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朝日新聞のダブルスタンダード

 2月22日の朝日新聞は、「新しい歴史教科書をつくる会」が作っている歴史教科書について、社説「歴史教科書−検定の行方を注視する」と題して、次のように言っていました。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の主導でつくられた2002年度版の中学歴史教科書が、文部科学省の検定に合格する可能性が高まってきた。
 そのことを懸念するのは、中国や韓国から強い反発が出ているからではない。教科書づくりに中心的役割を果たしている「つくる会」のメンバーらのこれまでの主張が、あまりにバランスに欠けていると思うからだ。・・・
 教科書検定の意義を一概には否定しない。「教育内容の維持」や「教育の中立性の確保」は確かに必要なことであろう。


 朝日新聞は前日の2月21日には、一面トップで「政府『政治介入せず』」と言う見出しの記事で次のように報じていました。

 現行の歴史教科書を「自虐的」などと批判してきた「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集され、文部科学省で検定中の2002年度版の中学歴史教科書に韓国や中国などから批判が出ている問題で、政府はこの教科書の検定にあたって対外的な配慮からの政治介入はしない方針を固めた。
 「・・・政治家がかかわることはできない」との理由から、あくまでも制度上の原則を貫き、政治判断で合否を左右させないとの判断を固めたという。
 ・・・「近隣諸国条項」がある。1982年の歴史教科書問題をきっかけに設けられた。しかし、これについても政治的な配慮は加えないとの方針だ。
 ・・・政府は今回の歴史教科書の是非を判断するに当たっても「検定に政治介入すれば逆に国内から強い批判がでるだろう」(政府関係者)との判断から、これまでの原則を踏襲することにした。

 政治介入の恐れが高まったわけでもなく、政治介入を求める声が高まったわけでもないのに、なぜこの記事が一面トップになるのでしょうか。朝日新聞は直接的な表現は巧妙に避けていますが、言いたいことははっきりしています。「政府は教科書検定に政治介入をして、『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書を検定不合格にせよ」と言うことです。

 かつて教科書検定と言えば、東京教育大学の家永三郎教授でした。家永教授が執筆した教科書「日本史」は、文部省に「事実の取捨選択に妥当性をかいている」、「民族に対する愛情が不足している」などと指摘され、検定不合格になり、彼はその取り消しを求める裁判闘争を続けていました。家永教授は教科書検定制度は検閲であり、憲法違反だと言っていました。国家は教育に介入してはならないと言っていました。それらの主張を朝日新聞は支持していました。決して批判してはいませんでした。

 それなのに、今、『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書に対しては、「・・・文部科学省の検定に合格する可能性が高まってきた。そのことを懸念するのは、・・・主張が、あまりにバランスに欠けていると思うからだ」とか、「教科書検定の意義を一概には否定しない。『教育内容の維持』や『教育の中立性の確保』は確かに必要なことであろう」と言って、検定を是認し、自らの意に副わぬ教科書の排除を求めています。 これは、自分が支持する教科書に対する検定は認めず、支持しない教科書に対する検定は容認すると言う、露骨なダブルスタンダードだと思います。

平成13年2月22日   ご意見・ご感想は   こちらへ     トップへ戻る      目次へ



歴史教科書――検定の行方を注視する      (2001年2月22日朝日新聞社説)

 「新しい歴史教科書をつくる会」の主導でつくられた2002年度版の中学歴史教科書が、文部科学省の検定に合格する可能性が高まってきた。
 そのことを懸念するのは、中国や韓国から強い反発が出ているからではない。教科書づくりに中心的役割を果たしている「つくる会」のメンバーらのこれまでの主張が、あまりにバランスに欠けていると思うからだ。

 彼らはその著書などで、「戦後の歴史教育は、日本を否定的にとらえるマルクス主義史観と東京裁判史観に支配されてきた。その自虐史観を克服しなくてはならない」と主張してきた。
 1910年の韓国併合は「当時としては、むしろそうならなかったら不思議といわれそうな、世界からは当然と見られた措置であったとさえいえる」と位置づける。
 太平洋戦争のことは大東亜戦争と呼び、「400年間のアングロサクソンによる支配と束縛から東洋民族を解放するための『開戦』を待望する声は高まっていた」など独自の見解を展開している。

 文部科学省に提出され、検定を受けている教科書の内容は公表されていない。検定の過程では多くの修正を求める意見がつけられており、最終的にどういう表現で決着するかも明確ではない。
 だが同省は、どの教科書でも、歴史的な事実関係の誤りなどがない限り合格させる方針という。そうなれば、「つくる会」が主導した教科書には、中心メンバーのこれまでの主張が色濃く反映されるだろう。

 「自虐史観」などと攻撃し、過去の植民地支配や戦争を肯定的にとらえようとする。それは、当時の日本の国民の苦しみや、侵略を受けた人たちを無視した一方的な解釈である。こういう歴史観を教室で教えることが、次代を担う子どもたちのために本当によいことなのだろうか。疑問を禁じえない。

