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政府主導の賃上げ要請、価格転嫁要請の繰り返しは本来のあり方ではない


 12月16日、NHKのテレビニュースは、「“賃上げに最大限努力”政労使で合意文書」と言うタイトルで次のように報じていました。
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ニュース詳細
“賃上げに最大限努力”政労使で合意文書
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141216/k10014010861000.html
12月16日 12時21分

“賃上げに最大限努力”政労使で合意文書

政府と経済界、労働界の代表による会議が開かれ、安倍総理大臣は、継続的な賃金の引き上げや下請け企業に支払う代金の改善などを要請し、経済界は賃金の引き上げに最大限の努力を図るなどとした合意文書を取り交わしました。

総理大臣官邸で開かれた「政労使会議」には、政府から安倍総理大臣や甘利経済再生担当大臣らが、経済界から経団連の榊原会長らが、労働界から連合の古賀会長らが出席しました。
この中で、安倍総理大臣は「来年春の賃上げに最大限の努力を図っていただくよう経済界に要請したい。賃上げの流れを来年、再来年と続けていき、全国津々浦々にアベノミクスの効果を浸透させていきたい」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は「特に円安のメリットを受けて高収益の企業は、賃上げと設備投資に加えて、下請け企業に支払う価格についても配慮を求めたい」と述べ、円安で業績が改善している企業を中心に、設備投資や下請け企業に支払う代金の改善などに収益を充てるよう要請しました。
そして、会議では、「政府の環境整備の取り組みのもと、経済界は
賃金の引き上げに最大限の努力を図るとともに、取り引き企業の仕入れ価格の上昇などを踏まえた価格転嫁や支援・協力に総合的に取り組む」などとする合意文書を取り交わしました。
また、会議では、
合意の実施状況を継続的に点検していくことを確認しました。

連合会長「国民の声聞いて不安解消を」

連合の古賀会長は記者団に対し、「これまで『デフレ脱却のためには所得の向上が極めて重要だ』と言ってきたが、その土俵にやっと政府や使用者側が乗ってきた。長時間労働の是正など、ワークライフバランスについても深い議論ができたことは評価したい。政府と使用者側は、国民の声を聞いて、雇用不安の払拭(ふっしょく)や所得の向上、将来不安の解消に努力してほしい」と述べました。

経団連会長「賃上げに最大限努力」

会議に出席した経団連の榊原会長は記者団に対し、「きょう私が申し上げたのは、賞与・手当を含めた賃金の引き上げについて最大限の努力をするということだ。デフレ脱却に向けて経済の好循環の2巡目をしっかりと回すために経済界として一歩前に踏み出し、収益が上がった企業には設備投資や雇用の増加、賃金の引き上げで対応しようと呼びかけていきたい」と述べました。

日商会頭「価格転化推進を」

会議に出席した日本商工会議所の三村会頭は、記者団に対して、「中小企業では、賃上げに必要な条件が整っていない。原材料費や電気料金の値上がりなど、上昇したコストのほとんどが製品価格に転嫁されていないので、ぜひとも転嫁を推進してもらいたい。今回は、そのための政府による支援や環境整備も合意文書に明記されているのでしっかりと周知徹底してほしい」と述べました。

官房長官「デフレ脱却と経済再生実現を」

菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「経済の好循環を力強く回し続けることで、全国津々浦々に至るまで、景気回復を実感していただくことを国民に約束した。そのためにも政労使一丸となって本日の合意を実行することが不可欠であり、政府としてもしっかり取り組んでデフレ脱却と経済の再生を実現していきたい」と述べました。

副総理「継続して賃金上昇を」

麻生副総理兼財務大臣は、16日の政労使会議について、閣議のあとの記者会見で、「従業員の給料が上がり、可処分所得が増えるような形にならないと消費につながらない。消費が増えないとGDPが増えない。継続して賃金を上げるようにしていかないといけない」と述べ、企業による賃上げの取り組みに期待感を示しました。
そのうえで、麻生副総理は「企業の内部留保は賃金にいくか配当にいくか設備投資に回るのが本来の姿で労使でいろいろ話をしてもらうことが大事だ」と述べました。

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 また、これに関してロイター通信のホームページは、「アングル:踏み込んだ賃上げ要請、消費低迷で苛立つ政府の『アメとムチ』」という見出しで、次のように論じていました。
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[東京 16日 ロイター]
アングル:踏み込んだ賃上げ要請、消費低迷で苛立つ政府の「アメとムチ」
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0JU0RV20141216?pageNumber=3&virtualBrandChannel=0&sp=true

 - 政労使会議での今年の賃上げ合意は、秋以降も消費が停滞していることへの
政府の苛立ちを表すかのように、昨年より踏み込んだ表現となった。政府内には、法人税減税の約束にもかかわらず、企業の賃上げや設備投資への動きが鈍いとの思いがあるためだ。

ただ
政府主導の賃上げ要請の繰り返しは、本来のあり方ではない。生産性向上への労働市場改革や賃上げルール作りへの取り組みが伴わなければ好循環につながらないことは明らかだ。

