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原子力安全・保安院の責任はなぜ不問なのか−(公務員は永遠に不滅です)−


 8月27日のニューズウィーク日本版は、「国が東電を「支援」する無責任体制はもうやめよう」と言う見出しで、次のように報じていました。
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 東京電力福島第一原発の汚染水が地下水や海水にもれている問題は、予想以上の広がりを見せ、いまだに全容がわからない。26日に現場を視察した茂木経産相は「汚染水対策は東電まかせでは解決は困難だ」とコメントしたが、率直にいって「今ごろ何いってるの?」という印象だ。

 福島事故は広範囲に影響を及ぼす国家的災害であり、賠償や廃炉や除染も含めた事後処理のコストは、最初から私企業としての東電が処理できる規模ではない。それなのに東電をスケープゴートにして、国が賠償だけを原子力損害賠償支援機構で「支援」する、というフィクションでやってきたことが、問題をここまで混乱させた原因だ。

 根本的な問題は、今回の事故の責任はどこにあるのかという点だ。原発事故は最悪の場合、数万人が死亡する可能性があり、民間企業ではリスクを負いきれないので、電力会社の賠償責任に上限を設け、それ以上は政府が賠償する、というのがほとんどの国の制度である。たとえばアメリカでは、電力会社の賠償責任は125億ドルが上限で、賠償額がこれを超える場合は議会が必要な行動をとることになっている。

 ところが日本の原子力損害賠償法では、政府が払う保険金の限度額は1200億円で、それ以上については第3条に「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない」という但し書きがある。これについて民主党政権は、今回の事故は第3条但し書きの適用対象ではないとして、東電に無限責任を負わせた。

 これによって東電は大幅な債務超過になったが、政府はこれを「支援」すると称して交付国債で資金援助し、東電は実質的に倒産したのに上場を維持している「ゾンビ企業」だ。いまだに広瀬社長が形式的には経営しているが、実質的な「親会社」は支援機構で、今回の汚染水処理のように巨額の資金が必要になると経産相が「社長」になる――という無責任体制である。

 しかし政府に責任はないのだろうか。国の安全基準では
津波の想定は5.7mで、全電源喪失は想定しなくてもよいことになっていた。東電はその基準を守っただけだ。斑目原子力安全委員長(当時)は、国会で「国の安全基準は明らかな間違い」と認め、指針の作り直しを決めた。ということは、間違った安全基準を設けた過失責任は国にあるので、政府も賠償責任を負うのが当然である。

 1200億円という国の責任限度額も問題だ。1961年に原賠法が制定されたときは限度額は50億円だったが、このとき国会で政府側参考人だった我妻栄は、これでは少ないのではないかという質問に「重大事故が起こると民間企業の事業が成り立たなくなる」と懸念を表明した。しかし大蔵省が巨額の財政負担を恐れたため、第3条但し書きの玉虫色の表現になってしまった。

 裏を返せば、本当に重大事故が起きたら国が何とかするだろう、という暗黙の了解があったのだろう。大鹿靖明『メルトダウン』によれば、今回の事故の直後に三井住友銀行の奥頭取が経産省の望月事務次官を訪れ、次官から
「今回の事故は第3条但し書きに該当する」という口頭の了解をもらったとされている。

 つまり国が無限責任を負うことを前提にして、銀行団は2兆円の緊急融資を行なったのだ。この背景には、2006年に原子力安全・保安院が原発の耐震設計指針をつくったとき、その作成を望月氏が担当し、彼が斑目氏のいう「明らかな間違い」の責任者だったという背景もあり、銀行もまさか国が逃げるとは思わなかったのだろう。

 ところが民主党政権は「東電の起こした事故を税金で賠償するのはおかしい」という世論に押され、財務省も経産省も事故処理の前面に出ることを恐れたため、結果的には第3条但し書きは適用せず、東電が無限責任を負うことになってしまった。この場合、破綻処理が必要になるが、前述の銀行団との約束があるため、東電は破綻させず、政府が際限なく国費を投入する無責任体制ができてしまったのだ。

 おまけに東電が負担する賠償額の半分は、他の電力会社にも発電量に応じて負担させる。これは何の責任もない第三者に「贈与」を強制する法律で、憲法違反(財産権侵害)の疑いがある。このコストは総括原価方式ですべて利用者に転嫁できるので、最終的には電気代と税金という形で国民がすべて負担するのだ。

 だから事故処理の体制を抜本的に改正して国が全面的に責任を負うと同時に、東電を存続会社と清算会社に分離し、清算会社が可能な限り国家賠償を負担する枠組にすべきだ。つまり「賠償支援機構」ではなく、国立の「原子力事故支援機構」に権限を集中し、廃炉や汚染水などの処理も含めて政府が一元的に処理するしかない。

 事故処理コストの総額は、今後何十年にもわたって総額数十兆円にのぼり、GDP(国内総生産)を大きく浸食する国家的問題である。今のように官民バラバラの無責任体制は、陸海軍と内閣と国会がバラバラだった日米開戦前夜に似ている。このまま場当たり的な対応を続けていると、かつての戦争のように処理体制が崩壊し、国民負担が際限なくふくらんで取り返しのつかない結果になる。
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 記事にもあるとおり、まず東京電力に損害賠償責任があるのか、と言う議論がなされなければなりません。ところがそういう議論は(下記の極一部を除いて)ほとんどなされることなく、東京電力は莫大な賠償を余儀なくされ、破綻してしまいました。
 多数の東京電力の株主がなぜ天災免責の主張や、安全基準を作った国の責任を追及する訴訟を提起することなく、破綻を受け入れたのか不思議でなりません。

