NTPによるフタル酸エステル類の最終報告書


20001127

CSN #163

アメリカ国家毒性計画(NTP)のヒューマン・リプロダクション評価センター(CERHR)は、フタル酸エステル類のリスク評価を行ってきました。そして20001010日に最終報告書を発表しました。このリスク評価では、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジ-イソノニル(DINP)、フタル酸ジ-イソデシル(DIDP)、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)、フタル酸ジ-n-オクチル(DnOP)、フタル酸ジ-n-ヘキシル(DnHP)の7つのフタル酸エステル類に対して評価を行ってきました。 

2000714日にそのドラフトを発表しており、DEHPに対して最も強い懸念を示しています。例えば危篤状態の幼児の治療など、集中治療時に用いる医療器具から高濃度のDEHPに曝露した男児の生殖器官の発達に対しては、「深刻な懸念」を示しています[1] 

本報では、この最終報告書の中からDEHPに対する評価結果[2]の概要を紹介します。DEHPは、フタル酸エステル類の中でも最も多く使われており、主に塩化ビニル樹脂を軟らかくするための可塑剤として使われています。例えば、輸血バック・吸入マスク・酸素チューブ・点滴バッグ・点滴チューブ・医師の手袋などの軟質塩ビ製医療器具、壁材・床材・ルーフィング材、デッキ材などの軟質塩ビ製建材、軟質塩ビ製のおもちゃなどがあります。 

DEHPは動物実験などから精巣毒性や生殖毒性が報告されています。また、人の尿中におけるフタル酸エステル類の代謝物の分析結果から、一般の人たちが高濃度のフタル酸エステル類に曝露していることや、早期乳房発育を示す子供たちの血液中から高濃度のDEHPが検出されたなど、現在でもさまざまな研究結果が報告されています[3]この最終報告書では、フタル酸エステル類に対する人への曝露と研究報告から、生殖発生毒性(妊娠・出産等生殖にかかわる毒性、催奇形性など)に焦点をあて、評価されました。DEHPに関して導かれた結論の概要を表1に示します。

 

表1 NTP-CERHR専門家パネルによるDEHPのリスク評価結果の概要[2]をもとに作成)

影響評価項目

概要

一般成人

一般成人が一般環境中で曝露しているDEHP濃度は3-30 μg/kg 体重/、大人のキヌザル(霊長類)では、経口投与で13週間2,500 mg/kg 体重/日のDEHPを摂取しても、精巣に影響がみられなかった。これらの結果より、一般環境中でのDEHP曝露による一般成人の生殖影響は、懸念はごくわずか。

健康的な乳幼児

乳幼児が食事以外でものを口に加える行動によって曝露するDEHP濃度は、一般成人が一般環境中で曝露するDEHP濃度(3-30 μg/kg 体重/)の数倍。DEHPは齧歯類(ラットやマウス等)への実験結果から、大人よりも子供の方が低濃度曝露で精巣毒性を示している。生殖システム(特にセルトリ細胞)は、思春期までの間は細胞が増殖している。齧歯類における実験結果から、生殖システムの発達は、DEHPの代謝物であるMEHPに強い影響を受けることが示唆された。成人のキヌザルにおいては、成人のラットで示された曝露濃度で精巣毒性が示されなかったが、霊長類の乳幼児に関しては有用なデータがない。健康な乳幼児の曝露レベルが成人の数倍以上ならば、男性の生殖システムの発達に対して影響を示すことが懸念される。

重病(危篤状態)の乳幼児

重病(危篤状態)の乳幼児が、集中治療時に軟質塩ビ製医療器具の使用によって、経口以外からDEHPに曝露した場合、数桁以上一般成人よりも曝露濃度が高くなる。集中治療を受ける乳幼児や子供の曝露レベルは、専門家パネルが男性の生殖システムに対する影響に関して深刻な懸念を示す齧歯類における曝露量に近い。

