その3

思わぬ示談屋の介入
徳島県 会社員 A・H(男性)
●示談交渉
  「こら、わしも顔でめし喰いよんじゃ。お前、わしの顔潰したことになるけど、それでも金払えんのじゃなあ。」
  ドスのきいたこの言葉が、目を閉じる度に何度も脳裏をかすめ、それまで心配事もなく平穏に暮らしていた私は、不安のどん底に落とされました。
  これは、忘れもしない平成9年3月28日の出来事です。
  それより1ヶ月程前の平成9年2月27日、私は、徳島県N市内を車両で走行中、通行上のトラブルからA氏の車両を蹴りつけ、ドアを壊すという事件を起こしてしまいました。
  理由はどうあれ、私がA氏の車両を故意に壊したのですから、A氏の車両修理代金を支払うつもりで、何度かA氏と示談交渉を行いましたが、A氏は一方的に、「損害賠償金を早く払え。」等と言うだけで、具体的な修理代金を提示してくれず、私とA氏の示談交渉は思うように進みませんでした。
  そんなある日、突然、私の携帯電話にA氏から示談を委任されたというTから電話があり、その日から、私とTとの間で示談交渉が始まったのです。
  Tは、田中竜夫(仮名)と名乗り、組織名は語りませんでしたがドスのきいた声で、口調も荒々しく極道そのもので、私は「これはやっかいな者が示談に入ってきたな」と少々不安になり、自動車修理業を営んで顔の広い知人のBさんにTの素性を聞きました。
  すると、私の不安は見事的中し、Tは最近徳島に進出してきた暴力団山口組傘下のK連合の現役組員であることが分かったのです。
  その事実を聞かされた私は、今後どう対応しようかと悩みましたが、他人に相談する勇気もなく、いい解決方策も思い浮かばないまま、とりあえずTの指定する場所へ一人で行くことにしました。
  Tは、自分が想像していた以上に恐ろしそうな顔つきをした男で、眼光鋭く私をにらみつける動作は、堅気の私を威圧するには十分すぎる程の迫力がありました。
  私は過去に、暴力団員が示談介入を資金源にしているという話を友達から聞かされたことがありましたが、「自分に限ってそんな被害に遭うことはない」と、その時はまるで他人事のように軽く聞流していたのに、突然、自分の示談交渉に暴力団員が介入してきたのです。
  相手が暴力団員だと聞いただけで動揺した私は、ただびくびくするだけで、Tから、
  「わしらは示談をするのが商売じゃ。お前、車蹴ったことは間違いないな。話がごねたら車を新車にさせることもある。16万円払え。」
等と矢継ぎ早に浴びせかけられ、「分かりました。来週まで待ってください。」と曖昧な返事をするのが精一杯でした。
  相手の要求を受けるような返事をしたものの、約束の日がきても金の工面ができず、16万円という想像以上に高額な示談金が支払えなかったのです。
  そして、平成9年3月28日、Tから私に再度連絡があり、
  「お前、どないするんな。金払わんのか。うちの組は大きいぞ、こら。わしらも顔でめし喰いよんじゃ。お前、わしの顔潰したことになるけどそれでも金払えんのじゃなあ。」
等とドスのきいた声できつく要求されたのです。

●脳裏に焼きつき
  私は、Tの言葉が脳裏に焼きつき、不安で不安でいてもたってもおれず、先にTの素性を調べてもらったBさんに相談を持ちかけました。
  すると「ドア1枚の修理代金として16万円は高すぎる」と教えてくれ、更に、暴力団とのトラブルは早く警察へ相談するべきだと勧められたのです。
  しかし、今回の件は元はといえば自分がしでかした事でA氏に損害を与えたのですから、その示談交渉がうまくいかないからといって警察を頼るわけにはいかず、また、示談のトラブルにまで警察が中に入ってくれるはずがないと思い、警察へ相談することを躊躇していたのですが、Bさんは、「最近は警察も相手が暴力団であれば民事問題にも積極的に取組んでくれる。また、相手が指定暴力団員であれば中止命令を出して、相手からの不当要求を止めてくれる法律もある」と色々と教えられ、すぐさま警察に連絡したのです。
  最初は警察の対応について半信半疑でしたが、直ぐに警察署と本部の刑事さんがやってきて、暴力団員から不当な要求を受けて悩んでいる私の身になって話を聞いてくれたり、暴力団員の本質や相手方との今後の対応要領等を事細かく親切に指導してくれました。
  その刑事さんと話すうちに、それまで抱いていた不安がなくなり、体中から自信が満ち溢れるようになりました。
  警察は、その後も素早い対応をとってくれ、4日後にはTに対して、「Aの損害賠償として金品を要求してはならない」という内容の暴力団対策法に基づく中止命令を発出してくれました。
  その後、Tから「今回の示談からは手を引く。」との連絡が入ってからは何の要求もなく、私はA氏との間で示談を進め、無事解決したのです。
  今回のトラブルを振返り、私はこれほどまで警察が頼りになったことは正直言ってありませんでした。あの時、知人から助言がなければ、今になっても私は一人悩み、暴力団の餌食になっていたに違いありません。
  今回の件で、私のように警察へ相談に行きにくい時でも暴力追放県民センターへ行けば気軽に相談にのってくれるということも聞き、大変心強く思いました。
  私のように、相談しようかどうしようか一人悩んで暴力団の餌食になっている人は、他にもたくさんいると思います。
  どうか警察や暴力追放センターの皆様の力で、暴力団の被害に遭っている人の悩みを解決してあげて下さい。