中で11億人が喫煙しており、15歳以上人口の1/3を占めています。成人15歳以上の世界の喫煙率では、先進国(男性42%、女性24%)、開発途上国(男性48%、女性7%)となっており、日本は(男性59%、女性15%)となっています。つまり先進国の女性喫煙率は高く(アメリカ地域:22%、欧州地域:26%)日本も例外とは言えない状況です[1]。ただ日本の場合は、男性喫煙率が世界でトップレベルなので、日本人の喫煙率は男性女性に限らず高いと言えます。 

またWHO(世界保健機関)によると、全世界のたばこによる死亡者数は、1995年で 312.5万人(先進国191.5万人、途上国121万人)と推計されています。現在の喫煙傾向が続くと、2020年代又は2030年代前半には、毎年1000万人(途上国で700万人)の人々が、たばこが原因で死亡すると予測されています[1]。同様に、日本でたばこが原因とされる死亡者数は、1995年で95,000人(男性76,000人、女性19,000人)となっており、20年で約2倍に増加し、この傾向はさらに続くことが予想されています[1] 

たばこの煙にはベンゾピレン、N-ニトロソノルニコチン、キノリン、o-トルイジンなどの発癌物質や発癌促進物質が含まれ、ニコチン、一酸化炭素、線毛障害性物質などの有害物質が含まれています。たばこの煙は、喫煙時にたばこのフィルターを通じて排出する「主流煙」、これが人から吐き出された「呼出煙」、たばこの先の燃焼部から立ち昇る「副流煙」に分けられます。有害物質の発生は主流煙より副流煙の方が多く、主流煙は酸性ですが、副流煙はアルカリ性で、目や鼻の粘膜を刺激します[1] 

たばこ自体も有害であることと、たばこの煙には種々の発癌物質が含まれているため、たばことたばこの煙は、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の分類では、ベンゼン、アスベスト、砒素、塩化ビニル、2,3,7,8-四塩化ダイオキシンなどと同じ、最上位のGroup 1(人に対して発がん性を示す)に分類されています[2] 

たばこの影響は、呼吸器系(肺がん、喉頭がん、口腔・咽頭がん)、消化器系(食道がん、胃がん、肝臓がん、膵臓がん)、泌尿器系などの癌以外にも、虚血性心疾患、慢牲気管支炎、肺気腫などの閉塞性肺疾患、胃・十二指腸潰瘍などの消化器疾患、その他種々の疾患リスクが増大します。またこのリスクは、喫煙者だけでなく、喫煙者が吐き出した「呼出煙」や、たばこの先の燃焼部から発生する「副流煙」を吸い込む場合にも当てはまり、室内空気汚染の主たる汚染源となっています[1] 

たばこ関する最近の研究では、未成年期である10代にたばこを吸い始めると、成人後に禁煙しても一生修復できないほどの損傷が、肺細胞の疎水性DNAに生じることが199947日付けの米国立癌研究所雑誌に報告されています[3]。この報告では、143人(57人の喫煙者、79人の元喫煙者、7人の喫煙未喫煙者)の肺癌患者から、まだ癌になっていない肺細胞を調べ、各患者のDNA損傷数を測定しています。その結果を表1に示します。 

表1 喫煙開始年齢とDNA損傷数の関係

患者の種類

平均DNA損傷数(肺細胞100億個当たり)

喫煙中の患者

255

喫煙未経験者

32

元経験者で吸い始めた年齢

7-15

164

15-17

115

20歳以上

81

喫煙中の患者は未経験者より8倍も多い肺細胞のDNA損傷が発見され、元喫煙者では、たばこを吸い始めた年齢が低いほど、DNA損傷数が多いことが明らかになりました。この結果からも、特に未成年者の喫煙は止めるべきだということがわかります。 

