塩化ビニル樹脂の安全性Part2


2000年5月22日

CSN #136

塩化ビニル樹脂またはポリ塩化ビニル(PVC)は、様々な用途に用いられ、私たちの生活に深く浸透している汎用性の高いプラスチックスです。前報Part1では、塩化ビニル樹脂の特徴と用途、添加されている成分について概説しました。本報Part2では、塩化ビニル樹脂の生産・消費・廃棄の各ライフステージにおける、環境や健康面での安全性に焦点をあてます。添加剤としては、塩化ビニル樹脂に広く使用される安定剤、軟質塩化ビニル樹脂に広く使用されるフタル酸エステル系の可塑剤を取り上げます。表1にその概要を示します。 

表1 塩化ビニル樹脂の環境や健康面での安全性[1][2][3]をもとに加筆)

ライフ
ステージ

環境や健康面での安全性

生産

  • 原料である塩化ビニルは、人の肝臓、脳、肺、リンパ系、造血器官系に対して発がん性を示す十分な証拠がある*1
  • 安定剤として使用されている重金属類には、鉛、有機スズ、カドミウムなどの有害な物質がある。
  • フタル酸エステルは環境ホルモン物質として、生殖系への影響が疑われている
  • 製造現場の労働者の疫学調査で、精巣がんとの関連性が疑われている

消費

  • 欧米では多くの国々が、3歳以下の子供用玩具を対象に、軟質塩化ビニル樹脂の使用を規制している。
  • 塩化ビニル樹脂からは、様々な揮発性有機化合物が放出される。
  • 自己消化性が高く燃えにくい

廃棄

  • 燃焼すると様々な有害化学物質を発生する。
  • 埋め立て処理をした場合、様々な有害化学物質が浸み出し、あるいは分解し、土壌を汚染するおそれがある。
  • プラスチックスの中では、マテリアルリサイクルが進んでいる*2

*1 塩化ビニルの発がん性:世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類で、最上位のグループ1(人に対して発がん性を示す)。

*2 マテリアルリサイクル:使用済み塩化ビニル樹脂を加工し、再び塩化ビニル樹脂として利用する。

 

生産ステージ

塩化ビニル樹脂に使用されている原材料には、人に対して有害性を示す化学物質が使われています。ただし、人が曝露しないように防護策を行っていれば、労働者の健康に影響を与えることはありません。これまで労働者に対する健康影響の可能性が示された例として、次の研究報告があります。 

スウェーデンのオレブロ医療センター労働環境医学部のOhlson CGらは、148人の精巣がんと314人の健常者を対象に、労働歴や化学物質への曝露歴をアンケート調査しました[4][5]。その結果、塩化ビニル樹脂の製造現場で働く人たちは、精巣がんの1つのタイプである精上皮腫のリスクが6倍であることが示されました。この結果は、ポリスチレンなど他のプラスチックの製造現場では観察されませんでした。塩化ビニル樹脂の製造現場では、内分泌系の腫瘍細胞の成長を促進する疑いがあるフタル酸エステル類が使用されているので、これらの化学物質との関連性が疑われています。しかしながら、この作用はまだ確証が得られておりません。また、この調査結果は自己申告制のアンケートであることと、調査数が少ないといった問題があります。そのため、因果関係についてさらに検証する必要があります。 

 

消費ステージ

欧米では多くの国々が、3歳以下の子供用玩具を対象に、軟質塩化ビニル樹脂の使用を規制しています[6]。この規制が行われている最大の理由は、軟質塩化ビニル樹脂製の子供用玩具に含まれるフタル酸エステル類が溶出することによって、経口(なめたりしゃぶったり)、経気(空気中への放散物の吸入)、経皮(皮膚との接触)を通じてフタル酸エステルを摂取する可能性があるからです。特に経口摂取が最も懸念されています。 フタル酸エステル類は生殖系への影響などの疑いがあるため、感受性が高く発育が著しい3歳以下の子供たちに対して、事前に予防しているのです。 

