廃棄物処分場からの健康リスク評価手法
−WHO欧州事務局−
2000年3月26日
CSN #179
産業活動の発達や人口増加などによってさまざまな廃棄物が発生し、その量は飛躍的に増大しました。廃棄物は、事業活動にともなって生じる燃え殻、汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチックなどの産業廃棄物と、それ以外の一般廃棄物とに分けられます。これら廃棄物のうち可燃性の廃棄物は、焼却処理を行うことにより減量化が行われますが、焼却残さや排ガス・排水処理による廃棄物が発生します。これらの廃棄物や焼却処理されない不燃性廃棄物は、最終的に廃棄物処分場へと運ばれ、埋め立てられます。
廃棄物処分場から有害化学物質が排出される経路には、浸出水による土壌や地下水汚染、揮発性の化学物質による悪臭などがあります。日本において廃棄物処分場から発生する浸出水の成分を分析した研究報告によると、鉛、ヒ素、セレン、ホウ素、ニッケルなどの無機化学物質が、水環境基準値(あるいは指針値)を越えている事例が確認されています。その他、アルミニウム、カドミウム、クロム、銅、マンガンなど多種類の無機化学物質が検出されています[1]。
廃棄物処分場が汚染源とされ、周辺住民への健康影響が報告された最も有名な事例は、1978年に化学系産業廃棄物処分場で地下水汚染が判明したアメリカニューヨーク州ラブキャナル地区です。1930年代から1940年代にかけて化学系廃棄物が埋め立てられ、その後1950年代には処分場の上や周辺に住宅や学校が建てられました。地下水、下水道、土壌、住宅の室内空気から、ベンゼン、塩化ビニル、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)、ダイオキシン類、トルエン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなど様々な有害性の高い化学物質が検出されました[2]。
そのため周辺住民の健康調査を実施した結果、ラブキャナル地区において、発がん率(白血病、リンパ腫、肝臓がん)の増加は観察されませんでしたが、低体重児出生(2,500g未満の未熟児)、流産、障害児出生の比率が他の地区より高いことがわかりました[2][3]。
また、1998年に英医学雑誌ランセットに掲載された欧州10地区の廃棄物処分場付近における健康影響に関する研究(以下、ユーロハズコン研究:the EUROHAZCON study)[4]では、非染色体性障害児出生が、廃棄物処分場から3kmから21kmの地域において、その周辺地域よりも約33%増加したと報告されました。また、神経管欠損症や心臓障害が観察されました。
このユーロハズコン研究は、欧州に大きな衝撃をもたらしました。そこでWHO欧州事務局は、1998年10月22日、オランダのビルソーブン(Bilthoven)で専門家会合を開催しました[5]。この会合には、ユーロハズコン研究の著者を含め、ベルギー、オランダ、フランス、デンマーク、イタリア、英国、米国などから、行政、廃棄物処理業界、NGO、欧州委員会(EC)、WHO欧州環境衛生センター(ECEH)などの関係者らが参加しました。そして会合では、廃棄物処分場による健康影響について、ユーロハズコン研究を中心に、科学的知見に基づく検証が行われました。
そして、特にこの研究における「不確実性」に関して議論が行われ、次の問題が取り上げられました。
そのためこの会合では、ユーロハズコン研究に対して、「有害廃棄物からの排出物による曝露によって、健康影響が生じるかもしれないという疑いは増したが、この研究のデータでは、明確にリスク評価を行うには不十分である。」[5]と結論しています。
廃棄物処分場から排出される有害化学物質が周辺住民の健康に与える影響を評価するには、人の化学物質曝露量の測定、ストレス・不安感・先入観・喫煙など社会的要因、複数の化学物質の混合物や低レベルの化学物質に長期間曝露した時の健康影響など、たくさんの課題があります。
WHO欧州事務局は、1998年10月22日にユーロハズコン研究をもとに行った専門家会合の内容を重視し、2000年4月10-12日ポーランドのウッチ(Lodz)において、廃棄物処分場から排出される有害化学物質への曝露に対する健康リスク評価手法に関する専門家会合を開催しました[6]。その会合で示された廃棄物処分場における曝露評価ステップを図1に示します。
図1 廃棄物処分場における曝露評価ステップ
そしてこの会合の報告書では、廃棄物処分場からの健康リスク評価手法に関する勧告を行っています[6]。以下に、その概要を示します。
勧告
廃棄物問題への抜本的な対策は、可能な限り廃棄物を減らすことです。しかし循環化社会が叫ばれる中、廃棄物は依然として減る傾向にはありません。私たちの経済産業活動や日常の生活から排出される廃棄物が、私たちの健康に影響を及ぼしている可能性が懸念されています。イギリスでは保健省が廃棄物処分場による健康影響調査を行っています[7]。廃棄物処分場と私たちの生活環境が共存していけるのかどうか、早急に見直す必要があると思います。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1]安原昭夫,環境と測定技術, Vol. 21, No. 4, pp65-93, 1994
“廃棄物埋立地浸出水の特性”
[2] Martine
Vrijheid, Environmental Health Perspectives, Volume 108, Supplement 1,
pp101-112, March 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/suppl-1/toc.html
“Health Effects of Residence Near Hazardous Waste Landfill Sites”
[3]安原昭夫,しのびよる化学物質汚染,合同出版, 1999
[4]Dolk H, Vrijheid M, Armstrong B, Abramsky L, Bianchi F, Garne E, Nelen V, Robert E, Scott JES, Stone D, Tenconi R. Risk of congenital anomalies near hazardous-waste landfill sites in Europe: the EUROHAZCON study, Lancet, Vol. 352, pp423-427, 1998.
[5] ”Health effects from landfills: Impact of the latest
research”,WHO Regional Office for Europe, Report on a WHO
meeting,Bilthoven, Netherlands,
EUR/ICP/EHBI 01 04 02, 22 October, 1998
http://www.who.dk/
[6] “Methods of Assessing Exposure to Hazards Released from Waste Landfills”, Report from a WHO
Working Group Meeting Lodz, Poland, 10-12 April 2000
http://www.who.dk/
[7] Kenichi Azuma,廃棄物処分場周辺地域の健康影響調査−イギリス保健省−, CSN #173, February 12, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Feb2001/010212.htm