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ピノチェトを逮捕した英国は江沢民や李鵬も逮捕できるのか。

 イギリスの司法当局がチリのピノチェト元大統領を逮捕しました。イギリス上院の裁判では元国家元首に不逮捕特権があるかどうかだけが問題にされましたが、それよりもチリ国内の出来事に対して、イギリスあるいはスペインの司法権が及ぶかどうかの方が問題です。逮捕、拘禁は国家主権、基本的人権にかかわることで、明確な法的根拠がなければ許されないはずです。新聞の見出しには「国際法の原則」とか「人道に対する罪」と書かれていますが、彼を逮捕、拘禁し、処罰する明確な法的根拠があるのでしょうか。「東京裁判」の歴史を持つ日本人として無関心ではいられません。

 中国では1989年、天安門事件で多くの政治犯が殺されたり、投獄されたりしました。当時の中国の首相は李鵬氏ですが彼がもしイギリスを訪問したら、逮捕されるのでしょうか。現在でもチベットでは多くのチベット人が殺されたり、不当に拘束され、拷問にあっていると言われています。江沢民国家主席をはじめとする中国の指導者がイギリスを訪問したらやはり逮捕されるのでしょうか。もし、それが認められるのであれば、北朝鮮の金正日が日本に来たら、日本の警察当局は、殺人、監禁、拷問、虐待及び日本人の誘拐、監禁の罪で逮捕し、処罰してもいい事になります。

 ドイツ連邦裁判所は11月19日「ドイツではピノチェト氏の免責特権は認められないだろう」と異例の見解を発表しましたが、ドイツはかつての東ドイツの国家元首ホーネッカーを、処罰せずにチリへ亡命させました。その時チリの司法当局が彼を逮捕したら、抗議せずにそれを受け入れたでしょうか。自国の「犯罪者」はチリ政府に受け入れてもらって置いて、同じような立場に置かれた同国の元国家元首の免責特権は認めないと言うのは、身勝手であると思います。また、ピノチェト氏の身柄の引き渡しを求めているスペイン政府は、自国のかつての独裁者フランコ総統及びその部下達をどのように処罰したのでしょうか。自国の「犯罪者」の責任を問わなかったスペインにピノチェト氏を処罰する資格はありません。

 ソ連の大粛清、KGBによる少数民族や政治犯に対する残虐行為、中国の文化大革命はどう考えるのでしょうか。ロシアや中国には政治犯の殺害、拷問を命じた指導者が生き残っているはずです。それらのものがイギリスを訪れたら逮捕されるのでしょうか。大国の指導者は不問にし、小国の指導者だけ逮捕、処罰するのは法の下の平等に反します。
 国際刑事裁判所ができてからならともかく、現状でのピノチェト逮捕は、小国の主権を無視したヨーロッパ諸国の独善と横暴だと思います。

平成10年11月29日     ご意見・ご感想は  こちらへ     トップへ戻る      目次へ