日本では、200029日に社団法人日本玩具協会(580社加盟)が、塩化ビニル樹脂製玩具に関して表2に示す発表を行っています[7]。また同時に、原則として3歳未満を対象としたST(安全玩具)製品を対象に、表面に現れている部分に使用している合成樹脂および合成繊維の素材名を表示すると発表しています[7]。表示する素材の種類と指定用語を表3に示します。この表示は20004月から適用されますが、メーカーへの強制力はありません。しかし、大半のメーカーが基準に従うと見られています。この動きは玩具メーカーが自主的に素材名を表示することであって、軟質塩化ビニル樹脂の使用規制ではありません。しかし私たちは、表示される素材をもとに選ぶことができるようになります。 

表2 日本玩具協会による塩化ビニル樹脂製玩具の方針[7]をもとに加筆作成)

No.

概要

1

現在、3オ未満対象で口に含むことを目的としたST(安全玩具)製品では、塩化ピニル樹脂を使用したものはなく、日本玩具協会加盟メーカーの自主的な対応の継続を今後も推奨する。

2

上記以外の玩具の素材として塩化ピニル樹脂を使用することは継続するが、併せてその安全性に関する様々な科学的知見の収集に努める。特にEU(欧州連合)での規制の原因となっているフタル酸エステル類の安全性に関しては、関係産業界と協カし引き続き研究及び検討を行う。

3

3才未満を対象としたST製品ヘプラスチック素材名を表示するガイドラインを作成し、加盟メーカーヘの啓発を進める。

表3 日本玩具協会による表示素材の種類と指定用語[7]をもとに作成)

 

No

素材名と指定用語

No

素材名と指定用語

合成樹脂

1

ポリエチレン(PE

13

ポリアセタール(POM

2

ポリプロピレン(PP

14

ポリアミド(PA

3

塩化ビニル樹脂(PVC

15

ポリウレタン(PU

4

フェノール樹脂(PF

16

飽和ポリエステル樹脂

5

ユリア樹脂(UF

17

ポリ塩化ビニリデン(PVDC

6

メラミン樹脂(MF

18

ポリブタジエン(PB

7

不飽和ポリエステル樹脂(UP

19

EVA樹脂(EVA

8

ポリスチレンまたはスチロール樹脂(PS

20

ポリメチルペンテル

9

AS樹脂(AS

21

メタクリルスチレン

10

ABS樹脂(ABS

22

合成ゴム

11

メタクリル樹脂(PMMA

23

PET樹脂(PET

12

ポリカーボネート(PC

 

 

合成繊維

1

レーヨン(RAYON

7

ポリエステル
POLYESTER

2

アセテート(ACETATE

8

アクリル

3

ナイロン(NYLON

9

ポリエチレン

4

ビニロン

10

ポリプロピレン

5

ビニリデン

11

ポリウレタン

6

ポリ塩化ビニル

12

ポリクラール

塩化ビニル樹脂については、フタル酸エステル類を可塑剤に使用している場合は「塩化ビニル樹脂」、または「PVC」と表示し、その他の可塑剤を使用している場合は、「塩化ビニル樹脂」に加えて、「非フタル酸系可塑剤使用」を付す 

フタル酸エステル類の生殖系への影響は、まだ十分な確証が得られていません。アメリカ国家毒性計画(NTP)は、フタル酸エステル類の生殖系への影響に関して再調査を行っています。2000712-13日に、アメリカ国家毒性計画のヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)によるフタル酸エステル類の毒性に関する最終会合が開催され、その研究結果がアメリカ環境科学雑誌「Environmental Health Perspectives」に掲載される予定です[8]。この結果の内容によっては、各業界に対して様々な影響が及ぼされると考えられます。 

塩化ビニル樹脂からは、様々な揮発性有機化合物が放出される可能性があります。例えば床用塩化ビニルシートを用いて測定した実験によると、エチルベンゼン、キシレンは初期に顕著に検出されましたが、その後比較的速やかに減少しています。しかし、フェノール、1-メチル-2-ピロリドン、ジクロルベンゼン、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)などは初期濃度が低いが、長期にわたって継続的に放出されています[9]。これらの化学物質は、室内空気汚染源となる可能性があります。 

