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「103万円の壁」の欺瞞と「働き方の選択に対して中立的な税制」 -税制以外は中立的でなくていいのか-

 11月14日のNHKニュースは「『103万円の壁』是正へ 配偶者控除上限引き上げ 政府税調」と言うタイトルで、次のように報じていました。
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「103万円の壁」是正へ 配偶者控除上限引き上げ 政府税調
11月14日 17時45分 NHK

 政府の税制調査会は所得税の「配偶者控除」についてパートタイムなどの女性が働く時間を調整して給与収入を
抑えるいわゆる「103万円の壁」を是正するために、控除を受けられる収入の上限を引き上げることなどを盛りこんだ中間報告をまとめました。

 政府税制調査会は14日開いた総会で来年度の税制改正の焦点になっている所得税の「配偶者控除」の見直しなどについて、中間報告をまとめました。

 配偶者控除は、たとえば妻の年間の給与収入が103万円以下の場合、夫の所得から一律38万円を控除して税を軽減する仕組みです。ただ、この控除があるため、収入が上限を超えないよう働く時間を抑えるパートタイムの女性も多く、いわゆる「103万円の壁」と呼ばれています。

 
中間報告では、女性が働きやすい環境づくりが重要となる中働く時間を意図的に抑える実態の是正が「喫緊の課題」になっているとして、控除を受けられる給与収入の上限を引き上げることなどを盛り込みました。

 今後、与党の税制調査会で具体的な検討を進めますが、上限を130万円程度や
150万円程度に引き上げる案などが浮上しています。

 ただ、この場合、税収が全体として減ることになるため厳しい財政事情を踏まえ、所得の高い一部の世帯について配偶者控除の対象から外して税負担を増やすことも検討されていて、今後、論議を呼びそうです。

 政府税調ではこれまで「配偶者控除」をやめて
配偶者の収入がいくらであるかにかかわらず、控除を適用する「夫婦控除」という新たな仕組みも検討してきましたが、今回、税収の減少額が「相当額」にのぼり、「課題がある」と指摘しました。

 一方、今回の中間報告で政府税調は、多くの企業が配偶者控除に連動するように、妻の収入が103万円以下の従業員に支給している
「配偶者手当」も女性が働く時間を抑えることにつながっていると指摘し、企業側に見直しを促しました。

国民的な議論望む

 
総会のあとの会見で政府税制調査会の中里実会長は、配偶者控除の見直しについて、「家族のあり方や働き方に深く関わるので今後、国民的な議論を望みたい。働き方を妨げない仕組みは税制のみでは達成できず社会保険制度などとあわせ総合的な対応が必要だと思うので、政府全体での取り組みを期待したい」と述べました。
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 NHKの報道を見ると、いわゆる配偶者控除の問題とは、
「103万円の壁」の問題であると主張していると思われます。この壁があるために、働く女性は「働く時間を抑制せざるを得ず」、その結果「女性が働きにくい環境」となっている。従って配偶者控除を見直し、「女性が働きやすい環境を作る」ことが喫緊の課題であると言う認識が、前提となっていると考えられます。

 そしてその為の提案として、
103万円の限度額を引き上げる(障壁の高さを下げる)提案がなされたと言う事のようです。これは、問題認識としては従来と同じであるにもかかわらず、従来の夫婦控除提案などに見られた実質的な配偶者控除の廃止案から拡充へと、コペルニクス的大転換を遂げた画期的な提案と言うべきだと思います。

 税調は企業が配偶者手当と連動して採用している配偶者手当も、今回の配偶者控除の見直しに併せて見直すように求めていますが、この趣旨は当然配偶者の収入103万円の限度額を配偶者控除にあわせて引き上げるように求めたものと理解されます。それ以外に理解のしようがありません。

 ところが報道の最後の部分で、政府税制調査会の中里実会長が、
「働き方を妨げない仕組み」について言及している部分がありますが、103万円の限度額を引き上げてもなお、「妨げ」の問題が残るのでしょうか。限度額を無制限にしないと「妨げ」がある事になるのでしょうか。そういう主張している人がいるとは信じられません。

