The Car Man Review vol.1

By Natsumu


The Old Vic Theatre 2000,October


1997年の「Cinderella」から3年、途中1998年「Swan Lake」ブロードウェイ公演の大成功を経て、漸く発表された新作「The Car Man」は色々な意味で注目を浴びる宿命にある作品である。

AMPの代表作「Swan Lake」は彼らを「英国のダンスカンパニー」から「世界的なダンスカンパニー」に押し上げた。
トニー賞を3つも授賞し、凱旋公演をロンドンで行った後、今度は何を観せてくれるのか。彼らの作品を見たことのある人なら、誰もが期待していた事だろう。
今までの模倣ではいけないし、今までの作品以下でもいけない。新作はあくまでも観客を納得させる「新作」でなければならない。
振付家であり演出家であるマシュー・ボーンにとってそのプレッシャー並々ならぬものだっただろう。

更に今度の新作は、大きな注目を集める事になった。
2002年から伝統ある「The Old Vic Theatre」が彼らの劇場となる事に決まり、そこでの初舞台がこの「The Car Man」だったのだ。彼等の劇場でのデビュー作。是非とも成功させたい舞台である。

正しく正念場となるこの作品。AMPは今まで以上に注意深く、まずはUKツアーで試行錯誤を繰り返し、完成した状態でウェストエンドでの公演をスタートするという方法を取った。
それは、いかにこの公演が彼らにとって大切なのかを物語っていた。

そのように、満を持して始まったこの舞台。私は期待と少しばかりの不安を抱えて美しい劇場に足を運んだのである。

ボックスオフィスとなっているカウンターとクローク、パンフレットを売るブースがある小さなロビーを抜け、階段を数段あがると、すぐに観客席への扉に行き着く。
そこを入ると中はアイボリーホワイトを基調とした、落ち着いたゴールドの装飾が美しい空間になる。
ワインレッドの椅子、美しいシャンデリア、そして舞台の左右に備え付けられた4つのボックス席。舞台を観るには丁度いい、そう大きくはない空間がそこにはあった。

歴史を感じさせる装飾が目を楽しませてくれるうちに開演時間が迫り、客席がどんどん埋まってくる。
そして、開演5分前。突然セーフティーカーテンがあがり、一気にその空間は60年代アメリカのとある小さな町にトリップした。

場所は車の修理工場。忙しく修理工たちが行ったり来たりしている。そして、正面にあるガラスばりの簡単な事務所では、ここのオーナーがデスクワークをしている。
余りの自然さに何げない町の風景に見えてしまうのだが、良く見るとウィリアム・ケンプが居たり、スコット・アンブラーが居たりと、おなじみのダンサー達が顔を揃えている。
いつもAMPの舞台の始まりはあっという間に観客をこれから始まる物語の空間に連れ去ってくれるのだが、今回は更にパワーアップしている。
ハイウェイを行き来する車の音が鳴り響き、町の入口にある看板「ハーモニーへようこそ。人口375」がライトアップされ、そこにこの町を混乱に陥れるルカが現れ、物語が始まった。

音楽が始まると同時に修理工たちが忙しく働き始める。タイヤなどの道具も上手く使い、作業している様が自然にダンスになっている。
カルメンの音楽がここまでダンサブルになるとは思えない舞台の幕開けである。

レズ・ブラザーストーンの舞台美術も今までの雰囲気とはがらりと違い、アメリカンテイストに溢れている。
あちこちに入っているMobilgasのロゴ、ガソリンタンクに古い車、コカコーラ、ラジオなどの小物、そして全体に土ぼこりやオイルで汚れている感じは少し古い映画で見るアメリカの風景そのだ。

今まで「Swan」でも「Cinderella」でも空間を生みだす素材は木が多かったが、今回は全体に金属で作られている。同じデザイナーが作った物とは思えない程様子が違う。
しかし空間の使い方の上手さは相変わらずで、狭い舞台の上はあっと言う間にシャワー室になったり食堂になったりする。バーに刑務所、挙句の果てにはカーレースまで狭い舞台の上で見せてくれるのだ。
この計算され尽くした空間の演出が、マシューの作品を生き生きとさせ、スピーディーな場面展開を可能にしている。

