ベルギー・ダイオキシン汚染と食品安全性
2000年8月28日
CSN #150
1999年4月に明らかとなったベルギー産の鶏肉と鶏卵のダイオキシン汚染問題は、世界中に影響を及ぼし、世界各国がベルギー産の鶏肉や鶏卵の輸入禁止、販売禁止あるいは自粛勧告を出し、一部市場が大混乱しました。また対象は、豚肉、牛肉、乳製品にまで広がりました。
日本では厚生省が、1999年6月1日からベルギー産の鶏肉及び鶏卵(いずれも加工品を含む)について輸入手続きの保留、販売自粛等の措置を開始し、同年11月からは、輸入される鶏肉、卵白以外の鶏卵、豚肉についてベルギー政府の証明書が添付されたものについては輸入を認め、牛肉については証明書が添付されなくても輸入を認める措置を行いました。そして2000年4月25日、それ以降に輸入される当該食品について、現在の措置を解除し、通常の輸入監視体制へと戻しました[1]。
この汚染によってどのような健康影響が及ぼされるかについては、1999年9月15日付の英科学誌「Nature」で、ベルギーのルーヴァン・カトリック(Louvain Catholic)大学 毒性学部のA. Bernardらが、ベルギーダイオキシン汚染のスケールを解析し、一般大衆への健康影響の可能性について評価した結果を報告しました[2]。そして、一般大衆の健康に影響を生じる可能性はほとんどないと結論しました。
また、A. Bernardらの報告に先立ち、WHO欧州事務局(以下、WHO欧州)では、1999年6月15日にベルギー産食品のダイオキシン汚染に関する見解を発表しました。WHO欧州は、WHO欧州が1998年5月に定めたダイオキシン類の耐用一日摂取量(TDI:健康影響の観点から、人間が一生涯摂取しても影響が出ないと判断される、一日当たり、体重1kg当たりの摂取量)である1-4pgTEQ/g体重/日と比較し、次のような結論を出しています。
<WHO欧州の結論>
「WHOのGEMS (Global Environmental Monitoring System)の試算によると、WHO欧州地域において、鶏肉や鶏卵をそれぞれ平均53.0g、37.5g、1日あたり1人あたり消費する。限られたデータではあるが、ベルギー産の鶏肉や鶏卵は約700pgTEQ/g汚染されていた。それらの数値を用いて汚染されたベルギー産の鶏肉や鶏卵によって付加されるダイオキシン類摂取量をGEMSで試算すると、約8-10ngTEQ/日になると想定される。WHOのTDIは、1-4pgTEQ/g体重/日(体重70kgの人では、0.07-0.28ngTEQ/日)なので、その数値はTDIの高いほうの数値の約30倍である。
TDIは、人間が一生涯摂取しても影響が出ないと判断される量なので、今回のレベルで一時的(1999年1月-6月)にTDIを越えたとしても、深刻な健康影響を心配する必要はないし、かなり長期間に平均化しても、TDIを越えることはない。しかしながら、今回のレベルの摂取が、一般の人々の体内負荷に対して、かなり寄与する可能性があるということを知らせるべきである。」
ベルギーの鶏肉及び鶏卵のダイオキシン汚染は、家畜用飼料メーカーのリサイクル油脂貯蔵タンクに何らかの原因で工業用PCB(ポリ塩化ビフェニール)が混入し、その油脂で作られた家畜用飼料がダイオキシン類で汚染され、この飼料で飼育された家畜が汚染されたことによると推定されています[2]。ベルギーでは、一般家庭で不用になった食用油を回収し、家畜用飼料の油脂などへリサイクルするシステムが備わっています。このリサイクルシステムにおいて、何らかの原因で工業用PCBが混入したとも考えられています。このように、食品の安全性に関しては、家畜用飼料やその原料、また、リサイクルシステムに対しても何らかの方策を考えていかねばなりません。
欧州委員会(EC)は、欧州連合(EU)が食品の安全性に関して世界レベルで高度な基準を確立することを主要な優先政策と位置づけ、2000年1月12日に食品安全性白書(White Paper on Food Safety)を発表しました[4]。そこでは、食品安全性の原理、食品安全性政策の本質的要素(情報収集と解析)、2002年を目標とした欧州食品機関(European Food Authority)の設置へ向けて、規定面、コントロール、消費者情報、国際的な次元について述べられています。そして、「食物連鎖(food chain)全域をカバーすることが主要な課題」と位置づけています。そのため、ベルギー・ダイオキシン汚染で問題となった家畜用飼料に対しても、モニタリングと安全基準を求めています。
食品安全性白書では、今後数年内に予定されている84の行動計画が示されています。その中からダイオキシン類汚染に関する行動計画を次に示します。
家畜用飼料中の不用有害物質に関して(No.21):期限2000年12月
・ 油・油脂・あらゆる飼料中のダイオキシン類の上限基準値を設定すること
・ PCB(ポリ塩化ビフェニール)、コプラナーPCBの汚染状況に関する情報を収集すること
衛生(No.35):期限2000年6月
動物由来の食品中のダイオキシン類とPCB(ポリ塩化ビフェニール)に関するモニタリングと測定を再度行うこと
食品汚染物(No.38):期限2000年12月
オクラトキシンA、カドミウム、鉛、3-MCPD、ダイオキシン類、PCB(ポリ塩化ビフェニール)の上限基準値を設定すること。
ベルギー・ダイオキシン汚染問題は、世界中に大きな衝撃を与えました。この問題は、1960年代後半に九州北部を中心に発生した、カネミ油症事件を思い起こさせる内容でした。この事件も、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)中に不純物として含まれていたダイオキシン類が、主な原因と報告されました。
食物連鎖全域をカバーすることが主要な課題と位置づけられている欧州委員会(EC)の食品安全性白書、その中で計画されている欧州食品機関(European Food Safety)とともに、今後注目すべき動きだと思われます。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 厚生省生活衛生局, ベルギー産鶏肉等のダイオキシン汚染について, April 25, 2000
http://www.mhw.go.jp/houdou/1204/h0425-3_13.html
[2] A. Bernard, C.
Hermans and others, Nature, Vol.401, No.6750,
p231-232, 15 Sept 1999
CSN #100参照:http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Oct1999/991003.html
[3] WHO EUROPEAN
CENTRE FOR ENVIRONMENT AND HEALTH, CONTAMINATION
WITH DIOXIN OF SOME BELGIAN
FOOD PRODUCTS, June 15 1999
http://www.who.dk/envhlth/dioxin/dioxin.htm
[4] The European Commission
(EC), White
Paper on Food Safety, January 12, 2000
http://europa.eu.int/comm/dgs/health_consumer/library/press/press37_en.html