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イギリスのEU離脱を問う国民投票自体を、「英社会を分断」とか、「異なる価値観、亀裂広がる」と言って批判する人は、投票結果が「残留」であっても同じことを言うだろうか


 6月26日の時事通信と、6月25日の読売新聞は英国の「EU国民投票」についてそれぞれ下記のように報じていました。
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EU国民投票、英社会を
分断=異なる価値観、亀裂広がる
2016.6.26 時事通信

 【ロンドン時事】23日実施された英国の欧州連合(EU)残留か離脱かを問う国民投票は、国論を二分した論戦の末、4ポイントの僅差でEU離脱に決着した。しかし、投票の争点で生じた対立は、もともと英国が抱えていた国民の分断をはっきりと露呈させ、その亀裂をさらに広げる結果となった。
 残留派の今回の結果への失望感や怒りは深い。60%が残留支持だったロンドンを英国から「独立」させEUに加盟するよう求めるオンライン署名運動が15万人以上の支持を集めている。
 ケント大のマシュー・グッドウィン教授(政治学)によれば、英国社会は(1)中産階級労働者階級(2)若者高齢者(3)大都市居住者地方居住者−という三つの次元で、まったく価値観の異なる二つのグループに明確に分裂している。経済と移民という二大争点で、離脱による経済リスクを重視して残留を支持したのがそれぞれの前者、EU諸国からの移民増の脅威を重視して離脱を支持したのが後者という。
 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のサイモン・ヒックス教授(政治学)も「グローバリゼーションによる政党支持の枠を超えた分裂が広がっていることが国民投票で明らかになった」と分析している。「移民により利益を得る都市在住で高学歴のコスモポリタン(国際人)」と「移民から雇用などの脅威を受ける、地方在住で恵まれていないと感じている旧世代」という対立構図を描く。

 地域別の投票結果をみると、離脱支持が多数の地区は、労働者階級が多いとされるイングランド地方部に集中する。イングランドでもロンドンをはじめ大都市部は残留派が強かった。また、投票後の世論調査によると、18〜24歳の73%以上が残留に投票したのに対し、65歳以上では40%だった。
 グッドウィン教授は「国民投票は分裂した二つのグループを統合できない。投票に向けた論戦で一層亀裂が広がった」と指摘している。(2016/06/26-14:39)
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国民投票制「迎合」の危険 英「EU離脱」多数…憲法改正以外、日本は導入棚上げ
2016年6月25日5時0分 読売

 英国の欧州連合(EU)からの離脱を巡る国民投票は国論を二分する大接戦となった。日本では憲法改正の国民投票の制度は整備されているが、国政の重要問題の是非を問う「一般的国民投票」は導入に至っていない。昨年5月の「大阪都」構想の賛否を問う住民投票など地方自治体では住民投票が相次いでおり、国民投票のあり方を巡る議論が再燃する可能性もある。

 英国での国民投票について、自民党内では「政治的にも経済的にも極めて
高度で専門的な判断を要する問題を国民投票に委ねたことは、適切だったのか疑問が残る」(幹部)との指摘が出ている。

 英国では、与党保守党のキャメロン首相が昨年5月の総選挙で国民投票実施を公約したが、保守党内からも「ポピュリズム(大衆迎合)だ」との批判が出ていた。国の重要な方向性国民投票に委ねる姿勢は、間接民主制の重要性を放棄した「人気取りの手法」というわけだ。

 日本の憲法が直接民主制を認めているのは、憲法改正の国民投票最高裁裁判官の国民審査などごくわずかだ。2007年の国民投票法制定時、当時の民主党は国政の重要問題を問うための一般的国民投票の導入を提案したが、自民党が慎重な姿勢を示した。結局、同法付則に検討規定が設けられ、与野党は憲法審査会で引き続き議論することで合意したが、その後の議論は「棚上げ」になっている。

 一方で、地方では住民投票を実施する動きが広がっている。昨年5月の大阪市住民投票では、反対が僅差で賛成を上回り、橋下徹大阪市長(当時)の政治生命に直結する結果ともなった。

