I73
「新しい経済政策パッケージ」は支離滅裂の総花的パッケージ −少子高齢化対策の効果に疑問−

 12月8日発表の内閣府の「新しい経済政策パッケージ」に、「少子化対策」として多くのことが盛り込まれていますので、それについて考えてみました。
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新しい経済政策パッケージ ( http://www5.cao.go.jp/keizai1/package/package.html )
(目次)
第1章 はじめに ------------------------------------------ 1−1
第2章 人づくり
革命 ------------------------------------- 2−1
 1.
幼児教育の無償化
 2.
待機児童の解消
 3.
高等教育の無償化
 4.
私立高等学校の授業料の実質無償化
 5.介護人材の処遇改善
 6.これらの施策を実現するための安定財源
 7.財政健全化との関連
 8.来年夏に向けての検討継続事項
 9.規制制度改革等
第3章 生産性革命 ---------------------------------------- 3−1
(中略)
第4章 現下の追加的財政需要への対応 ------------------- 4−1
(中略)

1−1
第1章 はじめに
 この5年間、アベノミクス「改革の矢」を放ち続けたことで、我が国経済の停滞を打破することができた。政権交代後、極めて短い期間で「デフレではない」という状況を作り出す中で、名目GDPは過去最高となり、実質GDPはプラス成長を続け、企業収益は過去最高の水準になった。また、国民生活に最も大切な雇用についても、大きく改善した。就業者数は、185万人増加した。有効求人倍率は、史上初めて47都道府県で1倍を超え、正社員の有効求人倍率は、調査開始以来、初めて1倍を超えた。この経済の成長軌道を確かなものとし、持続的な経済成長を成し遂げるための鍵は、
少子高齢化への対応である。

 少子高齢化という最大の壁に立ち向うため、生産性革命と人づくり革命を車の両輪として、2020年に向けて取り組んでいく。世界に胎動する「生産性革命」を牽引し、これを世界に先駆けて実現することを、2020年度までの中期的な課題と位置付け、3年間を集中投資期間として期限を区切り、その実現に取り組む。また、「人づくり革命」は長期的な課題であるが、2020年度までの間に、これまでの制度や慣行にとらわれない新しい仕組みづくりに向けた基礎を築く。その財源は、2019年10月に予定している消費税率の引上げによる増収分であり、2020年度からは年間を通じた増収分を財源とすることが可能となる。

 生産性革命と人づくり革命により、経済成長の果実を活かし、社会保障の充実を行い、安心できる社会基盤を築く。その基盤の下に更に経済を成長させていく。こうした成長と分配の好循環を強化し、若者も、お年寄りも、女性も、男性も、障害も難病のある方も、誰もが生きがいを感じ、その能力を思う存分発揮することができる、一億総活躍社会を創り上げなければならない。
 
一億総活躍社会の未来を切り開くことができれば
少子高齢化の課題も必ず克服できる、そうした強い決意の下、現実に立ちはだかる様々な壁を一つ一つ取り除いていく。
 人づくり革命を断行し、
子育て世代、子供たちに大胆に政策資源を投入することで、社会保障制度をお年寄りも若者も安心できる全世代型へと改革し、子育て、介護などの現役世代の不安を解消し、希望出生率1.8介護離職ゼロの実現を目指す。

 生産性革命を実現し、人工知能、ロボット、IoTなど、生産性を劇的に押し上げるイノベーションを実現していく。人手不足に悩む中小・小規模事業者も含め、企業による設備や人材への投資を力強く促進する。あらゆる施策を総動員し、力強い賃金アップと投資を後押しすることで、デフレ脱却を確実なものとし、名目GDP600兆円の実現を目指す。
 成長し富を生み出し、それが国民に広く均霑きんてんされ、多くの人たちがその成長を享受できるという成長と分配の好循環を確立し、力強く成長していく。

(中略)

1.
幼児教育の無償化
(幼児教育・保育の役割)
20代や30代の若い世代が
理想の子供数を持たない理由は、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が最大の理由であり、教育費への支援を求める声が多い。子育てと仕事の両立や、子育てや教育にかかる費用の負担が重いことが、子育て世代への大きな負担となり、我が国の少子化問題一因なっている。

1 国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(夫婦調査)」(2015年)によると、妻が50歳未満である初婚同士の夫婦のうち、予定子供数が理想子供数を下回る夫婦を対象に行った質問(妻が回答)において、理想の子供数を持たない理由(複数回答)について、30歳未満では76.5%、30歳〜34歳は81.1%が「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」と回答している。
2 内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査」(2014年度)によると「どのようなことがあれば、あなたは(もっと)子供がほしいと思うと思いますか」との質問に対し(複数回答)、「将来の教育費に対する補助」が68.6%で第一位、「幼稚園・保育所などの費用の補助」が59.4%で第二位となっている。


