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朝日新聞掲載「『戦争の出前話』語り部」の欺瞞 

 12月8日朝日新聞の「論壇」に、「『戦争の出前話』語り部」と自称する、本多立太郎氏の投稿、「『戦争』答えられるのはあなた」と言う一文が掲載されました。この中で本多さんは「・・・最初は中国江南、いったん帰って再召、今度は千島列島の北端、占守島で敗戦を迎え、上陸してきた当時のソ連軍に捕らえられてシベリアに抑留、強制労働の挙げ句に47年8月命からがら帰国した・・・。」と自分の経歴を語ったあと、「最近この歴史的事実の見直しを唱えるものがいるこの戦争の事実を事実として伝えることを『自虐的史観』と称して、民族の誇りを故意に傷つける者と批判する政治家や学者、文化人らが現れた。しかし、体験者が体験した事実は、置かれた位置、時間、身分などの差によって形はそれぞれ違ってもその行為の目的は他国への侵略であった。今日それをいかに否定し、弁明しようとしても、現にそれに参加した私たちがまだ生きているのである。われわれは大陸の戦場でこの手で村を焼き、この手で人の命を奪ったのだ。・・・・」と言っています。

 本多さん、あなたが言っている「この歴史的事実」、「この戦争の事実」とは何を指しているのでしょうか。あなたは簡単に自分の経歴を語っただけで「この歴史的事実」と言うような大層な事は何も言っていません。あなたの経歴が事実であるかどうかは誰も問題にしていません。それに、「自虐史観」を批判している人たちは、中国との戦争、ソ連の参戦、シベリア抑留の事実の見直しを唱えてはいません。彼らが事実ではないと主張しているのは「南京大虐殺」に象徴される、捏造された、誇張された日本軍人の残虐行為と言う「事実」です。本多さんの話し方は明らかな話しのすり替えだと思います。

 本多さんはしきりに「事実」を強調しています。しかし、本多さんが経験したことがすべて事実であっても、事実のすべてではありません。あなたが事実のすべてを経験し、見て、知っているわけではありません。あなたが知らない、あるいは触れていない事実も、もちろんたくさんあるわけです。人類の歴史は戦争の歴史、侵略の歴史とも言うべきもので、有史以来数多くの戦争が繰り返されてきました。そして戦争とは合法的な殺人、破壊です。そして、どの戦争をみても多かれ少なかれ残虐行為がつきものだったことも「事実」です。満州で多くの日本人がソ連兵に殺され、暴行されたことはあなたが触れていない事実です。手を使わずに飛行機を使って何万人もの人を殺し大都市を焼き尽くした人がいることも事実です。それらの行為はすべて不問にされるか、正当化されているのも「事実」です。このように事実とは数限りなく無数にあるものなのです。従って歴史上の出来事を評価するに当たっては、議論されていることが事実であるかどうかと言うことだけでなく、重要な事実であるかどうか、偏りのない事実であるかどうかと言うことを 考えなければなりません。

 あなたは「『過去を変えたり起こらなかったことにするため』のいわゆる自由主義史観が日本近現代史をゆがめようとしている」と言って自由主義史観を批判していますが、「過去を変えている」と言うのは歴史のどこについてなのか、「過去を起こらなかったことにしている」と言うのは何のことなのか具体的に指摘して批判すべきであると思います。
 「戦争はその事実を何の粉飾もなくありのまま語れば、それが戦争批判になる特質を持つと言うことに気づいた」と言っていますが、日清戦争、日露戦争の事実をありのままに語ってもそれが戦争批判になるとは限りません。あなたが語っているのは敗戦に終わった戦争の、悲惨な部分、暗い一面だけではないのでしょうか。戦争に勝った国の国民は、決して戦争批判に結びつくような「戦争の出前話」だけしているわけではないと思います。
 あなたは新聞社に勤務していたそうですが、当時の新聞があなたが見たり聞いたりした事実を、どのように報道していたかと言う事実を語ることの方が、「語り部」としてのあなたの義務であると思います。

平成10年12月13日   ご意見・ご感想は   こちらへ     トップへ戻る      目次へ