 沖縄県・与那国島では昨年2月、陸上自衛隊沿岸監視部隊の配備を巡る住民投票が実施された。結果は配備賛成が多数を占めたが、結果次第では、部隊配備に影響を及ぼしかねなかった。最近では、原子力発電所の再稼働を巡って、反対運動と住民投票を結びつける動きも出ている。

 憲法改正の国民投票も、世論を二分する議論になる可能性がある。英国の国民投票を受け、自民党内では「与野党の対立を国民投票に持ち込んではならない」との声が強まっている。公明党の山口代表は24日、名古屋市で記者団に今後の憲法改正論議について、「何らの成熟に至っていないし、議論も深まっていない。引き続き憲法審査会などで議論を深めていく」と強調した。

憲法改正の国民投票 憲法96条は改正手続きについて、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票での承認を受けることを定めている。国民投票での承認には過半数の賛成が必要となる。具体的な手続きは、2007年成立の国民投票法で定められた。一般的な政策に関する国民投票は、間接民主制との整合性の観点から認められていない。
(以下略)
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 国民の間で意見が対立するのはこの問題に限らない。外交・防衛、経済、司法・・・、様々な問題で
国民の間で意見が対立するのは、ごく普通のことである。
 
年齢(あるいは性別、職業など)によって賛否が大きく異なるのもこの問題に限らない。それを異常視して国民投票を批判するのはまさに本末転倒と言うべきである。

 国民の間で意見の対立があるなら、その
対立が露呈するのは、自由で民主的な開かれた国家であれば当然である。意見の対立を隠し、少数意見が封じられたり多数意見が封じられるようなことはあってはならない。
 意見の対立、利害の対立があるにもかかわらず、それを覆い隠そうと言う発想は、民主主義とは無縁のもので、どちらかと言えば
全体主義の発想に近い。それをなぜこの問題に限って、分断とか亀裂とか言って批判するのだろうか。

 対立しても、
投票結果が出たらそれに従うのが民主主義である。問題なのは投票結果に従おうとしない人がいることである。国民投票に反対なら、投票前にそう言って投票をボイコットする方がまだ理にかなっている。双方が主張をぶつけ合い、公正な投票の結果、敗北してから国民投票を批判するのはフェアーではない
 民主主義の原点とも言える国民投票を実施するのが、ポピュリズムとか、対立を煽るとか言って反対する人は、
結果が「離脱」ではなく「残留」であっても同じことを言うだろうか。おそらく結果が「残留」であれば、大喜びして、結果を尊重して団結しようとか言うだろう。

 
2年前のスコットランドの独立の可否を問う「国民投票」に於いては、実施についてこの種のポピュリズム云々の批判はどこからも出ていなかったように記憶する。

 読売の記事にある、自民党の「高度で専門的」云々は、言い換えれば「国民は低度で簡単」な問題にだけ関わればよく、「高度で専門的」な問題は専門家に任せておきなさいと言うに等しく、民主主義の否定であり看過できない。国民投票が好ましくないというのであれば、マスコミの一般国民を対象とする“世論調査”は問題は無いのだろうか。
 
「高度で専門的」な問題を分かりやすく国民に説明するのが専門家の役割であり、問題があるとすれば、それは専門家が十分に役割を果たしていないということである。

 日本のマスコミで相次いでこの種の批判記事が掲載されたことは何を意味するのだろうか。結局、日本のジャーナリスト達は
民主主義が嫌いなのである。本音を言えば「国民投票」だけで無く、「普通選挙」、「直接選挙」も止めろと言いたい人達である。さすがに選挙を止めろとは言えないので、選挙が有効に機能して政治に民意が反映しないように、日々「情報操作」の努力を続けているのである。政治は政治家新聞社学者・専門家に任せていれば良い、国民は彼等が決めたことに「賛成」だけしていれば良い、と言うのと同じである。

 そういう彼等にとって
理想的な国は中国である。かの国では意見の対立が露呈することを避け国家の分断を防ぐという名目で、選挙はすべて限られた有権者(党員)だけの間接選挙で、実質的には対立候補(野党)の存在を認めない。だから彼等日本のジャーナリスト達は中国に対する嫌悪感がないのである。

平成28年6月26日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