 このため、
保育の受け皿拡大を図りつつ、幼児教育の無償化をはじめとする負担軽減措置を講じることは、重要な少子化対策の一つである。
 また、幼児期は、能力開発、身体育成、人格の形成、情操と道徳心の涵養にとって極めて大切な時期であり、この時期における家族・保護者の果たす第一義的な役割とともに、幼児教育・保育の役割は重要である。幼児教育・保育は、知識、IQなどの認知能力だけではなく、根気強さ、注意深さ、意欲などの非認知能力の育成においても重要な役割を果たしている。加えて、人工知能などの技術革新が進み、新しい産業や雇用が生まれ、社会においてコミュニケーション能力や問題解決能力の重要性が高まっている中、こうした能力を身につけるためにも、幼児期の教育が特に重要であり、幼児教育・保育の質の向上も不可欠である。

 さらに、幼児教育が、将来の所得の向上や生活保護受給率の低下等の効果をもたらすことを示す世界レベルの著名な研究結果
あり、諸外国においても、3歳〜5歳児の幼児教育について、所得制限を設けずに無償化が進められているところである。

 安倍政権においては、平成26年度以降、
幼児教育無償化の段階的推進に取り組んできたところであり、幼稚園、保育所、認定こども園において、生活保護世帯の全ての子供の無償化を実現するとともに、第3子以降の保育料無償化の範囲を拡大してきた。そして、今年度からは、住民税非課税世帯では、第3子以降に加えて、第2子無償とするなど、無償化の範囲を拡大してきた。

(具体的内容)
 子育て世帯を応援し、社会保障を全世代型へ抜本的に変えるため、幼児教育の無償化を一気に加速する。広く国民が利用している3歳から5歳までの全ての子供たちの
幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償化する。なお、子ども・子育て支援新制度の対象とならない幼稚園については、公平性の観点から、同制度における利用者負担額を上限として無償化する。

 幼稚園、保育所、認定こども園以外の無償化措置の対象範囲等については、
専門家の声も反映する検討の場を設け、現場及び関係者の声に丁寧にを傾けつつ、保育の必要性及び公平性の観点から、来年夏までに結論を出す。
0歳〜2歳児が9割を占める待機児童について、3歳〜5歳児を含めその解消が当面の最優先課題である。待機児童を解消するため、「子育て安心プラン」を前倒しし、2020年度までに
32万人分の保育の受け皿整備を着実に進め、一日も早く待機児童が解消されるよう、引き続き現状を的確に把握しつつ取組を進めていく。こうした取組と併せて、0歳〜2歳児についても、当面、住民税非課税世帯を対象として無償化を進めることとし、現在は、住民税非課税世帯の第2子以降が無償とされているところ、この範囲を全ての子供に拡大する。

 なお、0歳〜1歳児は、ワークライフバランスを確保するため、短時間勤務など多様な働き方に向けた環境整備、企業による職場復帰の確保など
男性を含め育児休業を取りやすくする取組、育児休業明けの保育の円滑な確保、病児保育の普及等を進めるなど、引き続き、国民の様々な声や制度上のボトルネックを的確に認識し、重層的に取り組んでいく。

(実施時期)
 こうした幼児教育の無償化については、消費税率引上げの時期との関係で増収額に合わせて、2019年4月から一部をスタートし、2020年4月から全面的に実施する。また、就学前の障害児の発達支援(いわゆる障害児通園施設)についても、併せて無償化を進めていく。さらに、人工呼吸器等の管理が必要な医療的ケア児4に対して、現在、看護師の配置・派遣によって受入れを支援するモデル事業を進めている。こうした事業を一層拡充するとともに、医療行為の提供の在り方について
議論を深め、改善を図る。海外の日本人学校幼稚部についても実態把握を進める。

 引き続き、
少子化対策及び乳幼児期の成育の観点から、0歳〜2歳児保育の更なる支援について、また、諸外国における義務教育年齢の引下げや幼児教育無償化の例等を幅広く研究しつつ、幼児教育の在り方について、安定財源の確保と併せて、検討する。

(以下略)
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 この
「新しい経済政策パッケージ」は、少子化問題と関連して報じられることが多いので、「少子化問題」の視点から、考えてみました。

1.少子高齢化とは何か
 この「新しい経済政策パッケージ」(以下パッケージと略す)は最初から「少子高齢化」としていますが、従来は「少子化」問題だったはずです。いつから「少子高齢化」になったのでしょうか。

 少子高齢化問題とは単に医学の進歩により
平均寿命が延びたことではなく、出生の減少に伴う若年層の割合減少(高齢者層の割合の増大)を指していると思われます。この場合少子化高齢化原因結果という関係にあると言う事になりますが、出生が減少した原因が何かと考えると、わが国では伝染病の大流行や戦乱等があった訳でもなく、ひとえに社会的な要因によるものであると考えられます。つまり日本の社会は病んでいるのであり、その認識の下で出生率低下の原因を明らかにし、対策を取らなければならないと思います。

 しかるに
少子化高齢化を合わせて少子高齢化と一括りにすると、根本的な問題とその結果表れた表面的な問題(現象)を混同することになり、問題の所在や原因の認識、対策の選択(根治療法対症療法)など、すべてが曖昧になり焦点がぼけてしまいます。