塩化ビニル樹脂は塩素を含んでいるため自己消化性があり、燃えにくい性質を持っています。ただし燃えると有害な塩化水素ガスを発生します。そのため不完全燃焼を引き起こし、多量の煙が発生します。また、軟質塩化ビニル樹脂は、可塑剤がたくさん含まれるため自己消化性が低下します。そのためさらに難燃剤を添加します。 

 

廃棄ステージ

塩化ビニル樹脂を燃焼すると、表4に示す燃焼物を生成します[10]。表4から明らかなように、有害性の高い塩化水素や一酸化炭素が多く発生します。 

表4 塩化ビニル樹脂の燃焼生成物[10]をもとに作成)

生成物

生成量mg/kg

生成物

生成量mg/kg

塩化水素

583.3

ブタン

0.28

酢酸

イソペンテン

0.02

二酸化炭素

729.0

-ペンテン

0.06

一酸化炭素

442.0

ペンタン

0.16

メタン

4.6

シクロペンテン

0.05

エチレン

0.58

シクロペンタン

0.05

エタン

2.2

-ヘキセン

0.05

プロピレン

0.47

ヘキサン

0.12

プロパン

0.84

メチルシクロペンタン

0.04

塩化ビニル

0.60

ベンゼン

36.0

-ブテン

0.18

トルエン

1.3

塩化ビニル樹脂には塩素が含まれています。ごみの焼却施設からの排出が全体の約8割を占めているといわれるダイオキシン類の基本的な生成機構は、塩素、炭素、酸素、触媒(銅や鉄)が高温下で数秒以上共存することです。特に300度付近で最も生成率が高くなります。塩化ビニル樹脂は、ごみの焼却において塩素の供給源となります。しかし850度以上の高温で焼却されると、ダイオキシン類はほとんど生成しませんので、塩化ビニル樹脂の焼却には、高温での温度コントロールが必要です。 

塩化ビニル樹脂を埋め立て処理した時に浸み出す化学物質の調査が、欧州の研究グループによって報告されています[2]。研究者らはライシメーター(浸漏計)を使い、塩化ビニル樹脂を埋設した埋め立て地から浸出水を採取し、その成分を分析しました。その結果、塩化ビニル樹脂から浸み出したフタル酸エステルが検出されました。フタル酸エステルは、ライシメーターから採取した気体の濃縮液からも検出されました。 

塩化ビニル樹脂に含まれている安定剤が、埋め立て地でどのような挙動を示すかについては、ほとんど報告がありません。ただし、軟質塩化ビニル樹脂に含まれていたカドミウム/亜鉛、有機スズ化合物が、1年半後に減少していることが確認されています[2] 

有機スズ化合物は、環境ホルモン作用を持つことが知られており、海に棲息する哺乳類や貝などが汚染されていることが示されています。有機スズ化合物の1つであるトリブチルスズ(TBT)は、イボニシなどの巻き貝のメスがペニスを持つようになるインポセックスという生殖器系の異常が日本全国で観察されています。 

最近の研究報告によると、ヒト、ネコ、タヌキ、カラスからも検出されており、身近な汚染源があるのではないかと疑われています[11]。塩化ビニル樹脂との関連性は確証がありませんが、塩化ビニル樹脂の廃棄経路の調査、特に埋め立て地の浸出水と廃棄物最終処分場の浸出水の調査を行い、因果関係を明らかにすることが必要です。 

塩化ビニル樹脂をリサイクルの観点からみるとどうでしょう。国内では年間約200万トンの塩化ビニル樹脂が使用され、年間の排出量は約100万トン強となっており、そのうち約30%がリサイクルされています。農業用ビニールハウス(農ビ)、電線被覆材、パイプなどを中心にマテリアルリサイクルが行われています(1万トン強/トン)[1]。しかし他の素材のリサイクル率や回収率は、表5に示す通りです[12][13][14] 

表5 素材別の再利用比率([12][13][14]をもとに作成)

