医療用軟質塩ビ器具に対するDEHPの安全性評価

―アメリカ食品医薬品局(FDA)


20011119

CSN #213

フタル酸エステル類の1つであるフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)は、塩化ビニル樹脂の可塑剤(塩化ビニル樹脂を柔らかくする材料)として、子供用玩具、医療器具、建築材料、自動車用内装材など、幅広く利用されています。アメリカ国家毒性計画(NTP)のヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)が、フタル酸エステル類に対するリスク評価を行い、200010月に最終報告書を発表しました。その中でDEHPに対しては、生殖発生毒性(妊娠・出産等生殖にかかわる毒性、催奇形性など)に焦点をあてて評価が行われ、次の結果が得られました[1]

1)     一般環境中において、一般成人がDEHPに曝露したときの生殖影響の懸念はごくわずか。

2)     健康な乳幼児の曝露レベルが成人の数倍以上ならば、男性の生殖システムの発達に対して影響を示すことが懸念される。

3)     妊娠中や授乳期間中の女性が一般環境中でDEHPに経口曝露した場合、お腹の中の子供や授乳中の子供の発達に対して影響するかもしれない。

4)     重病(危篤状態)の乳幼児が、集中治療時に使用された医療用軟質塩ビ器具によって、経口以外からDEHPに曝露した場合、数桁以上一般成人よりも曝露濃度が高くなる。集中治療を受ける乳幼児や子供の曝露レベルは、専門家パネルが男性の生殖システムに対する影響に関して深刻な懸念を示す齧歯類における曝露量に近い。

 

このような状況から、アメリカ食品医薬品局(FDA)のデバイス及び放射線衛生センター(Center for Devices and Radiological Health: CDRH)は、医療用軟質塩ビ器具に焦点をあててリスク評価を行ってきました[2]。医療用に使用されている軟質塩ビ器具としては、点滴用バッグ、点滴用チューブ、透析用チューブ、輸血用バッグ、輸血用チューブ、心臓バイパス機器用チューブ、鼻腔栄養チューブ、呼吸用チューブがあります。DEHPは、動物実験で精巣毒性が示されてきましたが、人への毒性影響に関しては激しい討論が行われてきました。FDAは特に、重病(危篤状態)にある、あるいは長期間DEHPを含む医療用軟質塩ビ器具に曝露した男性新生児に対する影響を非常に懸念しています。以下に、FDAの報告書[2]の概要を示します。

 

1.リスク評価方法の概要

これまで得られた医療施設の患者に関する研究報告から、さまざまな医療用軟質塩ビ器具からのDEHP曝露量を概算し、さらに齧歯類(マットやラウスなど)の動物実験から耐用摂取量(TI)を推算し、リスク値としてTIDEHP曝露量を求めています。DEHP曝露量がTIよりも大きい(TIDEHP曝露量<1)と、健康影響を生じるリスクが大きいことを示し、TIよりも小さい(TIDEHP曝露量>1)と、健康影響の懸念が少ないことを示します。表1に得られたTIを示します。

1 耐用摂取量(TI)の算出結果[2]をもとに作成)

摂取ルート

エンドポイント

NOAEL, LOAEL
(mg/kg/day)

UFs

TI
(mg/kg/day)

非経口

NOAEL

60

100

0.60

LOAEL

250

300

0.80

経口

NOAEL

3.7

100

0.04

*NOAEL:無影響量、LOAEL:最小毒性量、UFs:不確実係数

DEHPに対して血液中のリパーゼが作用した場合や、熱せられた点滴溶液中でDEHPが加水分解した場合、DEHPの代謝物としてMEHPが生じます。MEHPとして摂取したケースを含めて考えることは非常に重要なのですが、FDAのリスク評価では、MEHPの毒性に関してよくわかっていないため、MEHPTIDEHPTIと仮定してリスク評価が暫定的に行われています。しかしながら、あくまで暫定的であるため、MEHPを含めたリスク評価結果は、政策決定に反映できないと述べていますので、ここでは省略します。

 

2.リスク評価結果の概要

リスク評価は、成人(体重70kg)と新生児(体重4kg)に分けて行われ、体重あたりのDEHP曝露量が使用されました。医療用軟質塩ビ器具が使用される、さまざまな医療処置ごとに評価が行われ、それぞれに対するリスク値TIDEHP曝露量が求められました。また、感受性の高い人たちを含めて保護するために、DEHP曝露量はワーストケースが用いられました。そのため、大多数の人たちに対するリスクとしては、過大評価となっている可能性があります。

前述のように、リスク値が1よりも小さい(TIDEHP曝露量<1)と、健康影響を生じるリスクが大きいことを示し、リスク値が1より大きい(TIDEHP曝露量>1)と、健康影響の懸念が少ないことを示します。そのためFDAの評価結果では、リスク値が1よりも大きい医療処置は、DEHP曝露量がTI(耐用摂取量)よりも小さいことを意味しており、ほとんど心配がないと報告しています。

そのような医療処置としては、結晶性溶解物の静脈点滴、可溶性薬品の静脈点滴、脂質無添加の完全静脈栄養(TPN)、アフェレシス治療(血液浄化法)血液透析(HD)、腹膜透析(PD)などでした。

そこで、リスク値が1よりも小さい医療処置に対してFDAの報告書で示されている結論の概要を、以下に示します。

 

1)  完全静脈栄養(TPN)

脂質成分が含まれるTPN混合物を摂取する新生児では、リスク値が0.2となり、DEHP曝露による健康影響が懸念される可能性があると述べています。つまりこのことは、DEHPが脂溶性化学物質であることに関係しています。

