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企業が巨額の内部留保を取り崩して賃上げをすれば、人口減少を「克服」して経済の好循環が回復すると言う読売新聞のお粗末な社説 −少子化対策の破綻と言論の自由のない社会(その4)−

 1月4日の読売新聞は「日本経済再生 
好循環への明確な道筋を描け」というタイトルの社説で、次の様に論じていました。
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日本経済再生 好循環への明確な道筋を描け
2022/01/04 05:00 読売 社説

企業の消極姿勢を転換させたい◆

 日本は、経済の
好循環を見失って久しい。2022年は、新型コロナウイルスの流行で落ち込んだ経済の再生を確実なものとせねばならない。

 日本経済は、本格的な回復軌道に乗れるかどうかの岐路にある。21年7〜9月期の実質国内総生産(GDP)改定値は、前期比の年率換算で3・6%減と、2四半期ぶりのマイナス成長だった。

 実質GDPの実額は、コロナ禍前の19年10〜12月期の水準に戻っていない。緊急事態宣言が長引いたため、すでに
プラス成長になっている欧米などの主要国と比べ、持ち直しが遅れている

 ◆消費伸ばすには
賃上げ

 ワクチン接種が進み、緊急事態宣言が解除されたことで経済活動がしだいに正常化しつつある。回復への下地は整ってきた。

 焦点は、
コロナの感染拡大で停滞した個人消費の動向だ。長く手控えられていた飲食や宿泊などのサービス消費が、反動で大きく伸びるとの見方がある。一方で、新たな変異株「オミクロン株」の今後の影響が読み切れない。

 
安心して消費ができる環境作りが重要である。国がワクチンの3回目接種を円滑に実施するとともに、過去の教訓を生かして病床確保や検査体制の拡充などに万全を期し、感染抑止と経済活動の両立を目指すべきだ。

 岸田首相は「新しい資本主義」を提唱し、「成長と分配の
好循環」を掲げている。全体像はまだ国民に十分伝わっていないが、企業に賃上げを促す姿勢は明確だ。

 日本の
賃金低迷は深刻である。経済協力開発機構(OECD)の統計では、過去20年間で欧米の主要国や韓国は平均賃金が大幅に上昇しているのに対し、日本は伸びていない。日本の賃金は先進国で最低水準になっている。

 給料が増えないと、安心して消費することはできない。
賃上げを経済の好循環につなげようとする狙いは妥当である。問われるのは、それを実現する具体策だ。

 政府・与党は、22年度の税制改正大綱で、
賃上げをした企業への税制の優遇措置を打ち出した。ただ、賃金は一度上げると社会保険料も含めて長期的に企業の負担が増すため、経営者は慎重だ。

 
時限的な減税よりも、企業が成長への期待を持てる経済環境を作ることが望まれる。
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 社説は
賃上げ消費を増やすと言っていますが、賃上げをすれば本当に消費が増えるのでしょうか。
 最初から
コロナに言及していますが、日本経済の低迷は20年以上前からの懸案事項であり、最近の出来事であるコロナと結びつけて論じるのは適当ではありません。

 安倍政権は過去に経済的効果を狙って、
最低賃金の引き上げを繰り返しましたが、その経済的効果は確認できていません。

 社説は
「安心して消費ができる環境」の必要を訴えますが、企業の巨額の内部留保を根拠に「企業に賃上げを促す」のは、市場経済の国で「政府」がする事ではありません。政府のする事は、賃上げが実現する「環境」づくりですが、目先の税制をいじるのは、単なる現金(小銭)のバラ撒きに過ぎず、「環境の改善」にはなりません。
 また、単純に内部留保の取り崩しで賃上げを続けても、早晩、
内部留保は枯渇します。

 
明るい将来が期待できない中で、労使共に将来への不安の方が遙かに大きく、企業税制の変更による賃上げ誘導と言う経済政策では「経済の好循環」は期待できません。

 社説は「
時限的な減税よりも、企業が成長への期待を持てる経済環境を作ることが望まれる」と論じていますが、減税に代わる「環境」や「環境作り」についての具体論は何もなく、中身のない社説です。これでは企業の“消極姿勢の転換”を説得できません。

 社説は下記に続きます。
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 ◆
人口減克服への投資を

 コロナ禍の中でも
企業の業績は好調で、21年9月中間決算では、金融を除く東京証券取引所の上場企業の最終利益が、合計で前年同期の2倍以上になっている。

 企業の利益の蓄積である
内部留保は、21年3月末時点で484兆円と10年前の1・6倍以上ある。賃上げの原資は潤沢なはずだ。大企業だけでなく、雇用の7割を抱える中小企業や非正規雇用にも賃上げを波及させねばならない。

 企業の国内への
設備投資も伸び悩んでいる。20年度の投資額は5年前より減少している。コロナ禍の影響もあるが、多くの企業が少子化による国内市場の縮小意識しすぎているのではないか。

 
人口が減る中で経済成長を続けるには、生産性を高めることが必須であり、それには企業の投資が不可欠だ。人口の縮小を心配するより、人口減克服するという視点が求められている。

