'97 September 18 at THE PHENIX HALL

〜 曲目 〜

ブエノスアイレス午前零時

パチュリ

マイ・ハッピネス

ヴァルダリート

ナイトクラブ1960

天使の死

孤独

タンゴ・エチュード

デカリシモ

〜アンコール(以下4曲)〜

イン・ステッド・オブ・タンゴ

オブリビオン

アレグロ・タンガービレ

ブエノスアイレス午前零時

〜 演奏者 〜

 ヴァイオリン:ギドン・クレーメル     

  ピ ア ノ  :ヴィディム・サハロフ    

 ダブルベース:アロイス・ボッシュ     

 バンドネオン:ベル・アルネ・グロルヴィゲン

 昨年から注目され続けているギドンの"ピアソラ・ツアー"が日本にも来ると知ったのは、冬が終わろうとしている3月の事だった。雑誌「音楽の友」でその事を知ったのだが、それ以来他のメディアでこのコンサートについての記事を見る事はほとんどなかったと思う。特に大阪でのコンサートに関しては、知らない人が多かったのではないだろうか。

とにかく聴きに行かなければと思った私は、興行元である梶本音楽事務所に早速電話をしたのだが、どのホールで行なわれるかを聞いた時、目まいがした。何とフェニックスホールだったのだ。このホールは最高に観客を入れても335席しかないのである。昨年クラッシックのCDで一番売れたと言われる程の人気を誇るギドンの"ピアソラ・ツアー"がよりによってこんなに小さなホールで行なわれるなんて、ショック以外のなにものでもなかった。チケットの入手が困難を極めるのは火を見るよりも明らかだった。

以来私はいつチケットが発売になるのか定期的にホールに電話を入れるようになった。何度目かの電話を入れた5月のある日、フェニックスホールの会員になれば先行予約が出来るようになったという情報を手に入れた。そして先行予約の当日、電話回線はパニック状態になり、混線につぐ混線で1時間経ってもフェニックスホールに繋がる事がなかった。しかし1時間を過ぎた時、漸くチケットセンターにかかり、どうにか2枚のチケットを入手出来た。後日、ホールの会報でギドンのチケットは1時間で完売、会員の皆さまにはご迷惑をおかけしましたという書類が届いたのである。

という過程を経て、私は9月18日のコンサートを迎えた。

観客は予想した通りアダルトで、男性と女性を比べると男性の方が多く、又、音楽に携わっている人が多かった。やはりバイオリンをやっている人が多い様だ。
平日という事で、仕事場から直行して来た人が大半を占め、中には走って来たのか荒い息をついている人もいた。次第に満席になり、立ち見が数人入ってきた。そしていよいよ開演時間になった。

ホールが暗くなり、全開にしたグランドピアノ(スタイン・ウェイ)と譜面台3脚、ピアノの椅子が2脚と足をのせる事が出来る高さの椅子1脚が載った舞台(といっても、客席からの高さは階段1段分ぐらい)だけが暗闇に浮かび上がった。するとダブルベースを抱えてポッシュが一人登場し、ピアノの側に立ってベースを弾き始めた。 曲はピアソラの定番「ブエノスアイレス午前零時」である。
すると、次にバンドネオンを抱えたグロルヴィンゲンが登場、片足を椅子にのせ、バンドネオンの両端を叩き始めた。次にピアノのサハロフが登場。徐々に緊張が高まってくる。そしてテーマが始まる頃、とうとうギドンが登場した。会場は演奏者が一人増える度に短いが盛大な拍手で彼らを迎えた。

バンドネオンのグロルヴィンゲンは終始にこやかにメンバーを見、彼らも心から演奏を楽しんでいるというのが一曲目から伝わってきた。遂に生で聴けたという喜びと、ギドンの予想外の太い、厚みのある温かい音に感動している内に一曲目が終了した。 録音されたものを聴くのと実際に演奏しているのを聴くのとでは、こんなに音が違うものかと驚き、今の録音技術ではギドンの本当の音を本ものにより近い音で再生するのはほとんど無理であるという事が良く分かった。どの演奏家のものでもやはり録音は録音でしかないが、こんなにも違う人も珍しいと驚かされる。彼の音はCDで聴く限り案外神経質そうに聞こえる時があるのだが、実際の音は時におおらか、時に力強く、時に神懸かり的で驚く程思いきりがいい。神経質な音は全くしていなかった。

