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医師会の医師会による、開業医のための“かかりつけ医”への受診強制−(患者の自己決定権尊重の真逆を行く厚生労働省の診療報酬改定 基本方針)


 11月19日のNHKニュースは「診療報酬改定 基本方針の骨子案を議論」というタイトルで、次のように報じていました。
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診療報酬改定 基本方針の骨子案を議論
ニュース詳細 NHK 11月19日 14時39分

診療報酬改定 基本方針の骨子案を議論

社会保障審議会の部会で、来年度の診療報酬の改定を巡って、かかりつけ医かかりつけ薬局の推進などを具体的な方向性として挙げた基本方針の骨子案が示され、薬の長期処方の行き過ぎを是正する内容も盛り込むべきだといった意見が出されました。

厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会の部会で示された、来年度の診療報酬改定の基本方針の骨子案は、できるだけ住み慣れた地域や自宅で医療や介護を受けられる「地域包括ケアシステム」の推進や、患者の状態に応じた医療機関の役割分担と連携の強化を重点課題としています。
そのうえで、かかりつけ医かかりつけ薬局を推進する一方、こうした機能を発揮できていない薬局の評価の見直しなどを改定の具体的な方向性として挙げています。
これについて、委員からは「骨子案にある薬の飲み残し、いわゆる『残薬』や、多剤・重複投与を減らす取り組みに加え、薬の長期処方の行き過ぎを是正する内容も盛り込むべきだ」といった意見が出されました。
社会保障審議会は、こうした意見を踏まえ、来月上旬にも基本方針を取りまとめることにしています。
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 このニュースに限らず、この1〜2年、“かかりつけ医”を推奨する医療制度改革のニュースは、何度か報じられています。
 今年3月15日には読売新聞に、「『紹介状なし』追加料金義務化 大病院は重症患者に専念」という見出しで、次のように報じていました。
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「紹介状なし」
追加料金義務化 大病院は重症患者に専念
2015年3月15日3時0分 読売

刈谷豊田総合病院に貼り出されたポスター。高度な専門医療に専念するため、初診の患者に紹介状を求める内容だ(愛知県刈谷市で)

 紹介状を持たずに大病院を受診すると、5000円〜1万円の
追加料金を取られる仕組みが2016年度に始まりそうだ。現在も病院側の判断で徴収することができるが、今国会に提出された関連法案では、一定規模以上の病院で義務化する。病院と診療所の役割分担を進め、大病院が高度医療に集中できるようにすることで、質の向上を図るのが狙いだ。(板垣茂良)

診療所としっかり役割分担

 「当院は、高度な専門医療を担う紹介専門型外来へ移行します。初診の方は、紹介状が必要になります」

 愛知県刈谷市の刈谷豊田総合病院は昨年9月、こうした内容のポスターを待合フロアで掲示し、患者にチラシ配布も始めた。

 同院のベッド数は672床。救命救急センターでは年間約4万人を受け入れ、高度医療が必要な患者の治療を中心に担う。そのため、かかりつけ医などの紹介状を持たない患者には、初診時に通常の医療費の自己負担(1〜3割)と別に、3000円の
追加料金を求めてきた。だが、軽症の腰痛や風邪などで紹介状を持たずに訪れる患者は、月2000人を超えることも。田中守嗣副院長は「病院が何でもそろうスーパーマーケットのように頼られ、医師や看護師の疲労は限界だった」と言う。

 そこで、まず地域のかかりつけ医を受診してもらうよう理解を求める取り組みを始めた。当初は「ずっとかかっているのに」と困惑する患者もいたが、1月の外来患者で「紹介状なし」は913人と半減し、効果は上々だ。

16年度からの施行

 日本の医療は、保険証1枚で自由に医療機関を選べるのが特長だ。だが、そのために軽症でも「念のため」と大病院を受診する人が絶えず、勤務医らの疲弊を生み、病院が救急対応など本来の役割を十分に果たせないなど弊害が出ていた。不必要な検査などが増え医療費の無駄遣いにもつながっていた。

 このため、政府が今月3日、国会に提出した医療保険制度改革関連法案では、「紹介状なし」で大病院を受診する患者に、2016年度から新たな
定額負担を求めるとした。金額は全国一律で5000円〜1万円程度、対象は大学病院や500床以上の病院で検討されている。

 現在も、200床以上の病院が独自の判断で初診の
追加料金を求める仕組みはある。ただ、義務ではないため、5割弱の約1200病院しか徴収しておらず、金額も105〜8400円とまちまちだ。厚生労働省の調査では、200床以上の病院で「紹介状なし」の患者が6〜8割に上るなど、患者集中の歯止めにはなっていない。

 そこで、政府は
新たな負担を導入し、軽症で大病院に行く患者を減らして、病院と診療所の役割分担を進めたい考えだ。急速な高齢化で増大する医療費を抑える狙いもある。政府の有識者会議が13年、限られた財源の中で効率よく医療を行うため、「誰でも、いつでも、どこでも」受診できる仕組みから、「必要な医療を必要な時に」受けるようにすべきだと指摘していた。

かかりつけ医
質の向上課題

 患者の大病院志向を変えるには、地域の
かかりつけ医の質を高める取り組みも大切だ。

 福岡県医師会は、昨年6月から、質の高い
かかりつけ医独自に認定している。地域の医師のスキルアップを図り、住民に信頼される存在になってもらうためだ。

 認定を受けるには、頭痛や呼吸困難など頻度の高い症状や病気への対応や、終末期ケアの講義を一定数受講する。夜間・休日の当番医や、在宅診療を行う必要もある。津田泰夫常任理事は「地域の医師が力をつけなければ、余計に費用がかかっても大病院に行ってしまう」と話す。

