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川本裕子人事院総裁が、「が公務員の不妊治療有給休暇を率先して実施する」と宣言、−“官の率先”は人事院の業務範囲を逸脱し、職権乱用−

 8月11日の読売新聞は、「不妊治療休暇 官が率先 国家公務員に年10日…人事院」と言う見出しで、次の様に報じていました。
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不妊治療休暇 
率先 国家公務員に年10日…人事院
2021/08/11 05:00 読売
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人事院勧告を川本総裁(左)から受け取る菅首相(10日、首相官邸で)=源幸正倫撮影

 
人事院川本裕子総裁は10日の記者会見で、不妊治療を受ける国家公務員が年間最長で10日間の有給休暇を取得できる制度を新設すると発表した。民間でも導入例が少なく、川本氏は「官が率先して行っていく」と述べた。

 不妊治療のための有給休暇は、
年間5日間を基本とする。頻繁に通院する場合は追加で5日間取得できる。勤務中に職場を一時的に離れて通院できるよう、1時間単位の取得も認める。来年1月に導入し、男女とも対象となる。

 また、
男性の非常勤職員を対象に、配偶者出産休暇(2日)育児参加のための休暇(5日)を有給で取得できるようにする。

 
河野行政・規制改革相は10日の記者会見で、新たな休暇制度などについて「非常に前向きな内容で、大変画期的だ」と評価した。

ボーナス下げ 2年連続勧告
 人事院は同日、今年度の
ボーナス引き下げを内閣と国会に勧告した。引き下げは2年連続で、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けた民間の水準に合わせた。

 勧告通りなら年間支給月数は4・30か月分となり、年間給与は平均約6万2000円減る。
月給は、今年4月分の比較で官民格差がほぼなかったことを踏まえ、据え置く。

 勧告に合わせて提出した公務員人事管理に関する報告では、
長時間労働是正の必要性を強調した。「国会対応業務の改善も喫緊の課題だ」(川本氏)として国会などの協力も求めた。
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人事院の川本裕子総裁は、「不妊治療を受ける国家公務員が年間最長で10日間有給休暇を取得できる制度を新設する。民間でも導入例が少なく、『官が率先して行っていく』」と述べました。
 川本総裁はわざわざ
「率先」と言っていますが、この制度新設は、果たして「率先」と言える代物でしょうか。また、“官”“率先”は許されるのでしょうか。

 例えば、ある人が
無給のボランティアに、他人に先んじて応募して活動を開始することは、「率先」が当てはまりますが、高給で仕事が楽な役所のアルバイトに、他人に先駆けて応募して働き始めることは、「率先」という言葉は当てはまらないと思います。

 また同様に、役所が
民間企業に先んじて、利用者が少ない「男性の育休制度」を廃止するのは「率先」が当てはまりますが、反対に、役所が民間企業でほとんど例が無い、新たな「有給休暇制度」新設することに「率先」はふさわしくないと思います。

 また、人事院は「今年度の
ボーナスをコロナの感染拡大の影響を受けた民間企業に合わせて2年連続で引き下げた」、「月給官民格差がほぼ無かったので据え置いた」とあり、ここでは民間に「率先」では無く、「後追い」で従ったことになります。

 これらの対応を見ると、人事院は
ある時は民間に「率先」し、ある時は民間の「後追い」をしていることになりますが、なぜ事案によって対応が異なるのでしょうか。

 従業員(公務員)の
給与・休暇などの処遇については、同一労働・同一賃金の原則に基づいて、基本的にはすべて民間の自由な競争市場の実態に合わせるべきであり、公務員の給与・休暇は市場の実態に対して「率先」する事無く、民間に「倣う」べきです。
 かつて
公務員には「住宅手当」、「扶養手当」は支給されていませんでした。支給されるに至ったのは、民間で導入が進み、それが一般的になり、労働市場の実態になってからです。その後の歴史もほとんど民間の「後追い」(時に追い越し?)で推移していて、「率先」ではありません。(その後民間企業では各種の手当てが廃止・整理されているようですが、人事院はその辺もしっかり“後追い”をしているのでしょうか)

 
官公労組は例年民間企業の水準を根拠に、民間並みのベースアップの要求をするのが常で、人事院もそれに基づいて勧告をしています。

 人事院は自らの役割について、そのホームページ上で下記の様に明らかにしています。
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人事院のホームページ (https://www.jinji.go.jp/syoukai/index.html)
人事院について >
人事院とは…?

 公務員は、憲法で「全体の奉仕者」と定められ、職務の遂行に当たっては
中立・公正性が強く求められます。このため、国家公務員法に基づき、人事行政に関する公正の確保及び国家公務員の利益の保護等に関する事務をつかさどる中立・第三者機関として、設けられたのが人事院です。

 人事院の主な機能としては、以下のとおりです。

 ○ 人事行政の公正が確保されるよう、採用試験、任免の基準設定、研修等を実施
 
○ 労働基本権制約の代償措置として、給与等勤務条件の改定等を国会及び内閣に勧告
 ○ 人事行政の専門機関として、内外の人事制度の調査研究を行い、時代の要請にこた
   える人事施策を展開
(以下略)

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 上記によれば、「人事院の主な機能」の一つとして、「
労働基本権制約の代償措置として、給与等勤務条件の改定等を国会及び内閣に勧告」と言う部分がありますが、今回の「民間でも導入例が少ない不妊治療休暇に先んじて、率先して行う」という行動は、「労働基本権制約の代償措置勧告」には当てはまりません。

 更にその
“率先”の真意とするところが、制度の民間への普及・拡大と言う「政治的」なものであるならば、それは「事務をつかさどる中立、第三者機関」であるべき人事院総裁としての立場から、完全に逸脱した行動、越権行為です。

 
市場経済を標榜する国家で、経済政策や労働政策の行政官庁以外の“官”が、法令に定められた行政以外の手段で、民間の給与・休暇等を誘導するための“率先”行為は、市場経済を、さらには民主主義を歪める職権乱用以外の何ものでもありません。

令和3年8月14日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