 事故直後は、原子炉の状況や今後の対策については
経産省原子力安全保安院 西山英彦 審議官が記者会見をして説明をしていました。しかし、しばらくして事故が当初考えられていたよりも深刻である事が分かってくると、保安院の人に代わって東京電力の人が記者会見をして国民に説明するようになりました。これは本来のあるべき姿とは逆ではないでしょうか。

 当初は事故が重大であるとは考えていなかったので、民間企業である東京電力が記者会見して国民に経過と今後の見込みを説明していたが、事故が考えていたよりも深刻な事態である事が判明したので、東京電力に代わり国の機関である原子力安全・保安院が記者会見をするようになったというのが本来のあるべき姿のはずです。

 ところが実際はその逆で、事態が深刻であることが分かってきたら、原子力安全・保安院は後ろに引っ込んで前面に出てこなくなりました。
 事故直後は平素何もしていなかったことを覆い隠すためか、または絶好のPRの機会と考えてか、何も分かっていないくせに、東京電力から聞いたことをそのまま記者会見でしゃべっていたものの、自分たちの手に負えなくなると分かるや、責任問題となるの察知して敵前逃亡のごとく、すべてを東京電力に押しつけて引っ込んでしまったのです。これほど無責任なことはありません。

 記事にもあるように保安基準が甘かったのであれば、その基準を作った者の責任問題が浮上してきます。しかるに彼等はすべてを民間企業に押しつけ、逃亡してしまったのです。
 その後は絵に描いたような、
“公務員無答責の原則”、“公務員不滅の法則”により、組織としても、個人としても何の責任も負わず、誰も責任を問われることなく、役所の看板だけを書き換えてのうのうと生きながらえています。

 政府・与党民主党は東京電力をスケープゴートにして自らの保身を図ったのです。菅政権の愚劣さと卑劣さは筆舌に尽くしがたいものがあります。
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〈東京電力の責任を巡る過去の新聞記事〉
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平成23年5月21日 産経新聞
破綻回避へ、くすぶる免責論 神様の仕業?、法解釈割れる

 東京電力福島第1原子力発電所事故の被害賠償を進める上で、前提になる原子力損害賠償法(原賠法)の適用をめぐる解釈が不確定要素になっている。地震と津波の規模が「異常に巨大な天災地変」であれば東電は免責されるが、今回の震災の規模をどう評価するかは政府内でも意見が割れ、東電と政府の賠償負担をめぐる議論の行方が定まらない。
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 原賠法は、原発事故を起こした事業者は上限のない賠償責任を負うと定めているが、「異常に巨大な天災地変」が原因ならば免責される。与謝野馨経済財政担当相は20日の閣議後会見で、福島第1原発事故に触れ、「想定を超える津波が発生したのは神様の仕業としか説明できない」との考えを示した。そうであれば、東電は免責される。これに対し、枝野幸男官房長官は大規模な津波の可能性が指摘されていたとし、「今回の事故に免責条項が適用されるとは考えにくい」と主張する。

 免責される災害規模について、政府は「関東大震災の2倍ないし3倍を超えるような地震」と定義しているが、同原発で観測された加速度は550ガルで関東大震災のほぼ2倍。また、この地域では869年の貞観地震で8メートル以上の津波があったのに対し、今回の津波は14〜15メートルに達した。

 津波の高さを5・4〜5・7メートルと想定していた東電の甘さは否定できない。しかし、原賠法は「原子力事業の健全な発達」のため、国が「必要な援助」を行うと規定している。

 東電は、自ら免責を言い出しにくい状況にある。東電の清水正孝社長は、国会の参考人招致などで、「(免責されるとの)理解があり得る」と慎重な言い回しに終始した。一方で、被災地の東電に対する視線は厳しさを増しており、賠償を急ぐためにも、早急な結論が求められている。
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平成23年10月20日 読売新聞
東電に免責不適用は誤り…株主が提訴、国は反論

 東京電力福島第一原発の事故を巡り、東電株を1500株保有する東京都内の男性弁護士が、原子力損害賠償法の免責規定を東電に適用しなかったことで株価を下落させたとして、国に150万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こし、同地裁で20日、口頭弁論が開かれた。国側は「東日本大震災は免責規定が適用される『異常に巨大な天災地変』には当たらず、東電が損害賠償責任を負うべきだとした対応は適法だ」と、これまで政府が示してきた見解と同様の主張をし、請求の棄却を求めた。

 原子力事故による賠償責任を定めた同法は、過失の有無にかかわらず、電力会社が損害賠償の責任を負うことを原則とし、「異常に巨大な天災地変」の場合は免責すると規定。男性は、1961年に同法が制定される前の国会審議で、政府が「(免責の対象は)関東大震災の3倍以上」などと説明していたとし、「東日本大震災の地震の規模は関東大震災の3倍をはるかに上回り、今回の政府の判断は誤り」と主張している。

 国側は、この日地裁に提出した書面で、「免責は、人類がいまだかつて経験したことのない、全く想像を絶するような事態に限られるべきだ」と反論。「3倍以上という説明は、分かりやすい例えに過ぎない」とした。.
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平成25年8月28日   ご意見ご感想は こちらへ   トップへ戻る    目次へ