 従来「少子化問題」と呼ばれていたものが、なぜ、いつ「
少子高齢化問題」と“改称”されるに至ったか経緯は不明ですが、問題の所在と対策の適否の評価を曖昧にする結果となっていることは否めないと思います。
 誰がなぜ
言い換えたのか。それは問題の所在と対策の適否曖昧にしたい人がいたからでしょう。

 
1989年の出生率「1.57ショック」以来30年近くにわたって続けられてきた国の「少子化対策」は何の成果もなく人口減少が加速している現状を見れば、今までの対策が大失政であったことは誰の目にも明らかです。
 
出生数の推移と、未婚率の推移をあわせてみれば、両者の間に密接な相関関係があることは容易に見て取れます。それにもかかわらず、未婚率の激増に対しては何の対策も取られてこなかったのです。
 当然失政の原因と
責任の所在が明らかにされなければなりませんが、責任を追及されるべき人が、「少子化問題」を「少子高齢化問題」と言い換えて、何が問題の本質なのかと言うことと、失政であったという事実を覆い隠し、責任の追及から逃れようとしているのです。




男性未婚率の推移


女性未婚率の推移


2.教育の無償化
 次に教育の無償化は何のため、
誰のためかを考えてみます。
 安倍政権は少子化対策の一環として、教育の無償化を実施しますが、果たして教育の
無償化出生は増えるでしょうか。
 無償化の対象には厳しい
所得制限がある事と、近年離婚が増加していることなどから考えて、対象は主として離婚後の母子家庭(最近はなぜか“一人親家庭”と言い換えられている)を救済するためではないかと考えられますが、離婚後の母子家庭を救済すると少子化は改善する(出生が増える)でしょうか。

 そもそも少子化の原因は結婚しない男女若者が増えたことにあります。離婚が増えたことも悪影響はあると思われます。

 それでは母子家庭を経済的に支援することが、結婚の増加と離婚の減少に寄与するかと言えば、それは考えられません。未婚の男女にとって離婚した
母子家庭への経済的支援が結婚へのインセンティブになるとは考えられません。離婚後のことを考えて結婚を決意する人はいないでしょう。

 では、離婚を減らす効果はあるかというと、
子持ちの母親が離婚を決断する際の最大の懸念材料は、離婚後の子供の養育・教育費の問題と思われます。従ってこの懸念が薄らげば離婚を躊躇する要因が減ることになり、離婚は増加するでしょう。従って教育の無償化は離婚が減少する方向には作用せず、どちらかと言えば増加させると考えられます。

 
離婚の増加が出生の増加に寄与するとは考えられず、むしろ出生の減少方向に作用すると考えられるので、結局教育の無償化は少子化対策として見れば、何の効果も期待できないばかりか、むしろ逆効果にしかならないと言うことになります。

3.希望出生率 理想の子供数との乖離
 理想の子供数との乖離を「
少子化問題一因なっている」と言っていますが、根拠となるデータを明らかにしていません。
 下記の一夫婦あたりの完結出生児数のデータによれば、一夫婦あたりの出生が減少したのは、
2005年の調査からでです。しかし少子化問題が顕在化したのは、出生率が激減した1.57ショックの1989年であり、2005年ではありません。そしてその時は夫婦あたりの子供の数は2.19〜2.23で減少していません。
 であれば少子化は夫婦の産む子供の数が減少したことによるという見方は成り立たず、他に原因(未婚者の増加)があることになります。
 2005年以降の少子化加速については、夫婦の完結出生児数の減少が一因である可能性がありますが、あくまで
一因に過ぎず、一因にだけ注目して主因(未婚の増加)を無視するのは正当な議論ではありません。


国立社会保障・人口問題研究所 第15回出生動向基本調査
http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_report4.pdf



国立社会保障・人口問題研究所  第15回出生動向基本調査
 http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_report4.pdf


 少なくとも1.57ショック以来の少子化の進行・加速は「理想の子供数と現実の子供数との乖離」という問題とは
全く関係ないと言えます。
 夫婦の
理想とする子供の数がが何人であるか、現実とどれだけギャップがあるかは、少子化と関係がなく、少子化の真の原因から目を逸らせることを目的とした議論と言わざるを得ません。
 理想の子供の数と現実の子供の数に乖離があるのは、少子化問題が顕在化する以前からあったことで、また少子化問題に限らず、
理想と現実に乖離があるのはごく普通のことです。
 理想と現実に乖離があるからこそ、理想が理想であるゆえんと考えるべきです。

 こうしてみてくると少子化に関する
「パッケージ」の中身は、30年近くにわたる国の「少子化対策」の破綻を無視して、従来の効果の無い少子化対策(待機児童をなくすためなどの保育所の増設)を継続し、原因でないもの(夫婦の子供数における理想と現実の乖離)を原因と認定して、新たに効果の見込めない少子高齢化対策(教育費の無償化)を実施するという、支離滅裂の総花的パッケージといわざるを得ないと思います。

平成30年1月21日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