住宅室内における揮発性有機化合物(VOC)
1999年12月24日
CSN #115
揮発性有機化合物(VOC)に関する問題が、最近多く取り上げられています。VOCの中には毒性が高い化学物質が含まれており、環境中に放出された場合、その曝露量によっては大気汚染や水質汚染の原因となります。また、呼吸などによって人体に取り込まれると、頭痛、めまい、吐き気、気道刺激などの健康影響の原因になると言われています。そして最近特に、住宅の室内空気汚染に関連する問題の1つとして取り上げられており、住宅メーカーなどでは室内VOC濃度の削減努力が行われています。
VOCは、世界保健機関(WHO)によって、表1のように分類されています[1]。また、表1に示すVOCを総称したTVOC(総揮発性有機化合物)という概念が提唱されています。そして表2に示すように、Seifert Bによって個々の化学物質類ごとの長期低濃度曝露に関する目標値が提唱されています[2]。
表1 室内有機汚染物質の分類([1]をもとに加筆作成)
名称 |
略称 |
沸点(度) |
化学物質の例 |
超揮発性有機化合物 |
VVOC |
0以下 から 50- 100 |
ホルムアルデヒド |
揮発性有機化合物 |
VOC |
50- 100 から 240- 260 |
トルエン、ベンゼン、キシレン、スチレン |
半揮発性有機化合物 |
SVOC |
240- 260 から 380- 400 |
フタル酸ジオクチル、リン酸トリブチル |
粒子状物質 |
POM |
380以上 |
クロルピリホス、ホキシム、ピリンフェンチオン、リン酸トリクレシル |
*極性化合物の場合、沸点範囲は高い側を用います。
表2 Seifert BによるVOCの長期低濃度曝露に関する目標値([2]をもとに作成)
VOCの分類 |
濃度(μg/立方メートル) |
アルカン類(ノルマルヘキサン) |
100 |
芳香族炭化水素類(ベンゼン・トルエン) |
50 |
テルペン類 |
30 |
ハロカーボン類 |
30 |
エステル類 |
20 |
アルデヒド・ケトン類 |
20 |
その他 |
50 |
TVOC(総計) |
300 |
*個々の化学物質の濃度は、属する化学物質類の濃度の50%を超えないこと。またTVOCの濃度の10%を超えないこと。
VOCによる環境汚染問題は、住宅室内に限らず様々なところで問題として取り組まれています。最近アメリカでは、米国地質調査所の国家水質評価計画の一部として、1985年から1995年にかけて2,948地点の井戸水を調査した大規模な調査結果が報告されました。そして、アメリカ環境保護庁の水質基準を越えた地点が、全サンプル中で6.4%、飲み水に使用する井戸では2.5%確認されており、その中にはベンゼン、塩化ビニル、塩化メチルなどの化学物質が含まれていました[3]。
住宅室内におけるVOCは、主に床材、壁材、玄関ドア、家具、塗料、接着剤などに残留する揮発成分が、徐々に室内空間へ放散することによって室内を汚染します。1999年12月14日の厚生省の発表によると、1997年度と1998年度における、日本全国から新築及び中古住宅385戸の室内における揮発性有機化合物44種類を測定した結果、トルエン、キシレン、クロロホルムの室内濃度の最大値が、WHOのガイドライン値を上回っていました[4]。
また、1999年12月6、7日に行われた室内環境学会での報告によると、室内空気汚染の指標となる総揮発性有機化合物(TVOC)を新興住宅地の3戸の住宅で詳細に調査し、図1の結果が得られています[5]。
*[5]をもとに加筆作成
図1から明らかなように、築後2- 3年以上経過しても、表2に示す目標値を大きく上回っています。また、TVOCの濃度は年数の経過とともに減少する傾向が見られません。次に、図1に示される各住宅で検出された、12種類の揮発性有機化合物(VOC)の組成の概要を表3に示します。
表3 住宅ごとに揮発性有機化合物(VOC)の組成の概要([5]をもとに作成)
住宅 |
組成の概要 |
C邸 |
キシレン(21%)が最も多く検出され、続いてエチルベンゼン(19%)、パラジクロロベンゼン(8%)が多く検出されている。その他、スチレン、トルエンが多く検出されている。 |
D邸 |
パラジクロロベンゼン(60%)が大半を占めている。その他メチルエチルケトン、トルエンが多く検出されている。 |
G邸 |