 このように考えてくると、税調の問題認識
(103万円の壁)と、対策としての103万円の限度額引き上げとがかみ合っていないのではないかという思いが拭えません。

 そこで「中間報告」の全文に当たってみました。「中間報告」は下記の通りです。
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平成28年11月14日
税制調査会
経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告
http://www.cao.go.jp/zei-cho/shimon/28zen8kai3.pdf

 個人所得課税については、本年6月2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2016」において、「政府税制調査会が取りまとめたこれまでの論点整理に沿って、同調査会における更なる議論も踏まえつつ、経済社会の構造変化を踏まえた税制の構造的な見直しを計画期間中のできるだけ早期に行う」とされている。
 当調査会においては、これまで、「一次レポート」(「
働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理(第一次レポート)」平成26年11月7日・税制調査会)及び「論点整理」(「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理」平成27年11月13日・税制調査会)をとりまとめてきた。
 これらの論点整理を通じ、当調査会は、
多様な働き方に中立的な仕組みを構築するとともに、安心して結婚し子供を産み育てることができるようにするなど若い世代に光を当てることが必要であると指摘してきた。こうした取組みは、人々がその能力を一層発揮できるようにすることに寄与し、ひいては日本経済の潜在力の発揮にもつながっていくものである。
 今後、新たな任期の下においても、こうした基本的な考え方を堅持しつつ、引き続き議論を継続していく。個人所得課税改革については論点が多岐にわたることから、まずは、
働き方の選択に対して中立的な税制の構築に関する点を中心に議論を行い、今後の検討に供するため本中間報告をとりまとめた。

1.
働き方の選択に対して中立的な税制の構築

⑴配偶者控除の趣旨・経緯
 納税者が、合計所得金額が一定金額以下の配偶者を有する場合、その納税者本人の税負担能力(担税力)の減殺を調整する趣旨から、配偶者控除が設けられている。
 配偶者については、かつては1人目の扶養親族として扶養控除が適用されていたが、夫婦は相互扶助の関係にあって一方的に扶養している親族と異なる事情があることなどに鑑み、所得税においては昭和36年に、個人住民税においては昭和41年度に、扶養控除から分離する形で配偶者控除が創設された。配偶者控除として分離された後も、収入の少ない者を扶養している納税者の担税力に配慮する仕組みという性格は維持されており、こうした仕組みには、民法上、夫婦間に扶助義務が存在することも影響を与えていると考えられる。
その後、昭和62年・63年の抜本的税制改革の際には、納税者本人の所得の稼得に対する
配偶者の貢献に配慮し、税負担の調整を図る観点や、パートで働く配偶者の所得が一定額を超える場合に配偶者控除が適用されなくなり、かえって世帯全体の税引き後の手取り額が減少してしまうという逆転現象への対応の観点などから、配偶者控除に加えて、配偶者特別控除が逓減・消失控除の形で創設された。
 配偶者特別控除の創設当初は、配偶者控除が適用される配偶者についても、配偶者控除に上乗せする形で、言わば「二つ目」の控除を適用しており、納税者本人や他の扶養親族に対する配慮と比べ配偶者に過度な配慮を行う結果となっているとの指摘があった。そのため、平成15年度税制改正において、配偶者控除が適用される配偶者に対する「上乗せ措置」の部分を廃止する一方で、配偶者特別控除は、パート労働者の就労を阻害しないよう、税引き後の手取り額の逆転現象に対する配慮措置として引き続き存続することとされた。
この結果、配偶者の合計所得金額が38万円以下(配偶者の所得が給与所得のみである場合には給与収入が103万円以下)である場合には納税者本人に配偶者控除(所得税:38万円、個人住民税:33万円)が適用され、配偶者の合計所得金額が38万円超76万円未満である場合には納税者本人(合計所得金額が1,000万円以下の場合に限る。)に配偶者特別控除(所得税:最高38万円、個人住民税:最高33万円)が適用されるという現在の姿となっている。
現在では、
配偶者控除は約1,500万人に、配偶者特別控除は約100万人(所得税:平成28年度予算ベース)に適用されており、広く社会に定着した控除の1つとなっている。