妊娠中及び授乳期間中

子宮内の胎児は特別に影響を受けやすい。一般成人の曝露レベルは3-30 μg/kg 体重/日。それに関連する齧歯類のデータでは、精巣及び発達影響に関するNOAEL(最大無有害性影響濃度)3.7-14 mg/kg 体重/日であり、齧歯類において奇形が生ずるDEHP濃度はNOAEL40 mg/kg 体重/日の間と考えられる。 

MEHPは母乳の中に溶け込み胎盤を通過する。齧歯類の腸からの吸収は効果的に体内摂取量を減少させるが、霊長類ではそれほど効果的ではない。 

人間では経口曝露は30 μg/kg 体重/日未満であり、齧歯類では毒性影響が3 mg/kg 体重/日以上でみられる。たとえ種の違いによる吸収性の違いがあったとしても、専門家パネルは、一般環境での妊娠中や授乳期間中の女性における経口でのDEHP曝露が、お腹の中の子供や授乳中の子供の発達に対して影響するかもしれないと懸念している。

NTP-CERHR専門家パネルによるDEHPリスク評価報告書によると、乳幼児や妊婦の曝露に対して懸念を示しています。この報告書では、カナダにおいて試算した一般の人たちのDEHP摂取量を表2のように示しています[2] 

表2 カナダにおける一般の人たちのDEHP摂取量[2]をもとに作成)

曝露源

DEHP摂取量(μg/kg体重/)

五大湖周域の大気

0.00003 -0.0004

室内空気

0.85 -1.2

飲料水

0.02 -0.38

食物

4.9 -18.0

土壌

0.000004 -0.00014

そして、世界27ヶ国290以上の団体が所属する国際共同組織である「Health Care Without Harm:害のない医療」による報告書によると、HuberDoullらの研究報告をもとに、妊婦がDEHPに曝露する可能性のある曝露源と曝露量が表3のように示されています[4]。表2と表3によると、塩ビ床材と食物からの曝露量や摂取量が大きいことがわかります。 

表3 妊婦が妊娠中にDEHPに曝露する可能性のある汚染源[4]をもとに作成)

曝露源

曝露量
(μg/kg体重/)

曝露量
(mg/)

含有量

空気

ハウスダスト

190-4,580 mg/kgダスト

25度の車の中

1未満

0.07未満

0.01 mg/m3未満

塩ビ床材の室内

14-86

1-6

0.05-0.3 mg/m3

都会の大気

0.006-0.225

0.0005-0.016

22-790 ng/m3

飲食物

飲料水

1未満

0.06未満

0.03 mg/L未満

食物

3.8-30

0.27-2.0

特殊
ケース

透析中の妊婦

10-7,200

0.004-3.1

−:報告なし

化学物質への曝露による影響は、量(摂取量)/反応(影響が発生する量)の関係によって変化します。また、影響が発生する量は、大人・子供・乳幼児・子宮内にいる胎児によって異なり、一般に発達が著しい胎児や乳幼児は影響を受けやすいとされています。NTP-CERHRによるDEHPのリスク評価結果によると、胎児や乳幼児への影響を懸念しています。まだデータが十分でないことから表1のような結論となっていますが、表1の結論から考えると、胎児や乳幼児への曝露を最小限に抑えるように予防すべきだと思われます。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] Kenichi Azuma, NTPによるフタル酸エステル類評価報告書, CSN #146, July 31, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/July2000/000731.htm
 

[2] NTP-CERHR EXPERT PANEL REPORT, DEHP (DI (2-ETHYLHEXYL) PHTHALATE), October 2000
http://cerhr.niehs.nih.gov/news/index.html

[3] Kenichi Azuma, フタル酸エステル類に関する最新の研究状況, CSN #154, September 25, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Sept2000/000925.htm

[4] Mark Rossi et al., “Neonatal Exposure to DEHP and Opportunities for Prevention in Europe”, Health Care Without Harm, October 23, 2000
http://www.noharm.org/hcwh/library/admin/uploadedfiles/showfile.cfm?FileName=TOXIC_CHEMICAL_IN_VINYL_MEDICAL_PRODUCTS_COULD.htm


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