1998年度アメリカ有害化学物質排出目録(TRI)の概要


2000年5月29日

CSN #137 

現在日本では、PRTR(環境汚染物質排出移動登録)が検討されています。PRTRとは、「有害性のある化学物質の環境への排出量及び廃棄物に含まれた場合の移動量を登録して公表する仕組み」であり、行政庁が事業者の報告や推計に基づき、対象化学物質の大気、水、土壌への排出量や、廃棄物に含まれた場合の移動量を把握集計し、公表します[1]。表1に各国のPRTRの概要を示します。 

表1 各国おけるPRTRの概要

国名

制度

対象物質数

対象施設

届出されたデータの扱い

米国

TRI
有害化学物質排出目録

650種類

製造業
従業員数及び化学物質の年間取得料で裾切り

データベース化され公表(施設毎のデータを公表)

カナダ

NPRI
全国汚染物質要覧

180種類

製造業
従業員数及び化学物質の年間取得料で裾切り

データベース化され公表(施設毎のデータを公表)

英国

CRI
化学物質排出要覧

500種類

製造業等(業種列挙)

物質及び地域別の集計データがデータベース化され公表

ドイツ

大気汚染物質排出インベントリー

工場等で使用する全化学物質

製造業等(業種列挙)

統計処理し公表 (施設の個別データは公表しない)

オランダ

IEI
個別排出目録システム

900種類

大手製造業

請求があれば公開(施設の個別データは公表しない)

日本では1999713日付けで「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(平成11713日公布法律第86号)」が公布されており、対象となる化学物質としては、356の「第一種指定化学物質」と、83の「第二種指定化学物質」が立案されています。PRTRは、事業者による化学物質の自主的な管理改善を促進し、環境保全上の支障を未然に防止することを目的としています[1]。この法律は、2000330日に施行され、20014月から排出量等の把握を開始し、20024月以降、法律に基づく排出量等の届出を行う予定となっています[2] 

日本のPRTRのモデルとなったのが、アメリカの有害化学物質排出目録(TRI: Toxics Release Inventoryで、1986年の「緊急計画・地域社会知る権利法(EPCRA)313条:Emergency Planning and Community Right-to-Know Act」と1990年の「汚染防止法(PPA)6607条:Pollution Prevention Actに基づいているデータベースです。TRIは、指定された製造業者の施設が、使用量、製造量、取扱量、輸送量、環境中への排出量を報告するもので、約650種類の化学物質が対象とされています。この目録の情報を使って、一般市民、企業、政府は、土壌、大気、水を保護するために共同ワークできます[1] 

2000511日にアメリカ環境保護庁(EPA)は、1998年度の有害物質排出目録(TRI)の概要を発表しました[3]。詳細なデータは6月に発表される予定ですが、アメリカにおける有害化学物質排出の全体概況がわかります。図1にTRIの概念図を示します。また、表2には1998年度アメリカTRIの上位20の化学物質、表3には、1998年度から報告を開始した業界を対象とした、TRIの上位20の化学物質を示します[3] 