⑵配偶者控除に関する問題点の指摘と見直しの意義
 配偶者控除や配偶者特別控除が創設された時代と比較すると、正社員の終身雇用・年功賃金を中核とする雇用システムの構造変化を背景に、男性の雇用者と無職の妻からなる「片働き世帯」は減少する一方で、「共働き世帯」、特に、「夫フルタイム・妻パートタイムの世帯」が増加している。また、今後も
生産年齢人口の減少が続くと見込まれる中で、働きたい女性が働きやすい環境づくりが重要となる。このように、人々の働き方や家族のあり方などを巡る状況も大きく変化している中、意欲、個性や能力に応じて希望を持って働くことができるシステムの構築が求められているが、配偶者控除について、「片働き世帯」が一方的に優遇されていることは不公平ではないかとの指摘がある。
 また、「パート世帯」においては、配偶者が基礎控除の適用を受けるとともに納税者本人も配偶者控除の適用を受けている(いわゆる「二重の控除」が行われている)ため、「片働き世帯」や
「共働き世帯」よりも控除額の合計額が多く、アンバランスが生じているとの指摘がある。
 就業調整との関連では、前述のとおり、配偶者特別控除の導入により、配偶者の給与収入が103万円を超えても世帯の手取り収入が逆転しない仕組みとなっており、税制上、いわゆる「103万円の壁」は解消している。他方で、配偶者特別控除の導入後も、配偶者が就業時間を調整することにより、納税者本人に配偶者控除が適用される103万円以内にパート収入を抑える傾向があるとの指摘がある。こうした傾向の要因として、配偶者控除に係る「103万円」という水準が企業の配偶者手当の支給基準として援用されているためではないか、また、いわゆる「103万円の壁」が引き続き心理的な壁として作用しているためではないか、といった指摘もなされている。
 
働き方の選択に対して中立的な仕組みの構築に向けては、家族や働き方等を巡る状況の変化を踏まえ、これからの社会によりふさわしい税制を構築する観点から、税制面で更なる見直しを進めていくことが必要である。


 (参考)いわゆる世帯単位課税に対する考え方については、「一次レポート」において、以下のようにとりまとめている。
家族の構成等に応じて税負担を調整する仕組みとして、いわゆる世帯単位課税という考え方がある。
 (注)世帯単位課税の仕組みとして、2分2乗方式がある。2分2乗方式とは、夫婦の所得を合算し、それを「2分」した金額について税率表を適用して算出した金額を「2倍」して税額を算出する方式。
 世帯単位課税の仕組みの一つである2分2乗方式の下では、世帯の所得に応じて適用される累進税率が平均化されるため、
 ・
「共働き世帯」に比べて「片働き世帯」が有利になること・高額所得者に税制上大きな利益を与える結果となること
 ・納税者本人が高所得で高い累進税率が適用されている場合には、配偶者が就労して得る所得に対しても高い累進税率が適用され、就労時の所得税負担の増加額が大きいため、配偶者の就労に抑制的な効果が働く可能性があること
等の問題点がある。このため、6月(注:平成26年)にとりまとめた「論点整理」においても指摘したとおり、個人単位課税を基本とすべきと考えられる。

⑶配偶者控除の見直しの選択肢に対する考え方
 当調査会は「一次レポート」で示された選択肢を踏まえて議論を行った。その結果、
働き方の選択に対して中立的な税制を構築する観点から現在の配偶者控除を更に見直すことが適当であり、その際には税収中立を堅持する必要があるとの方向性で一致した。また、後述の「2.所得控除方式の見直し」でも触れるように、担税力の減殺を調整する必要性や所得再分配機能の回復の観点から高所得者にまで税負担の軽減効果を及ぼす必要性は乏しいとの認識を共有した。他方、具体的な制度の案については委員の間に様々な意見があり、整理すると以下のとおりである。
 
