台湾PCB中毒汚染後の14年間の追跡調査

PCB中毒後の塩素座瘡、甲状腺腫、関節炎)


1999年9月5日

CSN #094

ポリ塩化ビフェニール(PCBs)は、安定性が高く、電気的、熱的特性が優れているため、絶縁油や熱媒体として電気製品やノーカーボン紙などに広く使われていました。しかし、1968年に北九州を中心に発生した「カネミ油症事件」の後、日本国内では1972年に生産中止になりました。また、1974年に化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)の第1種特定化学物質に指定され、国内では製造・販売・使用が原則的(許可を受けた場合は可能ですが前例はありません)に禁止されました。 

「カネミ油症事件」は、米ぬかから抽出したライスオイルの脱臭工程で使われていた熱媒体(PCBs)が、ライスオイル中に漏れて汚染したことが原因とされています。そしてそれを食べた人々の皮膚に、黒色のニキビ状の吹き出物などが発生しました。また油症患者には、手足のしびれ感など神経症状を訴える人々が多く発生しました。そして、ライスオイルを摂取した母親から生まれた子供には、皮膚の一部が黒くなる色素沈着が見られ、血液中からは、母親から移行したと思われるポリ塩化ビフェニール(PCBs)などが検出されました。[1] 

これらの症状の原因物質は、後の研究でポリ塩化ビフェニール(PCBs)中に不純物として混入していたポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)やコプラナーPCB(Co-PCBs)であることが分かりました。PCDFsCo-PCBsは、ポリ塩化ジベンゾダイオキシン(PCDDs)と同じダイオキシン類に含まれています。これらのダイオキシン類は、個々の物質に定められた毒性等価係数(TEF)を用いて、最強の毒性をもつ化学物質と言われる2,3,7,8-四塩化ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)に換算されて、TEQ(毒性等価量)で表されます。日本では、19985月の世界保健機関(WHO)専門委員会の報告をベースとし、1999621日に厚生省と環境庁の合同研究チームがダイオキシン類の1日摂取許容量(TDI)4 pgTEQ/kg体重/1日当たり、体重1kg当たり、4ピコグラム;4グラム/1兆)とする報告書を発表しました。 

日本の「カネミ油症事件」から11年後の1979年に、同様の事件が台湾(Yucheng)で発生しました。この事件の場合も「カネミ油症事件」と同様に、ライスオイル中に熱媒体(PCBs)が混入したことが汚染原因とされています。これら2つの油症事件は、これまで多くの研究が報告されています。世界保健機関(WHO)の「環境保健クライテリア」では、油症事件や職業上での曝露によるポリ塩化ビフェニール(PCBs)のヒトへの影響について、次にように概説しています[2] 

<油症事件でのPCBsへの曝露>[2]

 

<職業上での高濃度のPCBsへの曝露>[2]

 

また、台湾の油症患者の健康影響に関する最新の疫学研究について、アメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」19999月号で、台湾のCheng Kung大学医学部のYueliang Leon Guoらが発表しました[3] 

台湾の油症事件では、2,000人の人々がポリ塩化ビフェニール(PCBs)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)で汚染された食用油を使った料理を食べました。研究者らは、汚染油を摂取したグループ(汚染グループ)と、1979年の事件当時に周辺地域に住んでいた汚染油を摂取していないグループ(対照グループ)の人々の健康状態を調査しました。また対照グループは、汚染グループと年齢と性別が一致する人々が選定されました。 

研究者らは、1979年の事件発生から14年後の1993年に、30歳以上の人々を対象に健康状態に関する電話取材を行いました。そして 795人の汚染グループの人々と、693人の対照グループの人々から有効な回答が得られました。その結果、塩素座瘡、爪の異常、皮膚の過角化症、皮膚アレルギー、甲状腺腫、頭痛、歯ぐきの色素沈着、歯の腐食など生涯にわたる症状が、PCBsPCDFsに曝露した人々において、より多く観察されました。汚染グループと対照グループの症例数の比較は表1のようになります。 

表1 汚染グループと対照グループの症例数の比較

症例

汚染グループ/対照グループ

女性の貧血症

2.3

男性の関節炎

4.1

椎間板ヘルニア

2.9

*他の症状もほぼ同様の結果

 

研究者らは、高濃度のポリ塩化ビフェニール(PCBs)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)に曝露した台湾の人々は、汚染されていない通常の人々に比べて皮膚病、甲状腺腫、貧血症、関節炎、脊椎炎などの病気にかかる可能性が高いと結論付けています。 

  

ポリ塩化ビフェニール(PCBs)による大規模な汚染は、二度と起こさないようにしなければなりません。しかし、今年の1月に発生したベルギーダイオキシン汚染は、世界中に影響を与えた大きな事件でした。この事件では、ベルギーのある飼料メーカーの家畜用飼料がダイオキシン類に汚染され、その飼料を食べた家畜が汚染されました。そのため、それらの家畜から得られた鶏肉、鶏卵、豚肉、牛肉、乳製品など多くの食品がダイオキシン類に汚染されました。 

