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「条理」裁判は法治国家の自殺

 韓国、朝鮮人の元戦犯の遺族が日本政府に対して、一人200万円の補償と謝罪を求めた裁判で「補償をするかどうかは立法府の政策的裁量に委ねられる」として訴えが退けられました。同時に裁判所は「適切な立法措置がとられるのが望ましいことは明らか」であるとして、強い表現で立法による救済を促しました。原告の主張に対して被告の「国」は何と反論したのか報道では全く明かではありません。「法律がないから補償できない」と主張したのでしょうか。そんなことは無いと思います。

 1965年に日韓両国によって結ばれた、「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」で、日本が無償3億ドル、有償2億ドルを支払うことにより、同協定第2条で、「両締約国は両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条(a)に規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とされ、その上この協定について合意された議事録の中には、「協定第2条に関し同条1に言う完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された『韓国の対日請求権要綱』(いわゆる8項目)の範囲に属する全ての請求が含まれており、従って同対日請求要綱に関してはいかなる主張もなしえないこととなることが確認された」と明記されているのです。国は当然この「協定」の存在を主張したことだと思います。

 それに対して、裁判所はどういっているのでしょうか。この点についても全く報道がありません。現実に存在する国際法である「協定」を無視し、存在しない「法律」の制定を求め、その根拠として、「世界主要国に高まりつつある共通の認識」だとか、「条理」とかを持ち出す裁判が「法」に基づく裁判と言えるでしょうか。

 判決は「同じ境遇にある、日本人、台湾住民と比較して、著しい不利益を受けていることは否定できず・・・」と言っていますが、それは韓国民の代表として、5億ドルを受け取りながら、該当者に支払わない韓国政府の責任で、韓国の国内問題です。この上さらに個人の補償をすれば全くの二重取りです。「台湾」の中華民国政府は「戦勝国」と位置づけられたにもかかわらず、一切の請求権を放棄した国です。その違いを無視した議論は暴論です。日本の裁判官は「世界中に高まる認識」などと言っていますが、実際は国内問題の発想しかなく、国際感覚、外交感覚が欠如しているのではないでしょうか。

 「立法府の政策的裁量に委ねられている」といいながら、それについて、「立法措置が望ましい事が明か」というのは矛盾しています。立法が望ましいかどうかは主権者である国民が、国会における正当な代表者である議員を通じて判断することであって、主権の行使そのものです。裁判所にできることは法律が憲法に違反している場合に法律の無効を宣言することだけであって、立法を促すことは越権行為です。裁判所が口を出すのは立法権の侵害です。三権分立を侵すものです。総理大臣が「ロス疑惑裁判」の判決を批判して、「三浦和義が有罪であることは明らか」というようなものだと思います。

 この裁判で立法府は被告ではありません。被告でもないものに対して、意見を述べるのは裁判とは全く関係のない、個人的意見の表明です。訴えを退けるなら、退ける理由だけ言えばいいのであって、判決理由と関係ない、或いは判決の趣旨と矛盾する意見を法廷で述べるのは、裁判官の職権乱用です。法廷は裁判官の演説会場ではないのです。この種の裁判では判決での勝利よりも判決理由での勝利を目的とした、政治目的裁判が目立つだけに裁判所はそれに呼応するような、政治的発言を厳に慎むべきであると思います。そのような行為を続けていれば、やがて裁判所は国民の信頼を失うことになると思います。

平成10年7月17日      ご意見ご感想は   こちらへ     トップへ戻る     C目次へ