配偶者控除を廃止するとともに廃止によって生じる財源を子育て支援の拡充に充てるとの案(「一次レポート」の選択肢A-1)は、配偶者が無業者、パートタイム労働者またはフルタイム労働者のいずれであっても控除が適用されず、配偶者の収入が納税者本人の税負担に一切影響しない中立的な仕組みになるとともに、政策的な支援の対象を子育て世代に重点化する考え方である。
 他方、一定の収入以下の配偶者、特に、介護等の様々な理由で収入を得ることのできない配偶者を有する者について担税力の減殺を調整しないのは、納税者本人が高所得者である場合は別としても、個人の担税力の大きさに着目する現行の所得税制において、他の控除との整合性も含め問題があるのではないか、といった課題がある。前述のとおり、配偶者控除が広く納税者に適用されている中では、廃止による影響が大きい点は否めない。
また、子育て支援の拡充に当たっては、税制が多くの役割を果たすことには限界があるため、社会保障制度における給付の方がより効果的に支援を行うことができると考えられる。こうした場合には、配偶者控除の廃止により生じる財源を子育て支援に係る給付に充てるための仕組みの構築が重要であり、歳出面も組み合わせて財政中立とすべきである。
配偶者控除に代えて移転的基礎控除を税額控除方式で導入するとの案(「一次レポート」の選択肢B-2)については、
働き方の選択に対して中立的な税制となることに加え、所得再分配機能の回復にも資する点が特徴である。
 他方、個人単位課税を基本とする我が国の所得税制において世帯単位で税負担を捉える考え方を導入することをどう考えるか、多数の納税者について控除の移転が行われると考えられる中で配偶者の所得を適時・正確に把握して納税者本人に課税を行うことは実務上困難である、といった課題がある。
 配偶者控除に代えて夫婦世帯を対象とした新たな控除を設けるとの案(「一次レポート」の選択肢C)は、一定の収入以下の配偶者を有する者について担税力の減殺を調整するという趣旨ではない点で配偶者控除とは異なる新たな控除を設けるものであり、制度設計次第で様々な論点が生じる。
 少子化対策の観点からまずは夫婦の形成を支援することに意義があるが、夫婦ではなく子供に着目した支援を行う方が直接的ではないか、離別や死別により支援がなくなることをどう考えるべきか、といった課題がある。
 また、控除の対象となる者の収入に制限を設けない場合、担税力への配慮や税負担の公平性の観点から、高所得者の夫婦世帯にまで新たな控除を適用する必要があるのか、控除全体の規模が現行よりも拡大することに伴う相当額の財源をどのように確保するのか、といった課題がある。こうした課題に対応するためには、控除の対象となる者の収入を一定額以下に限ることが考えられる。
 なお、前述のとおり、配偶者控除に係る「103万円」という水準が企業の配偶者手当の支給基準として援用されていることなどが就業調整という喫緊の課題の一因ではないかとの指摘に対応する観点から、配偶者控除について、
税収中立の考え方を踏まえつつ、配偶者の収入制限である「103万円」を引き上げることも一案との意見があった。
 この問題は、
家族のあり方働き方に関する国民の価値観に深く関わる問題でもあることから、国民的議論が十分に尽くされることを望みたい。

⑷他の制度・政策との関係
 働き方の選択に対して中立的な仕組みの構築は、税制のみで達成できるものではなく、被用者保険制度やワーク・ライフ・バランスの実現といった労働政策などの関連する制度・政策における取組みも極めて重要であり、総合的な対応が必要である。
 また、配偶者が一定の収入(例えば103万円)以下であることを支給の要件とする企業の配偶者手当も、就業調整を生じさせる大きな要因となっている。こうした手当制度を有する企業に対しては、国家公務員の扶養手当に係る見直しに向けた動きも踏まえ、労使による真摯な話合いの下、就業調整に係る問題を解消する観点からの抜本的な見直しを強く求めたい。

2.所得控除方式の見直し
 現在の人的控除等で採用されている所得控除方式は高所得者ほど税負担の軽減額が大きいことを踏まえ、所得再分配機能を回復する観点から、そのあり方について見直しを行う必要がある。主要諸外国における負担調整の仕組みも参考にしつつ、具体的には、ゼロ税率方式(参考1)や税額控除方式(参考2)のように収入にかかわらず税負担の軽減額が一定となる仕組みとすることも一案であるが、現在の所得控除方式が広く定着していることを重視する観点からは、所得控除方式を維持しつつ高所得者について所得控除額が逓減・消失する仕組み(参考3)とすることも考えられる。こうした仕組みの導入により、現在の所得控除方式と比べ、より累進的な税負担の構造を実現することが可能となる。