パラジクロロベンゼン(41%)が大半を占めている。その他スチレン、トルエン、酢酸エチルが多く検出されている。 |
表3から明らかなように、TVOCの濃度が同じように高くても、個々の住宅によって最も多く検出される化学物質が異なっています。パラジクロロベンゼンは、トイレの防臭剤や衣類の防虫剤に由来するものと思われ、エチルベンゼンやキシレンは、例えば断熱材として用いられる発泡スチロールやある種の塗料に由来するものと思われます。つまり、室内空気中から検出される揮発性有機化合物(VOC)は、居住者の生活を反映しており、化学物質を多く含む生活用品も、室内空気中の揮発性有機化合物(VOC)の主要な発生源になることが示唆されています。
1999年11月11日に発表された、厚生省の「内分泌攪乱物質の胎児、成人などの暴露に関する調査研究」によると、パラジクロロベンゼンが人の血液から比較的高い濃度で検出されています[6]。成人60人の血中濃度を調べた結果、60人全員から,0.36〜211ppb(10億分の1),平均では4.9ppb検出されました。この調査では健康への影響は確認されていませんが、さらに調査を増やし、健康影響との関連性を研究していく必要があるとされています[6]。
化学物質は同定されていませんが、実際に健康影響が確認された報告としては、1999年8月に英国エジンバラで行われた「室内空気汚染国際会議:International Conference on Indoor Air Pollution」における英国ブリストル大学 チャイルド・ヘルス部のJean Goldingらの報告があります。この報告では妊娠中の女性14,000人を調査し、家庭でヘア・スプレーなどのエアゾール噴霧器や、消臭スプレーなどの空気清浄スプレーを高頻度に使用している家庭で、妊婦の頭痛、出産後の女性のうつ病、生後6ヶ月以下の赤ん坊における耳の疾患や下痢症状が発生しやすくなる可能性が高いと報告されています[7]。
家庭で使われているエアゾール噴霧器や空気清浄スプレーの中には、例えばキシレン、ケトン類、アルデヒド類などの有害な揮発性有機化合物(VOCs)が含まれています。Jean Goldingらは、「1週間に1回以上エアゾール噴霧器や空気清浄スプレーを使用する場合は注意すべき。」と結論付けています[7]。
床材、壁材、ドア材などから放散される揮発性有機化合物(VOC)は、一般に築後の年数が経過するにしたがって減少します。しかしながら、有害化学物質が含まれる生活用品を室内で使用すると、場合によっては主要な室内空気の汚染源となります。住宅に使用される建材に対する対策だけでなく、できる限り有害化学物質が含まれない生活用品を使用するよう日常から心掛けることも、快適な室内環境を維持するためには大切です。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] WHO, Indoor air quality: Organic Pollutants, Euro Reports and Studies 111,1987
[2] WHO: Air Quality Guidelines for Europe. WHO Regional Publi. Europe, 1987
[3] Paul J.
Squillace, Michael J. Moran and others, Enviromental
Science & Technology, ASAP
Article 10.1021/es990234m S0013-936X(99)00234-5,
1999
http://pubs.acs.org/hotartcl/est/99/research/es990234m_rev.html
[4] 毎日新聞, Dec 14. 1999
[5] 八木成江 et al., 平成11年度 室内環境学会総会 講演集, Vol. 2, No. 1, p64-65, 1999
[6] 毎日新聞, Nov 11. 1999
[7] Rob Edwards ,
New Scientist, 4 September 1999
http://www.newscientist.com/ns/19990904/newsstory6.html
Kenichi Azuma, CSN #098で概説
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Sept1999/990926.html