2)  輸血

成人の輸血の場合は精神的外傷患者と輸血/膜型人工肺(ECMO)、新生児の輸血の場合は交換輸血において、リスク値が1を下回っています。しかしながら、TIは長期間曝露による健康影響をベースに求められているため、短時間で行う輸血に対しては、リスクを高く見積もることになると述べています。

そのため、交換輸血が行われる新生児と、ECMO時に輸血が行われる成人に関しては、DEHP曝露による健康影響が懸念される場合があるが、これらのケースは治療を受ける機会が非常に少ないため、実際のリスクとしては小さいと想定されると述べています。

3)  人口心肺(CPB)、膜型人工肺(ECMO)

成人の場合は冠動脈バイパス術(CABG)と人工心臓移植時のCPB、新生児の場合は膜型人工肺(ECMO)において、リスク値が1を下回っています。

しかしながらCPBの場合、ヘパリンを塗工した軟質塩ビ製チューブを使用しているケースが半数近くあり、ヘパリンを塗工したチューブからは、DEHPがほとんど放出されないので、DEHPへの曝露は、ヘパリンを塗工していない軟質塩ビ製チューブを使用しているケースに比べると少ないと述べています。

また、ECMOをつけている新生児の場合、リスク値が0.04と低いが、曝露量に関する情報が不十分であるため、このリスクは不確実性を持っていること、最近の研究によると、このようなケースで新生児に急性影響が生じたという報告がないことも重要視しなければならないが、DEHPの毒性で最も影響が懸念される精巣毒性に関する研究が評価されていないことを、さらに重要視しなければならないと述べています。

4)  経腸栄養(EN)、母乳栄養

成人の場合と新生児の場合、いずれもEN投与によるリスク値は0.3となっています。その理由として、EN物の脂質分には、軟質塩ビ製バッグやチューブからかなりの量のDEHPがしみ出すことが関係していると述べています。つまりこのことは、1)の脂質成分が含まれる完全静脈栄養(TPN)混合物を摂取する新生児の場合と同様に、DEHPが脂溶性化学物質であることに関係しています。

そのためFDAの報告書では、軟質塩ビ製バッグやチューブがEN物の投与に使用された場合、DEHPによる健康影響リスクが増大する可能性があると述べています。

次に母乳栄養に関しては、血液透析(HD)を受ける成人のリスク値は2ではありますが、HDを受ける母親から母乳を受ける乳児にも、多量のDEHP曝露を受ける可能性があると述べています。しかしながら、これらの乳児のリスクには高い不確実性があること、血液透析を受ける女性はほとんどの場合不妊症であるため、乳児が母親の母乳からDEHP曝露を受けることはかなり少ないと考えられると述べています。

また母乳を貯蔵するバッグは、ほとんどの場合DEHPが含まれないポリエチレンやポリエチレンで被覆されたナイロンでできているため、乳児がDEHPに曝露することは想定されないと述べています。

5)  複数の医療用軟質塩ビ器具を使用した場合のDEHP曝露

今回のFDAのリスク評価では、複数の医療用軟質塩ビ器具に対して患者が曝露したケースが考慮されておりません。しかし実際には、さまざまな医療処置を統合したケースを考慮することが重要です。

このことに関してFDAの報告書では、例えば、新生児集中治療処置室(NICU)で治療を受ける新生児は、複数の医療器具からDEHP曝露を受けるが、鎮静剤の静脈注射、完全静脈栄養(TPN)、交換輸血など、NICUで受ける医療処置を統合したDEHP曝露量は、体重4kgの乳児の場合、数週間から数ヶ月間、リスク値が0.2となる可能性があること、また同様にEMCO処置を受けている新生児は、リスク値が約0.05になると述べています。

6)  子供に対するリスクの増大

子供は成人よりも体重あたりの曝露量で概算した場合にDEHP曝露量が多いこと、子供と大人では薬物動力学が異なるため、子供は大人よりも多量のDEHPを吸収し、体内で多量のMEHP(DEHPの有害な代謝物)に代謝し、成人と比べてMEHPの体外への排泄量が少ない可能性があること、子供はDEHPによる健康影響に対して成人よりも感受性が高い可能性があるといった3つの理由から、軟質塩ビ器具を用いた医療処置を受ける子供は、DEHP曝露によるリスクが成人よりも増大する可能性があると述べています。

 

以上がFDAの報告書の概要ですが、これらの結論は、冒頭に述べたアメリカ国家毒性計画(NTP)のヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)のリスク評価結果[1]とほぼ一致しています。

FDAの報告書によると、今回の評価結果は、DEHPが人に与える健康影響問題に対する第1ステップであり、DEHPや軟質塩ビ樹脂の代替品に対する有用性や安全性などの因子も、この問題に対するリスクマネジメントを開発するうえで、今後検討する必要があると述べています。

しかしながら、重病(危篤状態)にある、あるいは長期間DEHPを含む医療用軟質塩ビ器具に曝露した男性新生児に対する影響を非常に懸念していることをはじめ、子供に対するリスクの増大など、いくつかの懸念されるケースがあります。特に乳児や子供に対する影響を未然に防止するためにも、より安全性の高い素材への代替に対する検討を急ぐべきではないかと思われます。

Author: Kenichi Azuma

<参考文献>

[1] NTP-CERHR EXPERT PANEL REPORT, DEHP (DI (2-ETHYLHEXYL) PHTHALATE), October 2000
http://cerhr.niehs.nih.gov/news/index.html

(参考)Kenichi Azuma,NTPによるフタル酸エステル類の最終報告書」, CSN #163, November 27, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Nov2000/001127.htm

[2] Center for Devices and Radiological Health, U.S. Food and Drug Administration (FDA), “Safety Assessment of Di(2-ethylhexyl)phthalate (DEHP) Released from PVC Medical Devices”, September 4, 2001
http://www.fda.gov/cdrh/ocd/dehp.html


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