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政教分離に反するイコモスへの安易な迎合 −「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産登録−

 5月9日の読売新聞は、「潜伏キリシタンの地 世界遺産へ」と言う見出しで、次のように報じていました。
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潜伏キリシタンの地 世界遺産へ
2018年5月9日5時0分 読売


 
構成資産「平戸の聖地と集落」。
キリシタンの墓が営まれたとみられる丘から春日集落の棚田を望む


 ◇景観に歴史 
信仰心読む・・・服部英雄

 禁教期に信仰が続いた集落などで構成する「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本県)を
国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録するよう、国際記念物遺跡会議(イコモス)が勧告した。長年の思いが届き、感無量である。

 250年の禁教期間中、
弾圧にあっても祈りを捨てなかったキリシタンの歴史は世界的に稀有である。それを示す資産群が残されていることが貴重で、「顕著な普遍的価値」があると認められた。

 潜伏キリシタン(Hidden Christians)は姿を見せない。隠れているのだ。価値を示すためには、
隠れているものを見せなければならない。見えやすいものを見せるのとは反対である。それを資産(不動産)で示すことは容易ではない。

 例えば長崎県平戸市の中江ノ島。キリシタンたちが人目をしのびつつ聖水を採った場所、つまり「サンジュワンさまの聖蹟せいせき」と呼ばれる「お水取り」が行われた離れ小島の殉教地である。美しいけれど、
なんら変哲もない岩礁に、どんな価値があるのか。それを説明するためには、そこで何が行われてきたのかという、その景観に含まれる歴史的意味を明らかにしなければならない。歴史に意味があるのだ。

 説明をすれば、島を見る人は、
信仰というキリシタンの強い思いに心を寄せることができ、弾圧をくぐって守られてきたものが持つ力を知る。そこにまちがいなく世界遺産としての価値がある、とイコモスが認めたのである。

 平戸市の春日集落には、安満岳やすまんだけの麓に棚田がある。美しいが一見の限り、キリシタンの歴史は見えない。しかし、棚田を一望できる小さな丘は、実はキリシタンの墓であった。安満岳は、仏教徒や神道崇拝者にとっての聖山だったが、キリシタンにとっても聖なる山だった。

 キリシタンが移住した野崎島(長崎県小値賀町おぢかちょう)は今、無人島となっている。
村の跡はかすかな石垣、段々畑にしか残っていない。この島の教会は「跡」であって、建物は残るが、神がいる「教会」ではない。そこにも、厳しい開拓生活の中で信仰が育まれた歴史がある。

 熊本県天草市の崎津さきつには、美しい海を前面にした教会がある。おだやかに見える景観だが、実は絵踏えふみなど苦難の歴史があった。ただ、それだけではない。

 文化2年(1805年)の「天草崩れ」で、ほとんどの村人が怪しげな呪文(オラショ)を唱えていることがわかった。しかし、先祖代々申し伝えられてきた「異宗」である、つまり「心得違い」(勘違いしているもの)とされた。
処分はしないとされた。穏便にすませた。残酷な弾圧ばかりではない。既存の社会や他宗教との調和、バランス、併存もあったのだ。

 世界遺産登録の推薦書の表紙は「雪のサンタマリア」である。長崎・外海そとめに隠し伝えられたマリアの絵、つまり動産(絵画)である。漁村では、大きな
鮑あわびの貝殻にある模様マリア像に見立て、そこに聖母がいると考えた。こうした聖画や信心具も、資産群が世界遺産に値することを説明する物証なのだ。

 以上のように、資産群を理解するには、景観に潜む
歴史を読み取ることが肝要である。従来とは明らかに異なるジャンル、新しいタイプの世界遺産である。構成資産各地を訪れる人々は、そこにある教会を見るだけではない。その場所に至るまでの、そこに続いていく村の景観の中に、歴史と、人々の信仰心を読むのである。多数ある世界遺産のなかでも、特色に満ちた優れた一つとなるであろう。

 【はっとり・ひでお】 1949年、名古屋市生まれ。九州大名誉教授(日本中世史)。くまもと文学・歴史館館長。長崎世界遺産学術委員会委員長。「潜伏キリシタン関連遺産」推薦書作成に携わった。

     ◆

 ◇再推薦 背景に審査法見直し・・・イコモスと意見交換で
方向転換


構成資産「野崎島の集落跡」に立つ旧野首教会

 世界文化遺産に登録される見通しとなった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、2016年にいったん
推薦を取り下げ、翌年再推薦されるという曲折を経た。

 背景には、ユネスコ側の審査方法の見直しがあった。16年に登録の是非が決まった分から、勧告前にユネスコ諮問機関のイコモスが推薦国に評価を中間報告し、意見交換する仕組みが導入された。

 この中間報告でイコモスは、当初日本が
近代の教会建築を主体に推薦した「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に対し、日本の特色である禁教期に焦点を当てて内容を見直すべきだと、厳しい評価を下した。

 これを受けて政府は推薦を取り下げた。イコモスの
指摘通り「潜伏の歴史」に焦点を当て、教会周辺の集落に遺産範囲を拡大し、14あった構成資産は12に削減された。急な転換に地元の戸惑いもあったが、結果的に無事、登録勧告を受けられた。

 勧告を受け、4日の記者会見で文化庁の大西啓介記念物課長は、
「イコモスの指摘に沿った形での見直しを適切かつ迅速に行ったことが評価された。対話に基づいた内容の見直しというプロセスは有効だった」と、新しい審査プロセスを評価した。

 従来のイコモスの審査は、世界遺産委員会の直前まで経過が
非公開で、締約国から「一方的だ」と批判が出ていた。不満を背景に近年、専門家集団のイコモスが低く評価しても、各国代表による世界遺産委員会で、評価を引き上げる例も目立つ。