<企業に向かう政府の不満、賃上げと設備投資が不足>

「経済界には、来年春の賃上げに最大限の努力を図っていただけるように要請したい」──安倍晋三首相は16日、政労使合意を受けてこう述べた。今回の政労使での合意は、賃上げについて「最大限の努力を図る」と明記。昨年の「労使は(中略)十分な議論を行い、企業収益の拡大を賃金上昇につなげていく」との文言より踏み込み、
政府サイドの強い意向をにじませるトーンとなった。

背景には、企業に対する政府の苛立ちもあったようだ。12月になっても消費停滞感が続く中、政府高官の一人は「賃金が物価に追いついていないし、魅力的な商品が出てこない」と指摘、デフレ脱却に向けて思うように景気が動かない原因は、企業行動の鈍さにあるとの認識を示していた。

というのも、政府は、賃上げを伴う好循環を実現するために、来年度からの法人税減税を決定し、企業の懐を直接温めることにした。しかし、物価上昇に見合って名目賃金の引き上げが実現していかないのではないか、という不満が政府内に蓄積していたようだ。

さらに、
新商品開発のための設備投資にも積極姿勢が足りないために、消費者が動かない、だから消費が停滞している、という見立ても浮上。「アメとムチのはずが、アメだけもらって動いていないじゃないか」といった声も一部に漏れ聞こえていた。

収益次第、が企業の基本姿勢

もっとも経済界にしてみれば、賃上げは収益次第との基本的な認識がある。昨年度は大企業も中小企業も2ケタの大幅増益となり政府の要請に答えて賃上げを実施する余裕があった。しかし、15日発表の日銀短観によれば、今年度の経常利益見通しは大企業でも1%台、中小企業は減益見通しとなっている。

今年4月の春闘での賃上げ率は2.07%(連合まとめ)と 15年ぶりの高水準になったが、ロイター調査によると、来年春闘でそれと同程度ないし上回る賃上げができるとの回答は、11月時点で3割にとどまっている。

回答企業の中には「消費増税の社員の負担を緩和する必要がある」(運輸)として昨年並みの賃上げを実施するとしている企業もあるが、「先行きを含めて経営環境の好転が見えなければ再度の引き上げは難しい」(精密機械)など
業績次第との方針で臨む企業がほとんどだ。

甘利明経済再生担当相も、今年の政労使会議を開催するにあたり「
毎回賃上げを要求する会議ではない」と述べ、今年は働き方改革などに力を入れ、労働生産性を上げることで好循環につなげる方針を示していた。

それでも政府が賃上げ要請に動いた背景の一つには、今年新たに経団連会長に就任した榊原定征氏が政労使会議に加わり、賃上げに前向きな姿勢を表明したことがありそうだ。さらに、労働分配率は13年度の収益拡大もあって低下しており、「昨年並みの2%の賃上げ体力はありそうだ」(日本総研調査部長の山田久氏)との分析もある。

また、消費増税を先送りしたことで、2017年4月までに消費税を引き上げられる環境を作らなくてはいけないという認識もある。甘利明経済再生担当相は「残されている時間はあと2年半しかない。できるだけ短期間で、できれば来年の賃上げで実質賃金をプラスにもっていけるのが理想だ」と語る。

賃上げ要請繰り返しても好循環につながらず

ただ、こうして
政労使会議で賃上げ要請をとりまとめることは本来の姿でない上、それだけでは好循環にもつながらないのは誰の目にも明らかだ。

山田氏は「本来は、労使が、これまでの賃下げという縮小均衡では企業の成長はないことを自覚し、自ら賃上げが必要との認識で臨むべき」と指摘。そのうえで、「
政府の役割は賃上げ要請ではなく、労働市場改革や規制緩和、そして賃上げが生産連動で上がる仕組み作りだ」と主張する。

甘利担当相は16日の会見で「単純に
賃上げ交渉に政府が介入したという意味ではなく、賃上げが好循環を回す最初のギアであるという点も含めて、立ち入った要請をした」と説明。デフレ脱却へ向けた経済の好循環を作るには「それぞれが何をすべきかということを覚悟し、共有することが大事だ」とし、賃金体系のあり方や働き方などへの取り組みも重要との認識を示している。

(中川泉 編集:石田仁志)

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 わが国は
市場経済の国であり、政府が価格や賃金を左右する社会主義国ではありません。
賃金とか財物の価格需給関係により市場が決定するものであり、政府の介入は不当です。

 賃金は労働市場の需給関係で決まるものであり、物価は小売市場、卸売市場などの需給関係で形成・決定されるものです。
 今回の
合意文書作成と、その後の実施状況点検が、個別の企業を拘束するものであれば、それは明らかに単なる「要請」の域を逸脱した不当な介入であり、このような無理の押しつけは副作用を引き起こす可能性があります。そうなった時に政府は責任を負うのでしょうか。

 また、消費者の視点で考えれば、各企業や業界がこの合意を根拠に一斉値上げをすれば、それはカルテル行為として
独占禁止法上の問題をはらんでいると思います。

 政府のすることは市場の
需給関係の環境を改善することです。直接介入は効果に疑問があるだけでなく、多くの危険性をはらんでいると思います。
 安倍総理の行動は単純・軽率の感がぬぐえません。

平成26年12月16日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