メンバー全員黒の上下で統一し(といっても色だけ揃えている)、ギドンだけが蝶ネクタイをしている。演奏中の彼らはとてもアットホームだ。最初から最後まで弾き通しだったのはギドンだけで、後の3人は入ったり入らなかったりしているのだが待っている間、彼らも観客になっている。
自分が演奏していない曲の時には空いているピアノの椅子に座り、曲が終わると観客と同じ様に熱狂的な拍手を贈る。譜めくりが必要な時には、交代で譜めくりをする。 一度演奏中に入りまでに余裕があったギドンまでもがピアノの譜めくりをしていた。
彼らは全ての曲を楽譜を見て演奏していたのだが、全てコピーで私たちが良くするように、自分で楽譜がめくれるように工夫していた。また、曲が多いのでどの楽譜が次の曲のものか混乱していると、メンバーで教えあっていた。どうもアドリブも時々入っていたようで、メンバー全員が顔を見あわせて「次はどうくる?」といたずらっぽい顔つきで笑っていたりもしていた。

あれよあれよという間にコンサートは10曲中の5曲目まできてしまう。
そして「天使の死」が始まった。既に観客は彼らの音にのめり込み、ほとんどの人がスタンディングしたい気持ちを押さえて座席にどうにか座っているといった状態で、背中を椅子の背につけている人は数人しかいない。そこにこの曲が始まったのだ。演奏している4人も心から演奏を楽しみ、没頭している。
ホールに居る全員が全神経を演奏に注いでいる中でこの劇的な曲は演奏された。バンドネオンは激しくそしてせつなく歌い、ヴァイオリンもそれに答えるように聴衆の心にダイレクトに響く音で歌う。ダブルベースは時々人の歌声の様な音を響かせ、その全てをピアノが下からしっかり支えている。

彼らの生み出す音に包まれながら私は、この場に立ちあう事が出来た事に感謝していた。そして、同時にピアノという楽器が弾ける自分に喜びを感じていた。
この演奏を、音楽を演奏するという喜びにあふれたこの演奏を聴いたら誰もが自分もやってみたいと思う事だろう。もし私がピアノを弾けなかったら、音楽に携わっていなかったら、私はこの時大変な後悔をし、演奏するという事に恋い焦がれ、今からでは思うようには演奏出来るようにならないという現実に深い悲しみを感じていただろう。

「天使の死」が終わったとき、ため息とともに大きな拍手がわきおこった。
続く「孤独」は物憂げで、観客の興奮をといてくれた。そして、遂にギドンのソロ「タンゴ・エチュード」が始った。ギドンを除く全員が観客になる。彼の音は益々冴え、そのテクニックはヴァイオリンに詳しくない私にも神業に見えた。ヴァイオリンは彼の体の一部だった。演奏が終わったとき、共演者ともども感動の拍手を送った。

それにしても、このコンサートは観客も素晴らしかった。本当に好きで聴き込んでいる人しか居なかった様で(というよりよっぽど切望した人しかチケットを入手出来なかったのだが)拍手のタイミングが絶妙だった。曲が終わると必ず余韻を一呼吸分味わってから拍手をする。演奏中は水を打った様に静かになり、それぞれが音楽にのめり込んで聴いている。最後のブエノスアイレスの時などは、まるで打ちあわせしたかの様な技まで見せた。それは後述するが、とにかくここまで演奏者と観客が一体となっているコンサートに私は出あった事がなかった。

コンサートも終盤になり、CD「ピアソラへのオマージュ」では最後に収録されている「ル・グラン・タンゴ」が始まった。今まで何度も聴いていたのだが、曲が始まった時この曲がヴァイオリンとピアノだけで演奏されていたという事にびっくりした。音を聴いていれば分かる事なのだが、あまりの迫力に今まで気がつかなかったのだ。私の好きなこの曲の始まりはピアノがリズムを刻み、バイオリンが歌う。
ベースのボッシュはピアノの譜めくりをし、バンドネオンのグロルヴィンゲンはピアノの端で椅子に腰掛けている。
12分を越える大曲を、二人はものすごい緊張感を持って突き進んでいく。聴いている方はどんどんたたみ込まれ、体を前に乗りだす姿勢になってくる。演奏している2人もどんどん高揚してくる様で、次第に顔が2人とも真っ赤になってくる。高揚していく中で演奏までその流れに押し流されないように自分をコントロールするという、上り詰めてしまいたいのに我慢しなければならないという覚えのあるストイックな快感が音になって流れてくる。最後のグリサンドが終わった時、開場は最高の熱気に包まれ、割れんばかりの拍手が起こった。
演奏している2人の緊張は頂点に達していたらしく、ピアノのサハロフはお辞儀をするために立ち上がった途端よろけてしまい、ボッシュに支えられた。

