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「男女共同参画社会」について

 総理府「男女共同参画室」のホームページを見ました。その中の「ジェンダーインフォメーションサイトへようこそ」というページを見ると、そのわずか1,000文字余りぐらいの文書の中に「男女共同参画社会」という言葉が何と37回もくり返し使われているのを見て、私は何か尋常ならざるものを感じました。それは中国や北朝鮮で大衆を扇動する宣伝文書を連想させました。内容よりも、同じ言葉を繰り返し使うことにより、見るものを屈服させようとするものが感じられたからです。

 その次の「男女共同参画社会とは」というページには「男女共同参画社会」の定義が書いてありましたが、感覚的というか、情緒的というか、女子高校生の論文のような、きわめて非論理的な文章であると感じました。
 まず、最初に「男女共同参画社会とは、
男女が、社会の対等な構成員として、自らの意志によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、ともに責任を負うべき社会です」とあります。

 そもそもこの
「対等」という言葉が胡散臭く、まやかしであるように思います。「対等」とは何でしょう。日本国民は全て「法の下で平等」です。「法の下で平等」と言うことは「能力に差がない」と言うことでも「適性に違いがない」という意味でもありません。人間の中には数学の得意な人もいれば、駆け足の早い人もいます。絵の上手な人もいます。反対に数学が全くだめという人もいれば、走るのが苦手という人もいます。何をしても優れている人もいれば、何をやってもだめな人もいます。それでも全ての人は法の下には平等なのです。選挙の時は誰でも立候補できるし、投票するときは誰でも一人一票です。それは我々が法律でそう決めたからです。しかし法律でそう決めたからと言って人間の能力に差がなくなるわけではありません。選挙は平等だと言っても誰でもが議員になれるわけではありません。能力と意欲によってなれる人と、なれない人がいます。これを不平等だと言って、選挙を止めてくじ引きで決めようと言う人はいません。それは暴論です。入社試験、入学試験にしたって同じ事です。試験を止めて、くじ引きによって決めようと言うのは、結果の平等を求める悪平等 主義です。選挙に立候補する、試験を受けるという機会が平等であれば十分なのです。

 能力、適性に差があれば社会の全ての分野で、全ての人が対等とは行かなくなります。たとえば会社での地位、待遇は能力、適性によって差が出ます。会社生活で社長と平社員は対等ではありません。選挙に当選した議員と落選した政治家とでは、政治家として対等ではありません。「法の下で平等」であっても「対等」ではない人間関係は社会の至る所で見られるのです。これを「不平等」と言って非難する人はほとんどいないと思います。男と女の問題にしたって考え方は同じです。男の中、女の中での「対等」でない結果を認めて、
男と女の間の「対等」でない結果は認めないと言うのは非論理的だと思います。
 それは「男と女で能力、適性の相違が全くない」という、根拠のないことを前提にした議論であると思います。男女の能力差、適性差を示す証拠は、スポーツでも、科学でも、芸術でもいくらでもあると思います。現実に目をつむった議論は、いつか必ず破綻すると思います。

「・・・活動に参画する機会が確保され、もって
男女が均等に政治的、経済的、社会的、文化的利益を享受することができ・・・」とありますが、今言ったように、機会の均等は結果の均等を保証するものではありません。事業に挑戦する機会は万人に開かれていますが、全員が同じように成功を収めるわけではありません。均等に利益を享受する事を求めるのは能力、適性、意欲、実績を無視し、結果の平等だけを求める悪平等主義です。総理府の男女共同参画室の言う、「対等」や「均等」とは「法の下で平等」つまり、「機会の均等」ではなく「結果の平等」を意味している「悪平等主義」のように思われます。
 結果の平等を求めるのなら、審議会の委員だけでなく国会議員の定数も50%(成人の人口比率から言えば52〜53%か)を女性の枠にしろといわなければなりません。20%とか30%を目標にするのはなぜでしょう(末尾 その3参照)。根拠がないと思います。そして、責任についてだけ、「対等」と「均等」がなく
ともにとなっているのはなぜでしょう。

 次に、役割分担を目の敵のように非難していますが、これは不自然です。「桃太郎」の話しにある、「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ」という話しは役割分担として非難されるべきものでしょうか。「おじいさんと、おばあさんは二人で山へ柴刈りに」、「おじいさんとおばあさんは交替で川へ洗濯へ」と改めなくてはいけないのでしょうか。そんなことはないと思います。