 (参考1)ドイツ、フランス等の諸外国においては、所得控除方式の基礎控除が存在しない一方、課税所得の一部にゼロ税率を適用する制度が導入されている。
 (参考2)カナダにおいては、基礎控除等の人的控除について、一定の所得金額が設定され、この額に最低税率を乗じた金額を税額から控除する仕組みが採用されている。こうした仕組みは、当該一定の所得金額が、最低税率が適用される所得のブラケットの範囲内であれば、ゼロ税率と同様の効果がある。
 (参考3)アメリカの人的控除やイギリスの基礎控除においては、所得控除の仕組みとしたままで、控除額に一定の上限を設け、所得の増加に応じて控除額を逓減・消失させる仕組みが採用されている。いずれの仕組みを採用する場合でも、それぞれの控除の性格や経済社会の構造変化も踏まえつつ見直しの要否を検討した上で、納税者にとってできるだけ簡素な制度を構築する観点から、見直しを行うことが重要である。
 見直しに当たっては、所得再分配機能の回復と働き方の選択に対して中立的な仕組みの構築といった他の施策とを異なる政策目的として区別して進めることが重要であり、また、負担構造のあるべき姿について検討する必要がある。特に、個人所得課税における所得再分配機能の発揮のあり方や税制全体における位置づけ、社会保障制度における給付との関係なども勘案しつつ、丁寧に議論していく必要がある。

3.
働き方の多様化等を踏まえた諸控除の見直し
 「論点整理」でも指摘したとおり、働き方は様々な面で多様化している。例えば、請負契約等に基づいて働き、使用従属性の高さという点でむしろ雇用者に近い自営業主の数は、雇用者数と比較すれば少数であるものの、自営業主全体に占める割合が高まっていることも指摘されている。給与所得と事業所得を明確に分ける意義が薄れてきていることに加え、今後、ICT化の進展等により働き方の多様化が進展すると見込まれることを踏まえれば、こうした所得分類による税制上の取扱いの差を解消することが一層重要になるものと考えられる。家族のセーフティネット機能が低下していることも併せ考えると、所得の種類ごとに担税力を調整するのではなく、人的な事情に応じて配慮を行うことの重要性が高まっている。
 これらの変化を踏まえると、個人所得課税において、家族構成などの人的な事情に応じた負担調整を行う「人的控除」の役割の重要性が高まっていると考えられる。したがって、諸外国の制度も参考にしながら、給与所得控除や公的年金等控除のような「所得計算上の控除」と、基礎控除のような「人的控除」のあり方を全体として見直すことを検討すべきである。こうした見直しを通じ、人的な事情に応じた配慮を行うとともに、個々人のライフスタイルに合わせて
多様な働き方を自由に選択できるようにすることに寄与することが期待される。
 こうした見直しは、給与所得や事業所得など各種所得に対する課税のあり方や所得税の負担構造を大きく変えることとなるため、適正な課税のあり方や負担構造のあるべき姿について検討が必要である。個人所得課税に係る所得情報を用いている
社会保障制度における給付等に与える影響にも留意しなければならない。具体的な制度設計については、今後、当調査会において納税環境整備に係る議論が行われていくことも踏まえつつ、引き続き、丁寧に議論していく必要がある。

4.老後の生活に備えるための自助努力を支援する
公平な制度の構築
 「論点整理」でも指摘したとおり、公的年金の給付水準について中長期的な調整が行われていく見込みとなっている中、公的年金の役割を補完する観点からも、老後の生活に備えるための個人の自助努力を支援する必要性が増している。こうした自助努力に関連する制度としては、現在の企業年金・個人年金等に関連する諸制度や、勤労者財産形成年金貯蓄やいわゆるNISAなどの金融所得に対する非課税制度が存在する。これらの制度については、就労形態や勤務先企業によって、また、投資対象となる金融商品によって、利用できる制度が細分化されており、税制上受けられる支援の大きさも異なっている。
 老後の生活に備えるための個人の自助努力を支援する観点からは、
個人の働き方やライフコースに影響されない公平な制度を構築していくことが重要である。他方、企業が設けている福利厚生制度も含め既に様々な制度が存在している中、多くの納税者が長期的な観点から資産運用や生活設計を行っていることにも留意しつつ、社会保障制度等の関連する政策との連携を含めた総合的な対応を検討する必要がある。まずは、こうした実情も踏まえた専門的・技術的な見地から専門家の間で論点を整理した上で議論を行うことが適切である。また、こうした制度の構築には昨年より導入されている個人番号の活用が有用と考えられるが、その利用状況も念頭に置く必要がある。

