妊婦の喫煙と出生児への健康影響
2000年1月24日
CSN #119
室内空気汚染を考える上で、たばこの煙は非常に重要な健康影響問題です。たばこの煙を吸うことによって、健康障害をもたらすことは明らかであり、特に周産期(妊娠28週から生後1週間の間)の妊婦や胎児に与える影響は深刻とされています。妊婦が喫煙した場合に及ぼす影響について、表1に示します[1]。
表1 妊婦の喫煙が及ぼす影響([1]をもとに作成)
作用 |
相対危険度(95%信頼区間) |
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妊娠 |
自然流産 |
1.2 (0.67- 2.19) |
1.7 (1.5- 3.2) |
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常位胎盤早期剥離 |
1.15 (1.1- 1.2) |
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前置胎盤 |
1.9 (1.2- 3.0) |
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前期破水 正期 早期 |
1.3 (1.1- 1.9) |
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NS (1.0- 2.1) |
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周産期死亡 |
1.25 (1.13- 1.39)喫煙量1箱/1日以下 |
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1.56 (1.37- 1.77)喫煙量1箱/1日 |
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胎児 |
平均出生体重 |
200- 300g減少 |
低出生体重児(LBW) |
3.5 (2.6- 4.9) |
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未熟性 |
1.2 (1.1- 1.4) |
表1から明らかなように、喫煙しない妊婦と比較して、喫煙している妊婦では、自然流産が1.2- 1.7倍、周産期死亡が約1.3- 1.6倍、胎盤への影響が1.2- 1.9倍、低出生体重児が3.5倍になると報告されています。
特に低出生体重児(LBW)に関する影響は、1999年12月に発表されたアメリカ科学雑誌「環境衛生展望」でも報告されています[2]。この報告では、職場における妊婦の間接喫煙(ETS:喫煙者が吐き出した「呼出煙」や、たばこの先の燃焼部から発生する「副流煙」を吸い込む。)が低出生体重児(LBW)出産に与える影響について、これまで報告された疫学研究論文を調査した結果、妊娠中に間接喫煙(ETS)に曝露した妊婦から産まれた子供は、低出生体重児(LBW)で産まれる可能性が約1.5-4.0倍であったと報告しています。そして、妊婦が職場で間接喫煙(ETS)に曝露することを、最小限に抑えるべきであると結論しています。
出生児の発癌リスクに関する研究では、アメリカ科学雑誌「環境衛生展望」2000年1月号において、「妊婦の喫煙と産まれてくる子供の発癌との関連性」が報告されました。これまで報告された30の研究を解析した結果、表2の結果が得られました[3]。
表2 妊娠前後での妊婦の喫煙と出生児の発癌リスク([3]をもとに作成)
癌 |
相対危険度(95%信頼区間) |
腫瘍全体 |
1.10 (1.03-1.19) |
白血病 |
1.05 (0.82-1.34) |
表2から明らかなように、妊婦の喫煙と出生児の発癌リスクについては、明確な関連性が示されていません。この論文の研究者らも、妊娠前後での妊婦の喫煙による出生児の発癌リスクは、とてもわずかなので影響があると判断できなかったと述べています。また、両親の喫煙(特に父親)が子供の発癌リスクの要因であるという仮説を立証するために、今度さらなる研究が必要であると述べています。
2000年1月19日に出版された、アメリカ医学会雑誌(JAMA)において、1987年- 1996年における妊婦の喫煙率に関する調査報告が行われました[4]。この調査では、アメリカ国内33州から、総計187,302 人(調査時において、178,499人が 妊娠中でなく、8803人が妊娠中であった。年齢範囲は18- 44歳。)の女性を調査しています。そして、図1と図2の結果が得られました([4]をもとに作成)。
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図1から明らかなように、アメリカでは全体的に喫煙率は低下しています。しかしながら、1996年時点でも、妊婦の約12%は喫煙しています。また、図2から明らかなように、特に18-20歳の低年齢層では、妊婦の喫煙率が増加しています。
図3に日本における男女別喫煙率、図4に年齢別による女性の喫煙率を示します([1]をもとに作成)。
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図3から明らかなように、日本の女性の喫煙率は年々上昇しています。また図4から明らかなように、妊娠適齢期である20代や30代の女性で喫煙率が高いことがわかります。
お腹の中の胎児は、母親が妊娠中にたばこの煙を吸うことによって、胎盤を通じてたばこの煙に含まれる多環芳香族炭化水素(PAHs)などの有害化学物質に曝露することが、ポーランドで行われた分子レベルの疫学研究で明らかとなっています[5]。そして、低出生体重児の増加や、産まれた子供の頭囲が小さいなどの影響に関連していることが示されています。また出生児の頭囲が小さいことは、認識機能の低さと知能指数の低さに関連があるという報告が多数あるため、たばこの煙との関連性が心配されています。
たばこの煙の中に含まれるポリ塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(以下、ダイオキシン)濃度を測定した研究によると、たばこの煙に含まれる全ダイオキシン濃度は、1.81 ngTEQ/立方メートルであったと報告しています[6]。そして毎日20本のたばこを吸うと、1日あたりのダイオキシン摂取量が、約4.3 pgTEQ/kg体重/日と試算されています。この数値は、日本のダイオキシン類における耐容1日摂取量(TDI) 4.0 pgTEQ/kg体重/日を上回っています。
WHO(世界保健機関)は、たばこを国際条約で規制することを決め、「たばこ対策枠組み条約」の骨子案作りに入っています。そして2003年には条約を採択し、具体的規制を盛り込んだ議定書の作成を行う予定となっています[7]。
喫煙の影響は、喫煙を行っている本人だけの問題ではありません。周囲の人々や、妊婦のお腹の中の胎児にまで影響を及ぼすことが明らかとなっています。嗜好品としてのたばこの必要性を、見直さなければならないと思います。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 森山郁子, 周産期医学, Vol.29 , No. 4, p469- 473, April 1999
「嗜好品と周産期−タバコの影響」
[2] Dawn P. Misra, Ruby H.N. Nguyen, Environmental
Health
Perspectives, Volume 107, Supplement 6, p897-
904, December 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/suppl-6/897-904misra/abstract.html
“Environmental Tobacco Smoke and Low Birth
Weight: A Hazard in the
Workplace?”
[3] Paolo Boffetta, Jean Trédaniel
et at., Environmental Health
Perspectives, Volume 108, Number 1, p73-82,
January 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p73-82boffetta/abstract.html
“Risk of Childhood Cancer and Adult Lung
Cancer after Childhood
Exposure to Passive Smoke: A Meta-Analysis”
[4] Shahul H. Ebrahim, R. Louise Floyd et al.,
Journal of American Medical
Association(JAMA), Vol.283, No. 3, p361-366,
January 19, 2000
http://jama.ama-assn.org/issues/v283n3/full/joc90816.html
“Trends in Pregnancy-Related Smoking Rates
in
the United States, 1987-1996 ”
[5] Frederica P. Perera, Virginia Rauh, Robin
M. Whyatt,
Environmental Health Perspectives; Vol 107,
Supplement 3, June 1999.
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/suppl-3/451-460perera/abstract.html
「住まいにおける化学物質」 CSN #059で解説しています。
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/June1999/990603.html
[6] Muto H, Takizawa Y, Archive Environmental
Health, Vol. 44, No.
3, p171-174, May-Jun 1989
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/htbin-post/Entrez/query?uid=2751353&form=6&db=m&Dopt=b
“Dioxins in cigarette smoke”
[7] 朝日新聞(朝刊), August 17 1999