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加害者を特定することなく、「被爆者達」を「被害者」と主張する事により、結果的に日本国・日本政府を「加害者の地位」に就かせようとしている読売新聞

 12月26日の読売新聞は、「社説 戦後80年 残された課題にどう向き合う」と言う社説で、次の様に論じていました。(茶色字は記事、黒字は安藤の意見)

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社説 戦後80年 残された課題にどう向き合う
2025/12/26 05:00 読売

 「戦後80年」という節目の年が終わろうとしている。だが、いまだ解決されない課題も多い。戦争で被害を受けた当事者や遺族の思いにどう向き合うか、今後も考え続けたい

 戦争の当事者は“加害”、“被害”の関係なのか。被害者がいるなら当然加害者もいるはずだ。“加害者”はだ。被害者はいるが加害者はいないと言うことがあり得るのか。

 読売新聞はアメリカを“加害者と呼んだことがあるか。おそらく無いだろう。と言うことは、これらの報道は暗に“自国日本国(日本政府)を加害者と位置付けようとしているのではないのか。

 今年空襲原爆犠牲になった市民ら約310万人の戦没者を追悼する行事が各地で開かれ、戦争の惨禍を繰り返さぬよう、平和への誓いを新たにした。

 「今年」とあるが、「今年」ではないのか。「・・・誓いを新たにした」とは、「繰り返した」と言う意味だ。誓えば何でも実現出来るとは限らない。大東亜戦争開戦当時の米英の挑発に対して、無抵抗(戦わずして降伏)を宣言すれば、敗戦以上の「悲惨」が待ち受けていた可能性が高くてもそれで良いのか。

 なぜ、戦争の惨禍と言うのか。惨禍とは何か。正規軍間の戦闘による戦争は(非戦闘員・民間人を除き)合法的な殺し合いであり、敗戦は敗者にとっては惨禍であっても、戦勝国は“惨禍”とは言っていない。勝利の日は祝日として祝っている。

 戦争の犠牲者は事故・事件の被害者ではない。事故・事件死者と同一視すべきではない。

 体験者の減少や遺族の高齢化が進み、記憶の風化が懸念されている。その一方で、今なお積み残された問題もある。

 記憶は風化する。風化させまいとするのは、被害者が加害者に対してすることである。
 ここで被害者は加害者に対して“風化させまい”としているのか。彼らはアメリカに対しては、何もアピールしていない。しているのは単に日本国内だけである。
 これは暗に日本国(政府)を加害者視しているのではないか。これは戦勝国アメリカにとって、日本占領の大きな成果として何よりも歓迎する事態である。

 民間人の空襲被害者らを救済しようと、超党派の議員連盟は秋の臨時国会で、議員立法による救済法案の成立を目指したが、提出は見送りとなった。

 法案は、戦争で心身に障害を負った現在の生存者に一時金50万円を支給する内容だが、「戦後補償は終わった話だ」との意見もあり、まとまらなかった。

 補償は終わっているのか。補償したのは誰か。補償とは何か。アメリカ政府は何もしていないはずだ。日本政府は“補償”をしたのか。

 軍人・軍属らには戦後、恩給など約60兆円が支給された。しかし、民間は被爆者ら一部を除き救済されておらず、当事者や遺族は複雑な思いを抱えている。

 東京都世田谷区では12月、空襲被害者見舞金を支給する条例が成立した。名古屋市や浜松市も独自に見舞金を支給している。ただ、戦争被害者の救済は本来、政府や国会で論ずべき問題だろう。

 被害者、犠牲、補償、救済、見舞金・・・、これらの言葉の使用(乱用、混用)は整合性に欠け、支離滅裂である。賠償という言葉が出てこないのはなぜか。空襲被害者というのであれば、空襲加害者アメリカではないのか。
 被害者加害者に対して損害賠償を請求すべきではないのか。なぜそれをしないのか。

 このほか、戦争で犠牲になった人たちの慰霊も道半ばだ。

 戦没者遺骨収集事業では今年、日米両軍の激戦地パラオ・ペリリュー島の集団埋葬地で収容された遺骨3柱が初めて日本人だと特定された。ただ、約59万柱とされる収容可能な遺骨の収集いつ終わるか、めどは立たない

 戦死した兵士の遺骨を回収するのは日本だけと言われている。

 旧ソ連によるシベリア抑留死亡した兵士の身元特定や実態解明にも時間を要している。

 
「旧ソ連」の名は出しても、「アメリカ」の名が出てこないのはなぜか。

 体験者や遺族には、国民の関心が薄れることへの不安がある。「自分が生きているうちに」という思いに応えるために、取り組みを加速させる必要がある。

 「体験者や遺族に・・・不安がある、・・・加速する必要がある」と言うのは、どの様な調査、根拠に基づいているのか、何も記載が無い。80年経過し、遺族の多くは亡くなっている。「不安を訴え、加速を主張している」のは、ごく一部の活動家だけではないのか。
 そして彼らが加害者を特定することなく、「被害者」を主張する事により、結果的に日本国・日本政府を加害者の地位に就かせようとしているのではないか。更にその典型・代表格が読売新聞ではないのか。

 戦争関連文書の散逸も防がねばならない。大学の研究者や民間の資料館が収集し、国立公文書館などに収蔵されていない資料は、保管場所が不足している。

 これでは、戦争の記憶の継承や研究に支障が出かねない。中国や韓国研究機関などが引き取る例もある。日本の資料を都合良く解釈し、「歴史戦」に利用される可能性も指摘されている。

 国は実態の把握を進め、国内に残す必要がある資料の流出を防ぐ方策を検討してほしい。

 なぜ今まで報道してこなかったのか。指摘が遅すぎる

 読売はこの1年間、「戦後80年の節目」を全面に強調して、戦争の大局を論じることなく、目先の被害のみを強調する論説を掲げてきたが、「80年の節目」には何の意味もない。
 “80年”に特別の意味を持たせようとする論説は、特別の意味の無いことに、特別の意味を持たせようとする“
粉飾行為”に他ならない。

令和7年12月31日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