5.個人住民税のあり方
 地方自治を支える基幹税である個人住民税のあり方を考える場合、人口減少や高齢化が地域ごとに様々な様相で進行し、また、働き方の多様化や家族のセーフティネット機能の低下という社会状況の変化がある中、地域における社会的なセーフティネットを提供する地方公共団体に期待される役割が一層大きくなっていることを踏まえ、その役割を十分に果たしていくための住民サービスの財源を適切に確保する観点が極めて重要である。
 したがって、
働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめ、個人所得課税改革を進める上で、個人住民税においても、近年の地方財政を取り巻く厳しい現状の下、税収中立の考え方を基本として行っていく必要がある。
 また、個人住民税は、比例税率化を通じて応益課税としての性格がより明確になっていることから、配偶者控除をはじめ諸控除を見直す場合、税率構造や地方の基幹税としての役割、地域社会の会費を住民がその能力に応じて広く負担を分任するという独自の性格(地域社会の会費的性格)を踏まえた検討が必要である。
 検討に当たっては、論点整理でも指摘したように、税収の地域間格差、納税義務者数の維持及び社会保障制度と個人住民税制度が実質的にリンクしていることに留意が必要である。

6.おわりに
 昨年6月30日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2015」においても示されているとおり、我が国の厳しい財政事情も踏まえれば、個人所得課税改革は、税収中立の考え方を基本として行っていく必要がある。改革を通じて、全ての世代が年齢ではなく負担能力に応じて負担し支え合う仕組みを目指すなど、これからの社会によりふさわしい負担構造を構築するとの視点も重要である。中長期的には、財源調達機能を向上させていくことにも取り組む必要がある、との意見が多かった。
 個人所得課税改革は、人々の生活に密接に関連するものであるとともに、
国民の意識や価値観にも深く関わるものであることから、「一次レポート」や「論点整理」でも触れたとおり、幅広く丁寧な国民的議論ができるだけ早期に行われていくことを期待したい。当調査会としては、専門的・技術的な観点から丁寧な議論を積み重ねることを通じ、こうした国民的議論に資するよう、今後も検討を継続していくこととしたい。
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 内容が膨大で、非常に間口の広い議論を展開しているため、読むのが大変ですが、要旨とすれば、最初の部分で、
「1.働き方の選択に対して中立的な税制の構築」ある事からも、配偶者控除問題に対する税制調査会(以下「税調」)の基本的認識はこの点にあると思います。つまり、現在の配偶者控除は「片働き世帯」が一方的に優遇されていて不公平だという認識です。

 こう考えてくると、今回の
限度額引き上げの対策は、不公平を助長するもので、何の対策にもなっていません。しかも、このNHKのニュースに代表されるように、今のマスコミ報道は、「今の配偶者控除制度は103万円の壁が有り、その壁が配偶者控除の対象となっている働く女性を抑制しているので、配偶者控除制度をなくしてその壁を取り払い、彼女達が働きやすい環境を作るべきだ」というものですから、そもそも見直しが誰のためなのかという肝心な点で、税調の問題認識と、マスコミ報道とが乖離しています。

 
税調の問題認識と対策案(103万円の限度額引き上げ)も整合しておらず、整合していない対策を誰も批判しないという信じられない事態と言わなければなりません。
 こういう提案に対して、今まで夫婦控除の創設など実質的な
配偶者控除の廃止を主張していた女性達が、怒りの声を上げないというのも大変不可解です。
 考えられるのは、
「103万円の壁云々」は偽りの認識で有り、それは本当の認識である「配偶者控除は不公平だ」という認識を覆い隠すための偽装であると言うことだと思います。

 なぜ偽装するかと言えば、税制の不公平、
「働き方の選択に対して中立的な税制」を主張すれば、反対に共働きの人たちが受けている様々な社会福祉の上での恩恵も,「働き方の選択に対して中立的な福祉制度とはいえないものが多数有り(例えば有給の育児休業制度、共働きの人たちの「不公平」の主張に理がないことが明らかになるからだと思います。

平成28年11月19日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