 誰も「固定的な役割分担意識に囚われている」のではなく、役割分担が多くの人に支持されていると考える方が自然です。世界各地で同じような役割分担ができあがったことはそれなりの理由があったからだと思います。自分と考えが違うからと言ってその人を「・・・に囚われている・・・」と言う非難は不当です。逆の見方をすれば「女がしている家事、育児、介護をマイナス・イメージで観る考え方に囚われている」「男のすることは女もしなければならないとする考え方に囚われている」と言うことになります。
 「本当に豊かな社会を実現するためには・・・・
多様なライフスタイルを選択できる社会構造が不可欠です。・・・・」と言っておきながら、「夫婦で役割分担をする」生き方を認めず、全ての夫婦に夫の家事、育児を強要するのは矛盾しています。女性の中には伝統的に女性の役割と考えられている役割を望まない人もいるのは分かります。そういう人たちが、望む役割を果たせる機会が十分確保されていれば、それでよいのだと思います。望まない人にまで強要するのは間違いですし、どちらが正しいという問題ではないと思います。「諸外国と比較しても・・・」と簡単に言いますが、世界には様々な国があります。、イスラム教国が男女共同参画社会であるとは思えません。通り一遍の言い方は誤りです。
「固定的な男女役割分担云々」と言う考え方の方が「固定的な考え方」だと思います。
 「私たち一人一人が固定的な男女の役割分担意識を改め・・・」といっていますが、なぜ国家が国民に対して、「男女の役割分担に肯定的な考え方を持っている者は、考えを改めよ」と強要するのでしょうか。国が音頭をとって国民に対して、特定の考え方に統一しようと言う発想は大変危険なものがあると思います。

 「共同参画」と言う言葉も少し変です。今の日本は男が「単独参画」している社会なのでしょうか。参画とは何かに加わるということです。この世には男と女しかいないのですから男が「単独参画」しているというのは変です。言うとすれば「女性の社会参画」と言うべきだと思います。男は既に「参画」しているのですから。「共同参画」とは未だ参画していない二者が新たに共同で参画するという意味だと思います。
 男女が家庭で「共に参画する」とはどんなことを言うのでしょう。内容もお粗末ですが国語の上でもいやに「参画」にこだわった、悪文であると思います。

 書店に行っても、男の読む本と、女の読む本は、はっきり分かれています。これは出版社や書店が“固定観念”に囚われているのが原因であるとは思えません。男と女の違いはこの人たちが考えているほど小さくはないと思います。
 欧米人の男女平等という考え方は、ゴルフやボウリングのように、劣っているものにハンディキャップを与えて、共に楽しむという考え方であると思います。それは一つの考え方として、理解できますが、「男女共同参画室」の主張は理解できません。
 男女の能力差があるといってもその差はわずかであったり、分野によっては全く差がない場合もあります。ところが今の社会では能力に10%の差しかないのに、待遇面でそれ以上の差が付けられたり、全く評価されず、受け入れられない場合があります。これらの点は改められなければならないと思います。