 世界遺産は制度そのものが曲がり角にある。既に1000件を超え、一見して価値のわかりやすい遺産の登録は一巡。各国から多様な遺産が名乗りを上げている。自国の遺産を世界遺産に推すには、世界的に見てどこに価値があるかを、海外の目からもわかりやすいように説明する努力が、いっそう求められる。(文化部 清岡央)

     ◆

 ◇国内法「重文景」を活用

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の特徴の一つは、世界文化遺産として必要な国内法による保護措置として、文化財保護法の
「重要文化的景観(重文景)」を用いた資産が、全12資産のうち9資産を占めることだ。これまで日本の世界文化遺産の保護措置としては、「史跡」「重要文化財」「名勝」などが主で、重文景を全面的に活用したのは、今回が初めてとなる。

 重文景は、農耕や採掘、流通など人々の生活や生業を物語る景観地を示す「文化的景観」のうち、特に価値が高く、保護措置が整ったもの。2004年の改正で同法に加えられた新しい制度で、現在全国61件が選定されている。

 文化庁によると、重文景を世界遺産登録に活用した例は、「明治日本の産業革命遺産」(福岡など8県、23資産)の「三角西港」(熊本県)だけ。今回の9資産は、一般的な「文化財」のイメージとやや
異なる島しょ部などの集落で、重文景の概念があって初めて保護対象とできたと言える。

 そもそも重文景が同法に加えられたのは、1994年に
ユネスコが世界遺産の対象を広げるため、「産業遺産」「20世紀の建築」とともに「文化的景観」の登録を進めることを提唱したのが背景にある。文化庁の鈴木地平・文化財調査官は「今後、世界遺産を目指す自治体が基本理念を作る時、新たな切り口になる」と期待する。(文化部 辻本芳孝)
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 記事の中に、「イコモスは、
当初日本が近代の教会建築を主体に推薦した『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』に対し、日本の特色である『禁教期に焦点を当て』て内容を見直すべきだと、厳しい評価を下した」とあるとおり、日本が当初推薦したのは、言わば「有形文化財(文化遺産)」としての「長崎の教会群とその関連遺産」だったのです。

 ところがイコモスによって、
建物などの「有形文化財(文化遺産)」では無く、その名も「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に変更され、「禁教期(の信徒の信仰生活そのもの)」に焦点を当てた、当初の日本の推薦とは似て非なる「無形文化財(宗教遺産)」に中身がすり替えられてしまったのです。
 イコモスの意図や交渉経緯は
秘密とされ(下記朝日新聞記事参照何も明らかにされていません。
 
 これは2つの点で問題があります。1つは建物などの有形文化財でなく、
潜伏キリシタンの存在(信徒の信仰生活)そのものを国が評価・賞賛することは、政教分離の原則に抵触する恐れがあります。

 2番目には潜伏キリシタンが存在し得たのは、彼等自身の努力と言うよりも、
当時の日本人、日本の社会、執政者宗教と距離を保ち、宗教に従属する宗教国家にならず、異教に寛容であったからです(神道と仏教の併存はその一例です)。仮に禁教下の隠れキリシタンの信仰生活が評価に値するものであったとしても、その功績はひとり信者だけに帰せられるべきではありません。日本の社会、執政者を評価すべきです。

 イコモスはなぜ当事国の国民に詳細な説明をせず、関係者に
秘密を求めるのでしょうか。外交や安全保障に関わる問題でも無く、純粋に学術的な問題であるならば、秘密にする理由がありません。秘密にするのは何か後ろめたいところがあるからと考えるほかはありません。

 記事の中に、「背景には、ユネスコ側の審査方法の見直しがあった。16年に登録の是非が決まった分から、勧告前にユネスコ諮問機関のイコモスが推薦国に評価を中間報告し、意見交換する仕組みが導入された」従来のイコモスの審査は、世界遺産委員会の直前まで経過が非公開で、締約国から「一方的だ」と批判が出ていた。不満を背景に近年、専門家集団のイコモスが低く評価しても、各国代表による世界遺産委員会で、評価を引き上げる例も目立つ」とありますが、これはイコモスの判断が各国代表により覆される事例が目立つようになったため、それに抗すべくイコモスが、審査員からプロデューサーに変身したことを意味します。

 当初の日本の提案に対して、イコモスが中間報告で
厳しい評価を下した」という言葉からは、「意見交換」とはかけ離れた実態が窺えます。こうなったらイコモスはもはや審査員とは言えません。その実態を覆い隠すために、彼等は秘密主義に走るのだと思います。

 また一方で、政教分離の原則を顧みず、
観光地としての損得しか頭に無く、安易な迎合・妥協をして一部の偏見を、世界遺産として公認した日本の窓口担当者の罪は重いと思います。

平成30年5月14日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ
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長崎)イコモス、「キリシタン遺産」の調査終了
2017年9月15日03時00分 朝日新聞

 世界文化遺産登録を目指す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」について、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)の調査員が14日、長崎・熊本両県での調査を終え、文化庁と両県が同日、長崎市で記者会見した。

 イコモスの調査員
リチャード・マッケイ(豪州)は4〜14日、長崎と熊本両県の8市町にある、12の構成資産全てを視察した。

 文化庁によると、マッケイ氏は各地で地元の信徒やガイドらと交流した。同庁の渡辺栄二・世界文化遺産室長は
「イコモスとの取り決めで調査の具体的な内容は明らかにできないとした上で、マッケイ氏は構成資産の保全や来訪者への情報提供、地域住民との関わりといった点への関心が高かったとの印象を語り、「一定の理解は得られたと思う。追加の資料要求などがあれば、全力で対応していきたい」と話した。

(以下略)
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