内分泌攪乱化学物質が及ぼす脳神経系への影響と神経活動攪乱作用
1999年 7月 8日
Author:東 賢一
内分泌攪乱化学物質(以下環境ホルモン)は、内分泌系、生殖系に影響を及ぼすことが知られています。しかし、内分泌系は脳神経系、免疫系と密接な関係があります。内分泌攪乱作用のある化学物質は、アトピーなどのアレルギー疾患がもたらす免疫系の異常や、学習障害、知能低下などの知的発達を阻害する脳神経系に影響を及ぼす可能性が懸念されています。
1999年6月18日に開かれた、日本内分泌攪乱化学物質学会(環境ホルモン学会)第3回講演会では、脳神経系への影響がテーマとなっていました。そこで、その概要を紹介したいと思います。
1,脳神経系と内分泌系 [1]
環境ホルモンは、体内にあるエストロゲンなどの性ホルモン受容体に結合し、生体や細胞がそれを正常なホルモンと判断することで、生殖系に異常な反応を起こします。もし脳神経系の発達と内分泌系に深い関係があれば、環境ホルモンは脳神経系にも影響を与えることになります。脳神経系と内分泌系の関連は以下の項目が挙げられます。
2,脳神経系の発達 [1][2]
脳は、タンパク質をはじめとする生体高分子からできており、非常に複雑なシステムを形成しています。出生前の胎児期は、神経ネットワーク形成の土台作りの段階で、出生後には仕上げの段階が存在します。この段階は神経ネットワーク形成過程と呼ばれます。
1)脳神経系の機能発達と外乱因子の影響を最も受けやすい時期
成熟した脳では環境化学物質による攪乱から脳を守るために、血液脳関門が発達し、有害な化学物質が血液系から侵入することを防止します。しかし、胎児期及び乳幼児期ではこの関門が未発達であり、有害化学物質が侵入してしまいます。この時期に胎児及び乳幼児の脳に進入した有害化学物質は、神経活動に影響を及ぼすことが明らかになっています。このような神経ネットワーク形成障害作用を、富山医科薬科大学・薬学部の津田教授は、「神経活動攪乱作用」と呼んでいます。
発達時期 |
血液脳関門の発達 |
胎児期から生後6ヶ月 |
血液脳関門による防御システムが無い |
乳幼児期 |
機能が未発達で多くの有害化学物質が通過する |
児童以降 |
機能が発達し、有害化学物質の侵入を防ぐ |
2)進入経路
3)障害例
障害の程度 |
障害内容 |
重度(形態異常) |
大きな奇形、無脳症 |
軽度(機能・行動異常) |
学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD) |
*学習障害(LD)
知能は全体として正常だが、読む、書く、算数などある特定の能力だけが低い。
**注意欠陥多動性障害(ADHD)
3,環境化学物質が脳神経系に影響した事例 [1][3]
1)胎児性水俣病
母親の脳には目立った影響がを与えなかった量の有機水銀が、胎児の脳に侵入して胎児性水俣病を起こした。
2)五大湖の汚染魚
(1)米国の五大湖で取れたサケなどの魚を食べた女性から生まれた子供に観察された行動
米国の五大湖で取れたサケなどの魚には、高濃度のポリ塩化ビフェニール(PCBs)をはじめとする高濃度の汚染物質を含んでいた。
(2)オンタリオ湖の鮭を食べた女性から生まれた子供に観察された行動
3)油症事件
台湾で1979年に発生した油症事件は、日本で1968年に北九州を中心に発生した「カネミ油症事件」と同様に、コプラナーポリ塩化ビフェニール(Co-PCBs)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)に汚染された食用油を摂取したことが原因でした。台湾ではその後、この食用油を摂取した女性から生まれた子供について、職業環境健康局のユ−・リャン・ゴーらの研究チームが調査研究し、以下の結果を得ています。
4)農薬と攻撃性
メキシコの北ソノラ地方−ヤキ谷に住む、農薬に曝露したヤキ・インディアンの4−5歳児2組の子供達に対して行動テストを行った報告があります。その結果、農薬に曝露した子供達に起きた異変が報告されています。
4,まとめ
内分泌攪乱作用を起こす化学物質は、脳神経系への影響が懸念されています。脳神経系の発達で最も重要な時期である「胎児期から乳児期」は、体内に進入した化学物質が脳に入りやすいとされています。また、これまで得られた人間における間接的なデータから、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)に関連している可能性があります。環境化学物質の脳神経系への影響は解明されていない部分がたくさんあります。しかし汚染は深刻化しています。取り返しのつかない状況にならないためにも、今後のさらなる研究が緊急に必要です。
(参考文献)
[1]「環境化学物質の脳神経系への長期影響」
日本内分泌攪乱化学物質学会(環境ホルモン学会)第3回講演会
東京都神経科学総合研究所・参事研究員 黒田洋一郎 氏
[2]「環境化学物質による脳機能遺伝子発現の変化」
日本内分泌攪乱化学物質学会(環境ホルモン学会)第3回講演会
富山医科薬科大学・薬学部、衛生・生物化学講座、分子神経生物学研究室 津田正明教授
[3]「Our Stolen Future」
Theo Colborn, Dianne Dumanoski, John Peterson
Myers
[4]「農薬と攻撃性」
レイチェル・ウィークリー#648からの概要を紹介
URL: http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/May1999/990507.html