G64
辺野古での船転覆事故、「転覆」と「中立違反」は学校と教育行政の闇を露呈 -教育は児童生徒の為であり、教師に“教育の自由”はない-
5月23日の読売新聞は、「社説 辺野古の船転覆 安全も中立も欠いた平和教育」と言う社説で、次の様に論じていました。(茶色字は社説、黒字は安藤の意見)
------------------------------------------------------------------------------------
社説 辺野古の船転覆 安全も中立も欠いた平和教育
2026/05/23 05:00 読売
学校の課外活動は「安全に」「適切に」が前提のはずだ。そのどちらも欠いていたことになる。未来ある生徒の命が失われた事故の教訓を生かさねばならない。
沖縄県名護市辺野古沖で、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府)の生徒を乗せた船が転覆し、2人が死亡した事故で、文部科学省が「研修旅行の内容は著しく不適切だった」として、府や学校法人に是正を求めた。
安全の管理ができていなかったうえ、学習内容も「特定の見方・考え方に偏っていた」として、政治的活動を禁じる教育基本法に反すると指摘した。政治的中立性を巡って、文科省が教育基本法違反を認定するのは初めてという。
文科省によると、学校側は、乗船について事前に下見をせず、転覆した船に引率の教員も同乗させていなかった。悪天候や事故の発生を想定せず、転覆時、海上保安部に通報したのも生徒だった。
研修旅行の内容は教職員会議で決定され、校長の責任で実施された。船で海に出るというプログラムの危険性をあまりに軽視していたと言うほかない。ガバナンス(組織統治)の欠如は深刻だ。
事故が起きたことで、学習内容の妥当性にも焦点が当たった。
生徒が乗船したのは、米軍普天間飛行場の辺野古への移設に反対する団体が抗議活動に使用する船だった。過去の研修旅行では、生徒向けのしおりに、座り込みに参加するよう求める反対派の文章も掲載していたという。
生徒には、移設に反対する沖縄県の見解は学習させたものの、それ以外の見方や考え方は十分に取り上げていなかった。こうした実態は、生徒や保護者にきちんと説明されていなかったとされる。
「生徒や保護者にきちんと説明されていなかったとされる」とあるが、「される」とは一体誰が「している」という事なのか。肝心なことをぼかしている記事は、大事な事を「隠している」と言うべきだ。
さらに学校に通う未成年の児童・生徒への毎日の授業内容は、すべて授業のテレビ中継により保護者に伝えられるべきだ。
教育内容が妥当であるか偏向であるかどうかは、教師や教育業界関係者の意見では無く、保護者の多数意見を尊重すべきだ。
学校は、すべて児童生徒(と、その保護者)の為にあるのであって、間違っても「教師の為」であってはならない。教師に“教育の自由”などはないのである。これを肝に銘じるべきである。
辺野古への移設については、米国や日本政府の立場もあるし、住民の意見も一様ではない。特定の主張のみを教えることが適切とは言えまい。今回のようなやり方では「偏っている」と非難されることが容易に想像できたはずだ。
国は、船が無登録だったとして、死亡した船長を海上運送法違反容疑で告発した。転覆前、生徒に操船をさせた疑いもあるという。船長らの責任も重い。
今回、国は教育基本法に基づき、個々の学校の政治的中立性を問題視した。研修旅行に多くの問題があったことは間違いない。
ただ、この種の手法が乱用されれば、現場は萎縮し、豊かで個性的な教育は成り立たなくなる。適用は抑制的であるべきだ。
現状で“乱用”の実態があるのか。このような「教育基本法の定める政治的中立に反するとの指摘」は今回が初めてである。憂慮すべき実態は法令の“乱用”ではなく、法令の“軽視、形骸化(抑制??)”では無いのか。児童・生徒への教育は、教師が「個性的?」であることよりも、基準を満たし、標準を逸脱しないことが優先する。
この社説の最後の一言は、この社説の言った事をすべてを“帳消し”にしたに等しい。
令和8年6月7日 ご意見・ご感想は こちらへ トップへ戻る 目次へ