 冒頭の刈谷豊田総合病院では、近隣の診療所と電子カルテなど患者情報をインターネットで共有する仕組みを12年に始めた。病院と診療所が連携することで、患者に安心感を持ってもらうためだ。現在、周辺3市1町の診療所の9割弱が活用する。同病院での糖尿病治療が一段落し、診療所に通う女性(65)は「待ち時間が長くても大病院の安心感には代え難い。でも、かかりつけ医が私の状態を病院と同じくらい把握してくれているので安心」と話す。

地域によっては例外規定も

 菅原琢磨・法政大教授(医療経済学)の話「新たな定額負担は、軽症患者の受診抑制を図り、医療の効率化につなげる手段としては有効だ。その仕組みを支えるため、大病院と診療所の医師が情報共有して、2人で主治医を務める体制を整え、患者の信頼を得ることは欠かせない。ただし、診療所が少なく、大病院がかかりつけ医の役割を果たさざるを得ない地域では、
定額負担の徴収に例外規定を設けることも検討すべきだ」
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 そもそもこの
「かかりつけ医推奨」が、なぜ提起されたのか、現状の何が問題で、誰によって提起されたのかが何も明らかにされていません。唯一刈谷豊田総合病院の例が紹介され、大規模病院が多数の軽症患者の対応に追われ、本来の重症患者の治療に支障が生じていると報じられていますが、この一例だけでその是非を判断することは早計です。

 記事の中で、「現在も、200床以上の病院が独自の判断で初診の追加料金を求める仕組みはある。ただ、義務ではないため、
5割弱の約1200病院しか徴収しておらず、金額も105〜8400円とまちまちだ。厚生労働省の調査では、200床以上の病院で「紹介状なし」の患者が6〜8割に上るなど、患者集中の歯止めにはなっていない」とあるのは、見方によっては現状で特に紹介状無しの患者が来ても、診療に差し支えない、追加料金徴収の必要が無いと解釈できるのではないでしょうか。むしろ、追加料金を徴収して患者が減少する方が、病院経営に支障があるのではないでしょうか。
 対象となる大病院が実際に多数の軽症患者の来院によって
業務に支障を感じているなら、追加料金の徴収をためらうことは無いはずです。

 そもそも「かかりつけ医」の推奨を論じておきながら、肝心の
かかりつけ医についての定義を何も明らかにせずに議論を進めているところが、何とも胡散臭さを感じさせます。
 この「かかりつけ医」という言葉は医師会などが頻繁に使いますが、元々「俗語」に類するものであり、多くの人にとって、かかりつけ医は日常特に意識されておらず、「かかりつけ医」という言葉自体が、死語になっていたと言って良いのではないでしょうか。

 さらに
紹介状の発行要件効力などが何も明らかになっていませんが、発行するかしないかのすべてが医師の自由裁量となれば、医師が判断を誤ったり、営業上の理由から発行しない事態もあり得ます。そうなれば患者が必要な大病院での治療を受けられないケースが出てきます。

 難病患者の中には地元の開業医(かかりつけ医?)で長く治療を受け続けたが、症状が改善せず(または悪化し)、思い切って大病院を受診した結果、本当の病名が分かり(今までの治療が無駄だったことが分かり)命を救われた例をよく聞きます。開業医(かかりつけ医)で治療を受けさせれば、医療費の抑制に繋がるというのは根拠が無く、むしろ正反対だと思います。

 大病院の医療費を引き上げて敷居を高くすることは、患者(消費者)が医療(サービス)を自由に選択することができなくなることを意味しますが、それで良いのでしょうか。セカンド・オピニオンインフォームド・コンセントの重要性が指摘され、
患者の自己決定権を尊重する必要性が認識されている中で、今回の厚生労働省の動きはその真逆を行くものと言わざるを得ません。

 医師も(ついでに言えば弁護士も)サービス業です。営利事業の一部です。そうであれば当然のこととして、
市場経済のルールのもとで営業しなければならないはずですが、今回の診療報酬改定基本方針はどう考えても患者(消費者)のためではなく、医療費の抑制のためでもなく、単に医師会の構成員である「開業医(業者)」の利益だけを考えた「悪政」の典型であると思います。
 患者が大病院を望んでいるなら、
零細開業医を淘汰し大病院化を進めるべきです。その方が高度で専門的な治療が可能となり、規模の拡大による効率化、サービスの向上、医療費抑制に繋がります。

 一般小売業の世界では、巨大スーパーと、コンビニが消費者に支持され、零細個人経営八百屋魚屋は淘汰されましたが、これは高品質の商品を廉価に大量に供給する結果となり、消費者に大きな利益をもたらしました。
 これに関して経営危機に陥った個人経営の商店を救済・復活するために、巨大スーパー・コンビニにだけ消費税を上乗せするなどして、営業を抑制するべきだという発想はありません(しかし、残念なことに巨大スーパーの出店を規制すべきだという考え方は根強く残っています)。

 そして、この事業者(開業医)本位、消費者(患者)軽視の
悪政に対して、何の批判もしないどころか、提灯持ちの役割を果たしているのがNHK、読売新聞他の日本のマスコミです。

平成27年11月24日  意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