また妊婦が喫煙した場合、低体重児、早産、流産、奇形、新生児死亡、妊娠合併症のリスクが高まると言われています[1][4]。また出生後も家族が喫煙することで、幼児の肺炎、喘息様気管支炎などの呼吸器症状が増加すると言われています[1]。特に低体重児出産は、妊娠前、あるいは、妊娠3-4か月目までに妊婦が禁煙した場合、低体重児が生まれるリスクは、非喫煙妊婦と同程度まで下がると報告されています[5]。また妊娠後期に禁煙を続けた場合でも、低体重児出産のリスクが1/2になることが報告されています[6]。そしてお腹の中の胎児は、母親が妊娠中にたばこの煙を吸うことによって、胎盤を通じて有害物質に曝露することが分子レベルの疫学研究で明らかとなっています[7] 

このように妊娠中の喫煙は、喫煙者だけでなく、お腹の中の胎児にまで影響を与えます。米国のメイン州で出産した女性の喫煙率を調査するために、米疫病管理予防センター(CDC)とメイン州の福祉サービス省(MDHS)は、1988年から1997年まで集められた、妊娠リスク評価モニターシステム(PRAMS)のアンケートによる自己申告データを分析しました[8] 

このアンケートには、10,770人の女性が回答しており、妊娠後期3ヶ月間に喫煙経験があるかどうか調査しています。また、婦人児童向け栄養強化計画(WIC)に参加しているかどうか、医療扶助(65歳未満の貧しい人々を対象にしたアメリカの医療制度)を受けているかどうかについても調査しています。その結果を表2、表3に示します。 

表2 メイン州で幼児を出産した女性の統計結果[8]

項目

1988(n=704)

1997(n=1187)

%*

95%信頼間隔

%

95%信頼間隔

分娩可能妊娠数

0

41.1

36.4%-45.7%

43.3

40.1%-46.5%

1

35.8

31.2%-40.3%

35.5

32.4%-38.7%

2

18.0

14.4%-21.6%

16.3

13.8%-18.7%

3回以上

5.2

3.0%- 7.2%

4.9

3.5%- 6.2%

年齢

20歳未満

9.1

6.3%-11.9%

9.1

7.1%-11.1%

20-24

32.3

27.9%-36.8%

21.5

18.8%-24.2%

25-29

32.7

28.2%-37.2%

32.9

29.9%-35.9%

30-34

18.9

15.3%-22.5%

23.3

20.5%-25.9%

35歳以上

7.0

4.6%- 9.4%

13.3

11.1%-15.4%

既婚

82.2

78.4%-86.0%

71.1

68.0%-74.2%

学歴

高卒未満

12.3

8.9%-15.7%

9.6

7.6%-11.6%

高卒

50.8

46.1%-55.5%

38.1

34.8%-41.3%

高卒以上

36.9

32.3%-41.4%

52.3

49.0%-55.6%

通院開始時期

最初の3ヶ月

71.1

66.8%-75.4%

83.5

81.0%-86.0%

それ以降、なし

28.8

24.5%-33.1%

16.5

14.0%-19.0%

医療扶助への加入

20.5

16.6%-24.4%

33.9

30.7%-37.0%

WICへの加入

22.9

18.9%-27.0%

36.4

33.2%-39.6%

喫煙の指導を受けた人

74.1

69.9%-78.2%

82.0

79.5%-84.5%

妊娠後期3ヶ月間の喫煙率

30.7

26.3%-35.0%

20.4

17.7%-23.2%

* 19886月から12月までのデータ

 

表3 メイン州で幼児を出産した女性における妊娠後期3ヶ月間の喫煙率の統計結果

項目

1988(n=704)

1997(n=1187)

%*

95%信頼間隔

%

95%信頼間隔

年齢

20歳未満

37.4

21.3%-53.5%

37.9

26.9%-49.0%

20歳以上

30.0

25.4%-34.5%

18.7

15.8%-21.6%

WICへの加入

加入している

53.1

42.9%-63.3%

34.4

28.9%-39.8%

加入していない

23.9

19.3%-28.5%

12.6

9.8%-15.3%

上表の結果より、妊娠後期3ヶ月間の喫煙率は、30.7%から20.4%に減少しています。また、20歳以上の妊婦における、妊娠後期3ヶ月間の喫煙率は18.7%に減少しています。妊娠後の通院開始時期が早くなり、医療扶助(65歳未満の貧しい人々を対象にしたアメリカの医療制度)への加入率が向上し、喫煙指導を受ける人が増えています。これらの効果が、喫煙率低下に結び付いていると考えられます。 