汚染原因は、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)が食用油のリサイクルラインに何らかの原因で混入したためだと推定されています。汚染レベルとしては、2羽の鶏の脂肪分からそれぞれ 958ppt, 775ppt(ダイオキシンTEQ換算)のダイオキシン類が検出されました。そしてそのうちの1つからは、 オランダの食品基準の 400倍に相当する400ppmのポリ塩化ビフェニール(PCBs)が検出されました[4] 

この件に関して、オランダのユトレヒト大学, Martin van den Berg氏は次のように述べています[4] 

「ベルギーの平均的な食事量から試算した場合、汚染地域における全ての鶏卵と鶏肉の脂質中に 900pptのダイオキシンを含んでいたとすると、人々はWHO(世界保健機構)の勧告値である耐用1日摂取量 (TDI) の低い方の値である 1pgTEQ/kg体重/day40倍を摂取することになる。ダイオキシン類に類似した毒性をもつコプラナーPCBsを含めると、その数値は100倍以上になる。また、癌を引き起こすほどではないが、神経系や免疫系に影響する可能性があり、特に幼児や今後生まれてくる子供達に影響を与える可能性があるので、今後10年間医学的に継続して検証すべきである。」

 

日本では、廃棄物として保管されたり使用されたりしているポリ塩化ビフェニール(PCBs)は、厚生省の試算で1万トン以上あります。また、PCBsを使用した高圧トランス、コンデンサーの約7%が以前の調査時と比べて紛失していると報告しています。そのため、厚生省は全国の事業所で保管されたままになっているPCBsの専用処理施設設置を支援する方針を決めました[5] 

ポリ塩化ビフェニール類(PCBs)、ダイオキシン類(PCDDs)、フラン類(PCDFs)は、国連環境計画(UNEP)が対象としている12種類の残留性有機汚染物質(POPs)リストに含まれています。残留性有機汚染物質POPsとは次の性質を持つ化学物質です[6]

 ・有害性を有する
 ・難分解性
 ・生物濃縮しやすい(食物連鎖)
 ・大気により長距離移動する(Grasshopper Effect:バッタ効果)
 

体内での残留性に関しては、台湾の油症患者の血液を事件発生後14年間分析した結果、血液中のポリ塩化ビフェニール類(PCBs)、フラン類(PCDFs)の半減期(濃度が半分になるまでかかる年数)が表2のように報告されています[7] 

表2 台湾油症患者の血液中におけるPCDFs/Co-PCBs濃度の半減期[7]

物質名

半減期

ポリ塩化ジベンゾフラン

2,3,4,7,8-penta-CDF

2.5 (2.1-2.9)

1,2,3,4,7,8-hexa-CDF

2.9 (2.3-3.2)

1,2,3,4,6,7,8-hepta-CDF

2.4 (2.1-2.6)

コプラナー PCBs

2,3',4,4',5-penta-CB

1.7 (1.5-1.9)

2,2',4,4',5,5'-hexa-CB

4.1 (3.5-4.5)

2,2',3,4,4',5'-hexa-CB

4.9 (4.2-5.7)

2,3,3',4,4',5'-hexa-CB

5.3 (3.9-6.2)

2,2',3,4,4',5,5'-hepta-CB

6.1 (4.5-7.2)

2,2',3,3',4,4',5-hepta-CB

6.0 (5.1-6.7)

()内:最小値−最大値

 

表2から明らかなように、ダイオキシン類は体内で長期間残留します。特にコプラナーPCBsの中には、6年経過しても半分の濃度にしかならない物質があります。 

現在、日本を含めて世界中で廃棄物として残留しているポリ塩化ビフェニール(PCBs)を含む製品の処理は非常に大きな問題です。新たな汚染が起きないよう慎重に処理していかねばなりません。私たちの生活環境において、このような有害化学物質に曝露しないよう、また二度と大規模な汚染事件を起こさないよう力を合わせていくことが大切だと思います。 

Author:東 賢一

 

<参考文献>

[1] 黒田洋一郎「環境化学物質の脳神経系への長期影響」第3回日本内分泌攪乱化学物質学会講演会テキスト, 1999618 

[2] 環境保健クライテリア:Environmental Health Criteria 140
ポリ塩化ビフェニル(PCB)およびターフェニル Polychlorinated Biphenyls and Terphenyls
(原著682頁、1992年発行)(第二版)
http://www.nihs.go.jp/DCBI/PUBLIST/ehchsg/ehctran.html
(国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部による日本語抄訳があります)

[3] Yueliang Leon Guo, Mei-Lin Yu and others, Environmental Health Perspectives Vol. 107, No9, p715-719, September 1999.
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p715-719guo/abstract.html
“Chloracne, Goiter, Arthritis, and Anemia after Polychlorinated Biphenyl Poisoning: 14-Year Follow-Up of the Taiwan Yucheng Cohort”

[4] New Scientist, 12 June 1999
「住まいにおける化学物質」CSN #065で概説しています
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/June1999/990616.html
 

[5] 朝日新聞, 1999818日朝刊 

[6] 残留性有機汚染物質(POPs)」国立医薬品食品衛生研究所 化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/pops/index.html
 

[7] 増田義人、原口浩一、黒木広明「台湾および福岡油症患者の血液中PCDFおよびPCB25年間の濃度推移」福岡医学雑誌, Vol. 86(5), p178-183, 1995


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