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「共生」するかしないかの前に、人手不足の原因と責任の所在を明らかにし、移民を受け入れることの可否を国民に問うべきだ -日本を貶める読売新聞-
1月5日の読売新聞は、「介護や農業支える外国人、識者「日本社会は外国人材なしに成り立たない」…人口減で「共生」の時代到来」と言う見出しで、次の様に報じていました。
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介護や農業支える外国人、識者「日本社会は外国人材なしに成り立たない」…人口減で「共生」の時代到来
2026/01/05 10:30 読売 [共生のかたち]<1>
在留外国人は過去最多を更新し続けており、日本人が外国人とともに暮らす時代が本格的に到来した。貴重な労働力として期待される一方、一部の不法行為などを受けてSNSでは排外主義的な主張も広がる。分断ではなく、共生の道がどこにあるのかを探る。
〈写真省略〉
食事の介助をするブドドさん(左から2人目)。技能実習生らが傍らで見守る(石川県能登町で)
「ゆっくりのみ込みましょうね」
石川県能登町の特別養護老人ホーム「こすもす」。フィリピン出身の介護職、ブドド・マリー・ジョイスさん(34)が入所男性に日本語で優しく語りかけながら、スプーンでおかゆを口に運ぶ。その様子を、経験が浅い技能実習生ら3人が傍らで見守った。
ホームの運営法人は、2021年からフィリピンとミャンマーの人材の受け入れを始めた。24年1月の能登半島地震や同9月の豪雨で地元従業員が被災し、この2年で約30人が離職。地元で求人を出しても集まらない一方で、両国の人材は増え続け、現在は介護職のほぼ半数の26人を占める。法人の紙谷靖博理事長は「人手不足は死活問題。外国人材は業務を維持するのに不可欠だ」と強調する。
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外国人職員たちはホームそばの寮で暮らし、施設側も外部講師を呼んで日本語を学ぶ機会を設けたり、買い出しのため車を出したりして生活を支える。ブドドさんも「待遇も良いし、先輩が親切に指導してくれるので、とても働きやすい」とほほえむ。
厚生労働省によると、23年度の全国の介護従事者は212万人で、前年度から初めて減少に転じた。高齢化の進展で40年度には272万人が必要と見込まれるも、57万人が不足すると推計される。
訪問介護に従事できる外国人材について、25年4月から即戦力となる在留資格「特定技能」も追加されたことを受け、各地で介護施設を運営する「シーユーシー」(東京)は同11月から外国人約50人の受け入れを始めた。担当者は「需要に人手が追いついていない。外国人の活用はさらに広がるはずだ」と指摘する。
人口減に悩む日本の労働力不足は深刻化し、24年の生産年齢人口(15~64歳)は7372万人と、ピークの1995年から1300万人以上も減少した。東京商工リサーチによると、25年1~11月の人手不足を理由とした企業倒産は359件と、24年1年間の292件を上回って過去最多を更新。各産業とも穴を埋めるように外国人材の活用を急ぐ。
荷物を搬入する福山通運のベトナム人技能実習生たち(昨年12月15日、広島県福山市で)
トラック運転手の不足を見据え、福山通運(広島)はベトナムで人材を確保、育成する事業に乗り出し、現地で日本語や交通ルールなどを学んだ15人が25年から同社で技能実習生として働き始めた。運転手への移行を目指し、荷物搬入作業に従事するマイ・ファム・ソン・ズイさん(20)は「早く仕事を覚えて運転手になりたい」と意気込む。
現地の送り出し機関のフィン・トロン・ヒエン会長(48)は15人が時間に厳格な日本社会になじめるようアラームで時間管理することや、色分けしたゴミ箱を使って日本のゴミ分別の仕組みを指導したといい、「同僚と良い関係を築いてほしい」と期待する。
24年は多くの府県で外国人の転出が転入を上回ったが、東京都や神奈川県などは転入が大幅に超過。高給を求めて都心部へ移る人が増えたとみられ、特定地域への偏在も生じつつある。
地方で人材難が厳しさを増す中、鳥取県は25年度、農繁期に合わせて外国人材に移動してもらうモデル事業に着手。夏場に農閑期となる長崎で働く外国人8人を、鳥取特産のラッキョウなどを収穫する夏~秋に受け入れた。鳥取県の担当者は「通年雇用しなくてもよい利点もあり、継続を検討している」と話す。
法政大の山田久教授(労働経済学)は「日本社会は外国人材なしに成り立たないのが現実だ。社会不安が広がらない程度に受け入れペースを制御しながら、彼らが安定した生活を送れるよう雇用や環境の整備を進めることが『共生』のために必要だ」と指摘する。
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「共生」の対象は移民を「前提」とするものだが、日本にはその“前提”は存在しない