興奮の渦の中、遂に最後の曲が始まる。曲が始まると同時に舞台の前方からライトが演奏者にあてられ、4人の影が背後の壁に浮きあがり、影絵になった。それはアニメーションのようにはっきりと演奏に合わせて動き、ほんのり青みがかったそれは幻想的でもあった。4人の影が重なり踊る。そして、あっと言う間に全プログラムは終了した。

スタンディングもちらほら客席にみえる中、4人は舞台から引き上げていった。そして拍手の渦のなか、彼らは再び舞台に戻ってきた。

ギドンが低い声で「次はイン・ステッド・オブ・タンゴです」と日本語で告げ、アンコールの一曲目が始まった。せつないヴァイオリンとバンドネオンの掛けあいが始まる。一フレーズごとに休符が入り、それぞれが顔を見あわせ、次の入りを確認しあう。その緊張感を楽しんでいる演奏者と観客。先ほどまで拍手に埋め尽くされていた会場は水を打ったように静かだ。間を楽しんでいる内に曲は終了。再び会場は拍手の渦になる。にこやかに4人は舞台から降りる。そしてまた拍手はアンコールをねだる。

しばらくしてから4人が登場した。常にヴァイオリンを抱えているギドンだけでなく、ダブルベースのボッシュが楽器を抱えているという事は演奏してくれるはずなのに、グロルヴィゲンはバンドネオンを持っていない。もしかしてバンドネオン抜きの曲なのかと思っていると、グロルヴィゲンが慌てて舞台そでに引っ込んだ。どうやら楽器を忘れて来たらしい。会場から笑いが起こり、少し和やかな空気になる。

夜の音をピアノが奏で、バンドネオンが歌いだす。すると、舞台のバックの壁が開き始めた。フェニックスホールは舞台の背面が街に面して建っており、演奏者の希望に応じて街が見えるガラスにする事が出来るのだ。このホールでのコンサートが決まった時から、ギドンは夜景をバックに演奏するつもりだろうと私は思っていた。せつない音楽の響きの中、夜景が私たちの前に現れた。もう何と表現していいのか分からなかった。音楽と今目の前にある夜景との絶妙なコントラスト。この感動はフェニックスホールでしか味わえない。ギドンがこのホールを選んだ訳が、とても良く分かる出来事だった。小さなホールで少人数の前で音楽を味わって演奏する。しかも夜景の前で。タンゴにはシャンデリアやパイプオルガンのあるコンサートホールは似あわない。

アンコールの3曲目が始まる時、ピアノのサハロフがギドンに目で問いかけた。ギドンは「何?」という感じで耳に手をやっているが、まだ彼が何を言っているのか分からない様子。結局「調弦するかい?」と言っていたらしく、サハロフが「A」の音をポンと弾いた所で決着がついた。急いでギドンが調律する。会場は再び笑い声に包まれ、和やかさを増した。3曲目が終わった時、観客のスタンディングがあちこちで起こった。私も座っていられず、遂に立ち上がって彼らに心からの拍手を贈った。

もうアンコールはしてくれないだろうと思いつつ、全員で拍手を続けていると、再び最初のナンバー「ブエノスアイレス午前零時」が始まった。 アンコールの手拍子に合わせてまず最初にダブルベースのボッシュが登場。最初と同じく次にバンドネオンを抱えたグロルヴィンゲンが現れ、次にピアノのサハロフが登場した。手拍子は相変わらず曲に合わせて続いている。そしてギドンが現れた。この手拍子はどうなるのだろうと思っていると、その手拍子はまるで指揮でもされているように、テーマが始まる前にデクレッシェンドをして消えたのである。この時ばかりは今日の観客の技に心底驚かされた。まるでリハーサルでもしておいたかの様な絶妙さだったのだ。

再び彼らの音に酔っていると、バンドネオンのグロルヴィンゲンが舞台を降りていった。次にピアノのサハロフがいなくなり、遂にギドンもいなくなった。最後まで残った最初に登場したダブルベースのボッシュは一人寂しく演奏を続けている。すると、曲の終わりの所で袖からギドンのヴァイオリンが聞えてくるではないか。しっかり押さえるところは押さえて曲は終了した。
そして、ボッシュは拍手の中、ダブルベースを抱えて舞台を去った。
私たちの目の前には、音のない美しい夜景だけが残ったのだ。

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