オペラ「カルメン」では煙草工場で働く女達が仕事を終えて出てくる所から話しが展開していくのだが、AMPの「The Car Man」では修理工達が仕事を終える所から話しがスタートする。
この作品をあえて『カルメン』のキャスティングに当てはめるなら、カルメンがルカとラナ、ホセがアンジェロ、ミカエラがアンジェロの恋人でラナの妹のリタ、カルメンの友達がディノのもとで働く修理工とそのガールフレンド達である。エスカミリオの要素はルカが合せ持っている。
そして冴えない中年男、ラナの夫ディノは明らかに『カルメン』のキャラクターではなく、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の殺されてしまう夫そのものである。
ラナとルカは人間の欲望を、アンジェロは純真を、ラナは献身を体現している。

ふらりとやって来た魅力的な危険な香がする男が皆の心を揺すぶり、混乱を起こした揚げ句、悲劇を呼ぶというのは「SWAN LAKE」と同じパターンを踏んでいるが、今回の「The Car Man」は一味違う。
危険な香りのする魅力的な男と同じような女が存在しているのである。ラナはルカに魅了されるが、同時に彼女は同じ勢いでルカを魅了する。

そして今までのAMP作品との違いで特筆すべきは、主役以外のダンサー達の活躍である。
「SWAN LAKE」では感じられないが、1997年初演当時の「Cinderella」では群舞をどう扱ったらいいのか、マシュー・ボーンは考えあぐねているのではないかと思えるシーンがあった。

シンデレラとエンジェルがバイクに乗って出発する時に出てくる、飛行士の格好をしている群舞。このシーンは何だかバタバタと人が行き交っているという印象を受け、正直なところ人数を持てあましている感があった。
AMPは数年前まで7人しかダンサーがいない、小さなカンパニーだった。それが故に、マシューはまだ大人数を扱うのに慣れていないのかもしれないと当時は思ったものだ。

しかし、今回の「The Car Man」では見事に全てが活かされている。同時進行で色々な事がおこり、全員が何かしらかをやっているので、とにかく目が離せない。
無駄だと思われるシーンがないのだ。
また群舞だけでなく、4人ぐらいの単位で構成されるダンスシーンも魅せてくれる。二組のカップルで踊られるタバコを使ったシーンなどは特に印象深い。
主役達のダンスシーンの魅力もさる事ながら、他の場面もそれに負けてはいない。 とにかくダンサー全員の魅力を引き出すように構成されているのである。

ところで、今回改めて感じさせられたのはマシューの小物づかいの上手さである。
マシュー・ボーンは二人のフレデリック、アシュトンとアステアが自分の憧れだと語っているが、本作品からも私は多分にアステアの影響を感じさせられた。 アステアは小物を使って踊る名手だった。
彼にかかるとコートをかけるスタンドが素敵なダンスパートナーに変化し、ステッキは手に吸いつくように彼にフィットした。子供の頃から彼の映画を見ていたマシューにとって、ダンスと小物は切っても切れない間柄なのだろう。
そして、マシューは小物をダンスシーンを粋に演出する道具としてのみならず、キャラクターの感情や状況、人物設定を現す上で必要な要素としても取り入れている。

分かりやすい例を挙げてみると、「Swan Lake」の黒鳥の登場シーンである。
彼のキャラクターを衝撃的に観客に分からせるように、鞭とマフラーがとてもセクシーに使われている。
今回マシューがダンスシーンに使ったものは先に書いたタイヤ、タバコ、瓶、お皿、ペーパーナプキンスタンド、椅子、手錠そして小麦粉にパン生地など。
どれも観客の目を引き、ダンスにアクセントをつけている。
特にタバコは2組のカップルの間を行き来し、共に踊るもう一組のカップルと言える程だ。また、アンジェロとリタのデュエットでの椅子も、二人の大切なパートナーの役目を果たしている。

そして一番印象に残るのは、手錠(実際には手錠の役割をしている両手の自由を奪う黒い紐)をかけられた状態で踊られる、アンジェロのソロである。
このシーンは刑務所内で踊られるのだが、この手錠は社会的に自由を奪われている事だけでなく、ルカから、運命から逃げ出せないという事を表現しているのである。
手錠はあらゆる事にがんじがらめにされているアンジェロの状態の象徴であり、彼の苦悩を表現しているダンスは我々の心に深く訴えかける。

ところで今回、この作品を発表する上で、マシュー・ボーンには二つの課題があったと私は考えている。


◆◇◆上の写真は、The Old Vic Theatreです(著者撮影)◆◇◆


HOMEに戻る

The Car Man indexに戻る

AMP &Ballet indexを見る