素材

再利用の内容

集計年度

比率(%)

アルミ缶

リサイクル率

1998年度

74.4

スチール缶

82.5

ガラスびん

カレット利用率*1

73.9

古紙

利用率

55.4

回収率

55.5

建設廃棄物(土木)*2

リサイクル率

86.0

建設廃棄物(建築)*2

79.4

発泡スチロール

31.2

PETボトル

回収率

16.9

塩化ビニル樹脂

リサイクル率

30

プラスチックス全体

リサイクル率

1997年度

12

*1 1回限りの利用を前提として作られるワンウェイびんは、砕かれてカレットとなり再利用される。

*2 コンクリート、アスファルト、木材、汚泥など 

 

塩化ビニル樹脂の安全性で現在最も心配されているのが、フタル酸エステル類による環境汚染です。フタル酸エステル類は、人の生殖系への健康影響に関して十分な確証が得られていません。早急に明確にする必要があると思われます。また廃棄ステージでは、燃焼にともない様々な有害性の高い化学物質を排出します。また、燃焼せずに埋め立てた場合、やはりフタル酸エステル類による環境汚染が心配されます。 

塩化ビニル樹脂のリサイクル率はプラスチックスの中では高いとはいえ、いまだに多くの塩化ビニル樹脂が廃棄されています。廃棄された塩化ビニル樹脂を焼却や埋立処分することによって、どのような環境汚染が生じているか把握できていません。表5から明らかなように、塩化ビニル樹脂をはじめとするプラスチックスは、さらにリサイクル率を向上させるよう技術開発を行わなければならないと言えます。材料設計の段階からリサイクルが可能となるよう製品開発を行うことが望まれます。 

現在でも欧米や日本では、塩化ビニル樹脂の生産量が年々伸びています。この状況は、塩化ビニル樹脂の安全性が十分に確保されているからといえるのか、それとも安全性に関する研究が十分行われないまま、単に大量生産及び大量消費の社会構造が築かれた結果といえるのか、少なくとも前者でないことは明らかではないでしょうか。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 塩ビ工業・環境協会統計資料
http://www.vec.gr.jp/

[2] ARGUS in association with University Rostock-Prof. Spillmann, Carl Bro a|s and Sigma Plan S.A., European Commission DGXI.E.3, The behaviour of PVC in landfill Final Report, February 2000
http://europa.eu.int/comm/environment/waste/report7.htm

[3] IARCの発がん性分類, 国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/iarc/iarc.html

[4] European Plastics News, 25 (4), 12 (1998) 

[5] Carl-Göran Ohlson, Lennart Hardell, Chemosphere, Vol. 40(9-11), pp1277-82, 2000 May-Jun
“Testicular cancer and occupational exposures with a focus on xenoestrogens in polyvinyl chloride plastics”

[6] CSN #116, 欧米におけるフタル酸エステル使用削減の動き, December 30, 1999
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Dec1999/991230.htm

[7] 「塩化ビニル玩具の安全性について」, 日本玩具協会, February 2. 2000
http://www.toynes.or.jp/index.html 日本玩具協会の活動からアクセス)

[8] NTP-CERHR Announces the Final Meeting of the Phthalate Expert Panel, April 4, 2000
http://cerhr.niehs.nih.gov/news/pr4_4_00.html

[9] 鈴木 令, 空気清浄とコンタミネーションコントロール研究大会予稿集, 16th, pp65-68, 1998 

[10] ポリマーの難燃化−その化学と実際技術−, 大成社, 1992 

[11] 朝日新聞(夕刊), May 12, 2000 

[12] 発泡スチロール再資源化協会
http://www.jepsra.gr.jp/

[13] 「平成10年度 建設副産物中間実態調査(簡易センサス)結果について」建設省, November 27, 1999
http://www.moc.go.jp/region/recycle/refrm.htm

[14] 「ごみのはなし」, 厚生省 水道環境部計画課, April 4, 2000
http://www.mhw.go.jp/houdou/1204/h0404-2_14.html


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