  

1999721日に厚生省が発表した「生涯を通じた女性の健康施策に関する研究会報告書」[9]によると、女性の喫煙経験率は、中学3年生で22.7%、高校3年生で38.5%となっています。また喫煙習慣がある女性は20-29歳が最も多く21.3%となっています。そして男性では、20歳代から40歳代まで60%台という高い割合で推移しています[9] 

たばこに関する対策は、世界各国で行政が中心となって行われています。最近では世界保健機関(WHO)19995月の総会で、たばこを国際条約で規制することを決め10月から作業部会を開き、「たばこ対策枠組み条約」案作りに取りかかることになりました。WHOは、たばこ対策をマラリア対策と並ぶ最重要課題と位置づけており、2003年には条約を採択し、具体的規制を盛り込んだ議定書の作成を目指すとしています[10] 

たばこを吸う喫煙者自身の健康影響だけでなく、喫煙者が排出するたばこの煙がいかに有害であるかということと、それによって周囲の人々、子供、妊婦の胎児にまで影響を及ぼすことを認識し、喫煙を止めるよう心掛けることが必要です。 

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1]「たばこと健康」厚生省の最新たばこ情報:財団法人 健康体力づくり事業財団
http://www.health-net.or.jp/kenkonet/tobacco/front.html
 

[2] IARC Monographs Volumes 1 to 42 Supplement 7, 国際癌研究機関(IARC)
http://193.51.164.11/htdocs/Indexes/Suppl7Index.html
 

[3] John K. Wiencke, Sally W. Thurston and others, Journal of the National Cancer Institute, Vol. 91, No. 7, 614-619, April 7, 1999. 米国立癌研究所雑誌
http://intl-jnci.oupjournals.org/cgi/content/abstract/91/7/614
"Early Age at Smoking Initiation and Tobacco Carcinogen DNA Damage in the Lung"
 

[4] RS Hopkins, LE Tyler, BK Mortensen and others, The Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR); Vol 39(38), p662-665, September 28, 1990
http://www.cdc.gov/epo/mmwr/preview/mmwrhtml/00001782.htm
"Effects of Maternal Cigarette Smoking on Birth Weight and Preterm Birth -- Ohio, 1989"
 

[5] The Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR); Vol 39(RR-12),p2-10, October 05, 1990. Centers for Disease Control and Prevention(CDC)、アメリカ疫病管理予防センター
http://www.cdc.gov/epo/mmwr/preview/mmwrhtml/00001801.htm
"The Surgeon General's 1990 Report on the Health Benefits of Smoking Cessation."
 

[6] Lumley J, Oliver S, Waters E, The Cochrane Library, Issue 4, 1998
"Smoking cessation programs implemented during pregnancy"
 

[7] Frederica P. Perera, Virginia Rauh, Robin M. Whyatt, Environmental Health Perspectives; Vol 107, Supplement 3, June 1999.
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/suppl-3/451-460perera/abstract.html
「住まいにおける化学物質」 CSN #059で解説しています。
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/June1999/990603.html
 

[8] Office of Data, Research, and Vital Statistics, Bur of Health, Maine Dept of Human Svcs. Program Svcs and Development Br, Div of Reproductive Health, National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion: The Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR); Vol48 (20), p421-425, May 28, 1999.
Centers for Disease Control and Prevention(CDC) 、アメリカ疫病管理予防センター
http://www.cdc.gov/epo/mmwr/preview/mmwrhtml/mm4820a3.htm
“Cigarette Smoking During the Last 3 Months of Pregnancy Among Women Who Gave Birth to Live Infants -- Maine, 1988-1997”
 

[9] 「生涯を通じた女性の健康施策に関する研究会報告書」:平成11年7月21日
  厚生省 児童家庭局 母子保健課
http://www.mhw.go.jp/search/docj/other/houdou/1107/h0721-2_18/h0721-2.html
 

[10] 朝日新聞(朝刊)1999817


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