平成10年6月20日        ご意見・ご感想は   こちらへ    トップへ戻る   I目次へ

総理府ホームページより
(その1)
ジェンダーインフォメーションサイトへようこそ
「平成9年度版男女共同参画の現状と施策」(定価2700円)
政府刊行物サービスセンターにおいて発売中
(〒100 東京都千代田区霞ヶ関1-2-1 TEL:03-3504-3885)
村岡兼造内閣官房長官・男女共同参画担当大臣からのメッセージ
男女共同参画社会とは?
男女共同参画社会の実現に向けた政府の取組
推進体制図
男女共同参画推進本部主管課一覧
新たな国内行動計画策定までの流れ
国内行動計画の変遷
男女共同参画推進本部
男女共同参画推進本部設置根拠(閣議決定)
男女共同参画推進本部会議及び男女共同参画担当官会議開催実績
男女共同参画推進本部決定・申し合わせ
男女共同参画2000年プラン(概要)
男女共同参画2000年プラン(全文)
男女共同参画2000年プラン体系図
男女共同参画審議会(平成9年4月1日〜)
男女共同参画社会基本法(仮称)の論点整理(男女共同参画審議会基本問題部会)(平成10年6月16日)NEW
設置根拠(男女共同参画審議会設置法、男女共同参画審議会令)
委員名簿
男女共同参画審議会第1回会合について(報道発表資料)
男女共同参画社会の実現に向けた今後の推進体制の在り方に関する基本的考え方について(会長声明)
男女共同参画審議会総会(第4回)の開催について(お知らせ)
男女共同参画審議会基本問題部会の今後の運営方針及び小委員会の設置について
男女共同参画審議会議事録
(旧)男女共同参画審議会(平成6年6月24日〜平成9年3月31日)
設置根拠(総理府本府組織令、審議会令)
開催状況
諮問・答申
男女共同参画ビジョン(答申・平成8年7月30日)
その他
男女共同参画推進連携会議(えがりてネットワーク)
開催根拠
構成員
活動状況
広報パンフレット(みんなが幸せな社会のために)
男女共同参画に関するイラスト、写真、標語の募集の審査結果について
女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約
女子差別撤廃条約について
女子差別撤廃委員会
第4回世界女性会議関連資料
第4回世界女性会議の概要
第4回世界女性会議の概要
北京宣言
行動綱領
野坂首席代表演説
男女共同参画の現状と施策(男女共同参画白書、概要版)(平成9年7月)
男女共同参画の現状と施策(男女共同参画白書、報道発表資料)(平成9年7月)
女性の現状と施策(女性白書、概要版)(平成8年3月)
男女共同参画に関する法律・施策等〜エンゼルプラン、男女雇用機会均等法、セクシュアル・ハラスメントの概念等〜(ナイロビから北京へ−10年の歩み−より抜粋)
男女共同参画に関する4か国意識調査(日本、アメリカ、スウェーデン、ドイツ)
報道発表資料
世論調査
女性問題関連情報
えがりて(男女共同参画推進本部ニュース)NEW
女性行政情報(地方公共団体の動き)NEW
行事・会議関連情報
男女共同参画宣言都市紹介
「男女共同参画2000年プラン」情報・相談窓口一覧NEW
女性のための総合的な施設一覧(都道府県・指定都市)NEW
都道府県・指定都市女性問題担当部課(室)一覧(H10.2.3現在)
国際婦人年日本大会の決議を実現するための連絡会(略称 国際婦人年連絡会)(全国組織・51団体)一覧(H9.3.25現在)
国連婦人の地位委員会合意結論等
統計資料
男女共同参画白書(平成9年7月)附属統計表(抜粋)
女性の政策決定参画状況調べ(平成9年3月)(抜粋)
他のWWWサイトへ

その2)
男女共同参画社会とは?
「男女共同参画社会」とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意志によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」です。すなわち、男女の人権が等しく尊重され、社会参加意欲にあふれた女性が自らの選択によって生き生きと活躍でき、男性も家庭や地域で人間らしい生き方を楽しめる、お互いが支えあい、利益も責任も分かちあえる、いわば、女性と男性のイコール・パートナーシップで築き上げるバランスのとれた社会像です。
 本当に豊かな社会を実現するためには、育児や介護を家庭で女性だけが担い、もっぱら男性は外で働いて税金や年金などの国民負担を支える等の固定的役割分担にとらわれず、男女にかかわらず多様なライフスタイルを選択できる社会構造が不可欠です。しかし、我が国の現状を見ると、法律・制度上では男女平等がほぼ達成されつつあるものの、女性の政策・方針決定への参画、職場における能力発揮は十分ではないほか、女性の家事・育児・介護における負担が重く、また、伝統的に男性の家事や育児への参加が「男らしくない」とされる傾向が残っているなど、さまざまな面での男女共同参画が諸外国と比較しても不十分であり、「男性は仕事、女性は家庭と子育て」などの固定的な男女の役割分担意識は
依然として根強く残っています。
 私たち一人一人が固定的な男女の役割分担意識を改め、男女が政治の場にも、職場にも、家庭でも共に参画し、生き生きと充実した人生を送ることができる社会を実現しましょう。

(その3)
国の審議会等における女性委員の登用の促進について
平成8年5月21日
男女共同参画推進本部決定

 標記については、「西暦2000年に向けての新国内行動計画(第1次改定)」において、1995年までに指導的地位に就く女性の割合を少なくとも30%に増やすというナイロビ将来戦略勧告をも踏まえ、西暦2000年における審議会等の女性委員の割合の飛躍的な上昇を目指すこととし(基本的施策)、具体的には平成7年度末までに女性委員の割合を総体として15%とする(具体的施策)との目標を掲げ、その実現に努めてきた。今般、この具体的目標を達成したことを踏まえ、今後は、国際的な目標である30%をおよそ10年程度の間に達成するよう引き続き努力を傾注するものとし、当面、平成12年(西暦2000年)度末までのできるだけ早い時期に20%を達成するよう鋭意努めるものとする。