 政治が混迷し、経済も低迷している日本はいま一種の自信喪失状態、閉そく状況に陥っている。過去を美化する歴史観の誘惑にかられやすい空気があるともいえるだろう。
 だが苦しいときこそ、たどってきた道を虚心に振り返るべきだ。自己正当化の過ぎた歴史観は、国内的にも対外的にも無用のあつれきを生むだけだ。まして教育の場に混乱を持ち込んではならない。

 この教科書をめぐっては、学者グループが「神話を歴史的事実のように記述し、非科学的だ」などと批判したのに対し、「つくる会」理事は「試験中に他人の答案用紙をのぞき込むようなまねはやめるべきだ」と反論するなど、論議が起きている。
 こんなことになる要因の一つは、検定作業が密室で行われるためだ。

 教科書検定の意義を一概には否定しない。「教育内容の維持」や「教育の中立性の確保」は確かに必要なことであろう。
 しかし、検定制度やその運用については、まだまだ改善すべき点が多い。とりわけ検定の過程も含めた情報を、できるかぎり公開する努力が必要である。


政府「政治介入せず」              <2001年2月21日朝日新聞朝刊>
個別の記述修正すれば、合格の可能性

 現行の歴史教科書を「自虐的」などと批判してきた「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集され、文部科学省で検定中の2002年度版の中学歴史教科書に韓国や中国などから批判が出ている問題で、政府はこの教科書の検定にあたって対外的な配慮からの政治介入はしない方針を固めた。仮に戦前の対外政策を必ずしも否定的にとらえない内容があったとしても、歴史的な事実関係の記述に誤りがない限り検定合格を容認する判断だ。執筆者側が個別の記述の修正に応じれば、この教科書が検定に合格する可能性が高まった。今後、韓国などがさらに反発を強めるのは避けられそうもない。

 複数の政府筋によると、「現在の検定方法では、記述内容が歴史的事実と違わない限り、問題はないことになっている。韓国のように国定教科書ではないので、政治家がかかわることはできない」との理由から、あくまでも制度上の原則を貫き、政治判断で合否を左右させないとの判断を固めたという。

 教科書検定の基準には「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」とする「近隣諸国条項」がある。1982年の歴史教科書問題をきっかけに設けられた。しかし、これについても政治的な配慮は加えないとの方針だ。

 この教科書が合格した場合に予想される近隣諸国からの反発に対しては「日本の検定の仕組みを説明して理解を求めていく」(政府高官)方針でのぞむ。外交的なあつれきが高まることもやむをえないとの判断だ。

 歴史教科書の検定について、政府はこれまで、「国が特定の歴史意識、歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、あくまでも検定の時点における客観的な学問的成果や適切な資料等に照らして記述の欠陥を指摘する」ことを基本にしている。政府は今回の歴史教科書の是非を判断するに当たっても「検定に政治介入すれば逆に国内から強い批判がでるだろう」(政府関係者)との判断から、これまでの原則を踏襲することにした。

 昨年4月の検定申請の段階で、この教科書には、太平洋戦争をアジア解放を目指した「大東亜戦争」としたほか、韓国併合について「東アジアを安定させる政策として欧米列強から支持された」「合法的に行われた」などと記述していることが明らかになっている。

 ただ、昨年12月に事実関係をチェックする立場から100項目程度の検定意見を付けて出版元の扶桑社に差し戻されている。それを受けて修正されたものを、文部科学省の教科用図書検定調査審議会が再審査。3月中には最終的な合否が決定される予定になっているが、文部科学省は「(審議会から)修正するよう相当な注文がつけられたと聞いている。1つでも応じなかったら不合格になるだろう」(幹部)との見方を示しており、合格した場合には、相当部分の表現・内容で大幅な変更を伴うことになりそうだ。

 この教科書をめぐっては、韓国の外交通商相が昨年秋に「歴史はそんなに書き換えられるものではない」と森喜朗首相に憂慮を表明。さらに今年1月、河野洋平外相に「円満な問題解決のため、日本側が慎重に対応することを期待する」と要望している。韓国内では、自民党の野呂田芳成衆院予算委員長の今月18日の「大東亜戦争」発言をきっかけに対日感情が悪化している。このため、この教科書が内容を大きく変更した上で合格しても反発が予想され、日韓関係がさらにこじれることにもなりそうだ。

◆新しい歴史教科書をつくる会

中学の教科書が偏向しているとして、「従軍慰安婦」の記述を削除するよう求めてきた学者らが1997年に結成した。現行の歴史教科書を「自虐的」などと批判し、独自の教科書をつくって普及させることを主な目的としている。会長は西尾幹二電気通信大教授。役員は藤岡信勝・東大教授ら。西尾氏の著書『国民の歴史』は日本の歴史や文化の独自性を強調した内容で、会員が大量購入し教育委員会に配布。同会の支部が中心になって、教科書の採用にあたって教員の意見より教育委員会の判断を重視するよう地方議会に働きかけている。公民の教科書も編集し、申請している。