「共生」と言う言葉が、近年日本国内に滞在する外国人労働者などに対して、頻繁に使われるようになった。しかしその意味は極めて曖昧で、“移民まがい”を正式移民に“格上げ”することを意図して使われているのが実態である。
人間は“労働力”ではない。“労働力”は人間の持つ多面性の一面である。
多面(全面)としてではなく、一面(労働力)として入国し、国内に居住する外国人に対して、日本人と“共生”とは、いささか過剰な表現と感じられる。
なぜこのような表現が使われるのか。それは受け入れるときは日本国民の抵抗感をなくすために、「一面」であるかのように扱い、時間の経過と共に既成事実として、多面(全面、移民)として扱うという、2枚舌が目的と思われる。
彼らに対して「移民」と言う言葉が使われないのは、日本国民の抵抗感をかわすことが目的と思われる。
その為に外国人であるにもかかわらず、日本の社会の“準構成員(実質的な準移民)”と見なさざるを得ない(しかし法的地位は移民ではない)と言う人達が作り出されているのである。
それでは、彼ら(作り出している人達)が「共生」主張の根拠とする「人手不足」は、なぜ生じたのか。
「人手不足」は本来その原因を突き止めて改善策を実施して成果を上げるべきである。成果を上げるまでは“省力化”、“機械化”、産業構造の変換〈一部産業の海外移転〉などの対策で解決(人手不足緩和)に導かなければならない。それをすることなく、「移民受け入れ、共生」を主張するのには隠された意図(悪意)が潜んでいる。
“移民”は国家の構成の基本を改造するものであり、人手不足の対策としては、不適切であり、そのデメリットはメリットを遙かに上回るものである。そしてそれ(移民)を求める主張は低賃金を求める無能な経営者達や、男女共同参画社会の実現とそれによる未婚の増加、さらにそれに伴う少子化を招いてきた一部の偏差値が高いだけの女性たちに拠って為されてきた。
人手不足は原因に応じた抜本的な対策(少子化対策)により解決されるべきであり、現状(人手不足)に便乗した、それに対する対症療法(外国人の拡大、共生社会の実現)は傷を拡大させるだけである。
更にそれと並行して長期的視点から、人手不足の原因が“少子化(出生数の減少)”であり、更にその原因が未婚の増加であり、更にその原因が男女共同参画社会(男女(夫婦・父母)の役割分担の否定・禁止)、外国人労働力の導入、工場の海外移転による“金の卵”の消滅などであれば、その改善、解決に取り組むべきであり、いずれにしても外国人に依存するのは大きな誤りである。
一例として、介護職不足の原因の一つは、少子化と専業主婦の“禁止”である。
次に上記のグラフでは、日本は米国、ドイツ、オーストラリアと比較して掲示されているが、なぜ日本の比較対象がこの3国なのだろうか。世界の1~4位を並べたのだろうか、日本が低位である事を強調するためだろうか。このような根拠のない掲示、比較は情報操作に当たる。
それらの数値は各国固有の実情により、改善が求められるものもあれば、その必要は無い、やむを得ないものなど様々である。日本も国際比較に於いて、項目により上位もあれば下位もある。
しかるに記事は「日本の外国人比率は他国より大幅に低い」とし、グラフをその証拠として問題視しているが、島国としての日本の歴史を考慮しない評価は筋違いの侮辱ではないのか。日本には犯罪率が低いなどの島国だからこその誇れる点が多数存在する。
それ以外にもアメリカを始めとする欧米諸国は、一般的に体、手指を使うブルーカラー労働を忌避し、デスクワークのホワイトカラーを志向する傾向が強い。
これはキリスト教の旧約聖書で、自然界にある果実を取って生きていたアダムとイブが、ある日神に嘘を吐いたことがバレ、それ以来罰として一生働かざるを得なくなったとあるように、朝早くから夜遅くまで働く「働き者(職人)」を称賛する日本とは、労働観が本質的に異なるのである。
移民の受け入れが多いのは決して、移民のためではなく、自分たちが肉体労働を忌避する為なのである。これは日本と欧米の「奴隷制度」の有無にも繋がるものである。
更にこの4国の内、アメリカとオーストラリアは、ともに移民を受け入れた国と言うよりも、“移民”として押しかけた国であることを忘れてはならない。アメリカ人とオーストラリア人は移民として押しかけ、大量の先住民を武力により殺害し(オーストラリアは狩猟の対象として殺害し)、生き残った者を特定の地域に追い込んで閉じ込め(更にアメリカは大量の黒人奴隷を輸入し)て現在に至った国である。「共生」とは程遠い正反対の国家である。
このような先住民族迫害・虐殺国家を「移民受け入れ、共生」の好例国として掲示するのは狂気の沙汰ではないか。
あらゆる統計数値で、世界の各国がすべて均一という事はあり得ない。項目によりばらつきは必ずと言って良いほどあるもので、その程度も原因も様々である。
それらを無視した議論は自分の主張に都合の良いところだけのつまみ食いに他ならない。
令和8年1月20日 ご意見・ご感想は こちらへ トップへ戻る 目次へ