 
企業の意識と行動を前向きに転換することが大事だ。カギとなるのは政府の成長戦略である。

 安倍内閣の経済政策アベノミクスは、金融政策と財政出動で株高や企業業績の改善を実現したが、成長戦略は成果に乏しい。その問題点を検証することが大切だ。

 電気自動車(EV)普及を始めとする脱炭素や、半導体生産、高速・大容量通信規格「5G」の基盤整備など、強化すべき分野は多い。企業の投資を引き出すには、
成長分野を見定め、明確なビジョンを提示する必要がある。
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 「企業減税→賃上げ→日本経済の好循環回復」という流れが期待できない中で、
日本には別の大きな制約要因が有ります。それは長期にわたり深刻さを増しながら継続し、未だ終息改善のめども立っていない出生率の低下、人口の減少です。
 この社説では簡単に飛ばしていますが、今後20年、30年、40年先に見えるのは、お先真っ暗な
絶望的な未来の日本の姿です。


内閣府ホームページ 「将来推計人口でみる50年後の日本」より
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2012/zenbun/s1_1_1_02.html

 上記の内閣府の資料「将来推計人口でみる50年後の日本」の「高齢化の推移と将来推計」によれば、現状で推移した場合の
高齢者を除く世代(0~64歳)人口・推計人口は次の通りとなります。



 これを見れば2020年の日本は、10年前と比較すれば既に約1,000万人30年前と比較すれば約2,100万人減少しているのであり、今後は20年後には更に約2,000万人40年後には更に約1,600万人、合計約3,600万人の減少が見込まれているのです。ピークの1990年と比較すれば、5,729万人(率にして52%)の減少です。

 これを見た時には
お先真っ暗の絶望感があります。現在の日本の経済的な停滞が、この急激で、大規模な人口減少によるものと考えて間違いないと思います。今後も不動産価格の下落、地方の市町村の消滅等が続くことでしょう。

 社説はこのデータを知った上で、人口減少の
“克服”を可能と考えて、それを唱えているのでしょうか。
 この減税→賃上げの議論の中で、
「人口」を持ち出したことは、人口(減少)問題が、経済の好循環と密接な関わりを持つ問題と認識しているからです。
 それではこの場合の
“克服”とは一体どういう意味と考えたら良いのでしょうか。

 社説の中の「
人口の縮小心配するより、人口減克服するという視点」という部分から考えると、この社説は「人口減少問題はパスして通り過ぎる」事を提言しているものと考えるほかはありません。問題に正面から向き合おうとせず、“克服(放置)”しようとするのは卑劣極まる振る舞いです。

 このような大規模で長期にわたる人口減少に見舞われれば、日本人は誰しも
国・民族の未来に明るい希望を持てず、悲観的にならざるを得ません。このような時に誰しも脳裏によぎるのは、「将来の日本経済はお先真っ暗だ、今することは将来の老後に備えて、貯蓄に励むことだ」と言う事になります。企業も同様です。
 だから
個人預貯金、企業の内部留保は膨大な額になっていくのです。しかし、これは決して“豊かさ”を意味するものではありません。

 
「安心して消費ができる環境作りが重要である」というのであれば、人口減少の緩和から人口の維持へ、さらに維持から増加への兆し等がなければ、その環境実現はありません。
 大規模で急激な
人口減少に見舞われている国に経済成長はありません。

 問題なのは企業が人口減少を
「意識しすぎる」ことではなく、読売新聞の“克服(放置)”の方です。これでは企業の“消極姿勢の転換”は不可能です。

社説は更に下記へ続きます。
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 ◆財政の膨張放置できぬ

 国の
財政立て直しも課題だ。22年度予算案は107兆円を超え、10年連続で最高となった。21年度補正予算でも過去最大の36兆円を計上し、補正による歳出の膨張が常態化している。

 
国債発行残高は今年度中に1000兆円を上回る見込みで、財政状況は主要国で最悪水準だ。

 首相は、
財政再建より経済再生を優先する姿勢を強調している。ただ、このまま野放図な支出を続ければ、社会保障制度が本当に維持できるのか、国民の疑念と不安が増していく恐れがある。

 
将来世代への借金つけ回しは、若い世代の意欲を 削そ ぎかねない。長期的な財政再建の道筋を早期に描き直し、国民に示すべきだ。
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「財政再建」「経済再生」の二者択一の議論の中で、この社説の主張はどちらなのでしょうか。
 最初に言っていた「時限的な
減税よりも、企業が成長への期待を持てる経済環境を作ることが望まれる」と、ここで言っている「将来世代への借金つけ回しは、若い世代の意欲を削そ ぎかねない。長期的な財政再建の道筋を早期に描き直し、国民に示すべきだ」を合わせて考えると、「減税反対」で、代替案は「賃上げは企業の内部留保で」、と言う所のようです。

 ただしコロナとの関係では、「感染抑止と経済活動の両立を目指すべきだ」とし、岸田政権が掲げている「成長と分配の好循環」を、「全体像はまだ国民に十分伝わっていないが、企業に賃上げを促す姿勢は明確だ」、「賃上げを経済の好循環につなげようとする狙いは妥当である。問われるのは、それを実現する具体策だ。」と好意的に評価していますが、「ただ、
賃金は一度上げると社会保険料も含めて長期的に企業の負担が増すため、経営者は慎重だ」と、留保とみられる部分も残しています。

 集約すると
減税には反対だが、企業の内部留保による賃上げには(留保付きで)賛成、と言う所のようです。しかし、それを実現する具体策と、さらにそれを経済の好循環に結びつける具体策については何の提案も、論評もしていません。
 そして、
「人口減少」には触れては見たもののただそれだけで終わっています。

 この「読売新聞社説」は
内容が乏しく、とてもお粗末な社説だと思います。

令和4年1月12日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