表2 1998年度アメリカTRIの上位20の化学物質[3]をもとに作成):単位: トン

<対象業界>

食品、たばこ、繊維、衣料、製材、家具、製紙、印刷、化学、石油、プラスチックス、皮革、ガラス、石材、窯業、金属、機械、電子部品、運輸、写真、諸工業

化学物質名

施設内

施設外

総計

大気排出

水域放出

地下注入

土壌排出

亜鉛化合物

3,086,784

554,653

109,705

52,723,927

49,515,875

105,990,944

硝酸化合物

289,215

77,313,004

22,050,939

1,481,843

1,518,937

102,653,937

メタノール

85,654,093

2,668,705

7,521,972

814,800

637,974

97,297,543

アンモニア

66,910,152

3,232,997

11,455,468

1,498,165

901,908

83,998,689

マンガン化合物

709,557

2,025,627

3,513,291

23,927,722

17,825,670

48,001,867

トルエン

44,071,186

17,336

267,239

32,376

607,247

44,995,383

キシレン

30,723,190

22,854

54,852

18,065

396,059

31,215,020

ノルマルヘキサン

30,289,963

6,299

12,007

8,986

40,273

30,357,528

銅化合物

1,598,073

41,911

84,892

23,566,921

3,800,640

29,092,437

塩素

27,067,009

105,466

27,922

25,423

11,975

27,237,795

スチレン

24,328,091

6,087

156,713

146,199

905,521

25,542,612

塩酸

24,453,003

1,166

45,345

9,903

595,228

25,104,646

リン酸

552,893

12,549,599

6,433

9,571,794

2,219,499

24,900,218

メチルエチルケトン

21,003,010

24,824

155,568

36,548

407,283

21,627,234

クロム化合物

159,383

50,883

396,282

13,712,196

6,353,095

20,671,839

二流化炭素

19,679,436

2,123

7,519

748

2,628

19,692,454

ジクロロメタン

18,087,778

7,017

207,004

78,717

114,636

18,495,151

グリコール・エーテル

16,877,811

87,063

621

20,417

378,180

17,364,091

鉛化合物

384,593

16,884

77,762

7,358,435

7,675,741

15,513,415

エチレン

13,914,758

1,386

1,910

38

822

13,918,914

その他

0

2,448,808

49,266,199

26,087,495

56,583,357

273,944,886

総計

569,399,004

101,184,690

95,419,643

161,120,718

150,492,547

1,077,616,602

表3 1998年度アメリカTRIの上位20の化学物質[3]をもとに作成):単位: トン

<対象業界>1998年度から報告を開始した業界
金属鉱業、採炭、発電、化学商社、石油大型プラント、溶剤回収サービス

化学物質名

施設内

施設外

総計

大気排出

水域放出

地下注入

土壌排出

銅化合物

266,146

166,709

626,565

558,778,925

1,808,340

561,646,686

亜鉛化合物

863,374

250,865

9,857,772

296,717,082

5,538,569

313,227,662

塩酸

242,664,271

5

0

165,081

231

242,829,588

ヒ素化合物

90,221

72,293

344,314

235,940,906

605,329

237,053,063

マンガン化合物

239,891

456,628

392,932

202,911,272

3,357,211

207,357,934

53,681

7,798

10,515

126,185,661

1,357,853

127,615,508

鉛化合物

157,769

34,917

3,297,903

101,595,690

2,374,930

107,461,209

バリウム化合物

995,371

448,141

601,244

74,784,002

16,621,625

93,450,383

硫酸

75,713,104

1,087,200

0

38,732

9,060

76,848,096

ヒ素

18,333

607

122,035

34,666,567

137,722

34,945,263

亜鉛

1,210,993

14,167

133,609

30,302,885

136,328

31,797,982

フッ化水素

29,377,814

288

1,313,700

266,927

25,027

30,983,756

クロム化合物

136,828

51,782

305,845

26,299,291

2,473,941

29,267,686

ニッケル化合物

299,682

131,917

155,113

22,837,137

2,631,094

26,054,942

アンチモン化合物

5,370

10,028

77,038

10,632,791

68,193

10,793,419

クロム

3,513

11,427

117,983

6,742,059

867,544

7,742,527

アスベスト

63

0

0

6,127,960

970,348

7,098,370

2,191

63

10,450

5,755,383

524,815

6,292,902

硝酸化合物

2,716

410,874

2,689,138

2,777,322

331,910

6,211,960

コバルト化合物

24,868

10,902

5,439

5,670,134

200,966

5,912,310

その他

8,710,953

490,985

5,613,275

42,483,330

10,717,370

68,015,913

総計

360,837,153

3,657,595

25,674,870

1,791,679,136

50,758,406

2,232,607,160

これらの結果について厳密に議論することはできませんが、総じて重金属及びその化合物が多く排出されていること、例えば希釈溶剤や化学合成原料として使用される、メタノール、アンモニア、トルエン、キシレン、ノルマルヘキサン、メチルエチルケトンが多く排出されていることがわかります。 

日本でもPRTRの導入によって、アメリカのTRIと同様に有害化学物質の排出状況が把握され、公開されるようになります。2001年4月から各業界が把握を開始し、2002年4月以降、法律に基づく排出量等の届出が開始される予定です。アメリカのTRIを眺めると、例えば次のような疑問が浮かびます。

  1. 大気、水系、地下、土壌に排出された有害化学物質は、その後いったいどこへ行くのか。
  2. これらの排出された有害化学物質によって、私たちの健康や地球の生態系に対して、どのような影響が起こるのか。
  3. これまで累積すると、どれくらいの有害化学物質が排出されたのか。
  4. それによって受けた環境影響は、どれくらいあるのか。

今後把握されるこれらのデータベースをもとに、私たちの健康や生態系への負荷が少なくなるように社会が変化してほしいと思います  

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] CSN #111, アメリカの微量有害物質排出規制報告の強化, November 28, 1999
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Nov1999/991128.html

[2] 「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律に基づく関係政令の制定について」, 環境庁環境保健部環境安全課, March 22, 2000
http://www.eic.or.jp/kisha/200003/66512.html

[3] TRI 1998 Data Release, USEPA, May 11, 2000
http://www.epa.gov/tri/tri98/index.htm


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