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医学と人類の将来 −阿久根市の竹原市長が提起した問題−
鹿児島県阿久根市の竹原市長が、自身の2009年11月8日付けのブログ記事の中で、「高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果養護施設に行く子供が増えてしまった」と書いたことが、激しい批判に晒されています。
12月12日の読売新聞には、「障害者の家族の心を土足で踏みつけにした」、「障害者の方々を差別するとしか取れない表現で書き込みをしている。強い憤りを覚え、看過できない」、「私たちは一生懸命子育てをしています。よろしくお願いします」などの、抗議の声だけが紹介されています。これらの批判は、発言の本質から目をそらせた、単なる感情論のオンパレードで、読者を愚弄すること甚だしいと思います。
自然界の生物は、自然の摂理、つまり、自然淘汰、適者生存の掟の中で生存しています。人類はいくら高等動物とは言え、その掟から逃れることは出来ません。人類に限って全員が適者と言うことはあり得ません。その掟から逃れられるなどと考えるのは、(キリスト教的に言えば)神を畏れぬ思い上がりという他はありません。人間は皆平等には生まれてきていない現実を直視しなければなりません。平等なのは人が作った、抽象的な「権利」だけであって、現実の人間は決して平等ではありません。現実を直視することは必要かつ有意義であって、決して差別ではありません。
医学の進歩と福祉の思想は、以前であれば淘汰されていた人間を生きながらえさせ、その人が子孫を残すことを可能にしてきました。それは、近々100年ぐらいの間の出来事で、世代で考えれば、せいぜい2〜3世代の出来事に過ぎません。影響が現れてくるとすれば今後のことです。
影響は先天的な障害・異常を持った子供の出生率の上昇という形で現れてくるでしょう。そして、その上昇は加速度的だと思います。そうなったときに、今よりも相対的に少数になっていく健常者が、重い負担を負わされることは必定だと思います。
平成21年12月27日 ご意見・ご感想は こちらへ トップへ戻る 目次へ