2008年の山旅 (5月〜7月)



後古光山から古光山へ


【日 時】2008年5月16日(金) 
【コースタイム】曽爾高原駐車場10:25…長尾峠10:40…後古光山11:35〜11:40 …フカタワ12:15…古光山12:40〜13:10…フカタワ13:35…林道古光谷線入口14:00〜14:05…駐車場14:25

 長尾峠から後古光山へは、林の中に延々と続く木の階段道を登る。土の感触が嬉しい登りに変わり、なだらかな尾根道をワラビを摘みながら、のんびり歩く。展望が開け、左に尼ヶ岳や大洞山、右に住塚山や屏風岩から鎧・兜岳と続く稜線が見え、行く手には後古光山と古光山の頂きが並んでいる。林の中の急坂を登り切ると狭い山頂だった。背後に亀山から二本ボソに続く稜線、尼ヶ岳、大洞山、三峰山、局ヶ岳と遮るものない大展望だが、頭上からさんさんと降り注ぐ真夏のような陽光に耐え切れず、写真を撮っただけで早々に出発する。
 急な斜面で、岩や木の間に太いロープが張ってある。それを頼りに下ると勾配が緩んで、薄暗い林の中に大きな岩がごろごろする処に出る。最後は二重、三重にロープが張り巡らされた急斜面の下りになる。勾配が緩むとフカタワと呼ばれる後古光山と古光山の鞍部で、曽爾と御杖を結ぶ道の通る峠である。古光山へは更なる急坂を、ロープや木の根の助けも借りて登る。灌木帯を少し登ると三等三角点の埋まる山頂に飛び出した。緑の灌木に囲まれ、中に点在するヤマツツジの朱色が美しい。額縁のような木々の間から住塚山、倶留尊山、尼ヶ岳、大洞山が望めた。さわやかな緑の風の中で昼食を済ませる。
 元の道をフカタワへ帰り、沢沿いに下って林道「古光谷線」に出て駐車場へ帰る。お亀池の周りを散策して帰路についた。



日 張 山

【日 時】2008年5月30日(金) 
【コースタイム】青蓮寺駐車場10:05…青蓮寺10:10〜10:20…日張山(595.1m)10:40〜10:50…青蓮寺11:15〜11:20 …駐車場11:25

梅雨入りも間近、宇陀にある二つの山に登る。まず青蓮寺駐車場に車を置き、日張山へ。「なかなかに山のおくこそすみよけれ くさ木は人のさかを言わねば」の中将姫歌碑を見て、折れ曲がった階段状の道を数分登ると山門の前に出る。山門前には謡曲史跡保存会の『謡曲「雲雀山」と青蓮寺』の説明立札があった。山門をくぐると、長い石段の両脇に深紅のシャクナゲと白いマーガレットの花が並んでいる。石段の上にいた人懐っこい犬が駆け降りてきて、1986年以来22年振りに訪れた私たちを歓迎してくれた。広い境内には諸堂が立ち並び、開山堂には中将姫が納めた姫自身や、姫を助けた嘉藤太夫妻の像が安置されている。
 日張山へは嘉藤太夫妻墓の横から薄暗い杉林に入っていく。寺の裏側を回り込むように登っていくと白いテープを張った松林から、明るい雑木林の尾根道になる。昔の山日記では展望がよいこの場所で昼食をとっているが、今は樹木が生い茂り、わずかに一ヵ所で金剛山らしい山が木の間から見えるだけ。小さな祠がある所で左からの道が合流すると、ひと登りで山頂に着いた。595.1m三角点があるが、林の中でまったくの無展望である。写真だけを撮って元の道を下る。シャクナゲの花に見送られて青蓮寺を後に次の目的地…というか今日のメインの伊那佐山に向かう。
 


伊奈佐山


【日 時】2008年5月30日(金) 
【コースタイム】伊那佐文化センター11:50 …十五丁石12:00…石の鳥居12:15…伊那佐山(673.2m)12:40〜13:10…猿岩展望台13:15…伊那佐文化センター13:50


 青蓮寺駐車場から伊那佐文化センターへは20分ほどで着き、神武天皇歌碑横に車を置く。6年前に山歩渉会例会できたときは錦の衣を纏っていた伊那佐山が、今は緑の夏姿で行く手に横たわっている。5分ほどで竹橋を渡って左の山路集落に入る。舗装路は次第に勾配を強め、強い日差しの照り返しに額から汗が流れ落ちる。「大明神道」の文字が彫られた十五丁石の分岐を過ぎ、十三丁石からようやく山道になる。「山神」の石祠に手を合わせ、少し急な登りで十丁石を見る。勾配が緩むと石の鳥居が立ち、「右やたき、左嶽大明神」の石標のある三叉路に来る。 
 鳥居を潜って進み、五丁から三丁の間は大きくジグザグをきって急坂を登る。勾配が緩んで尾根上のT字路に出ると山頂までは近い。左に少し登ると、短い石段と苔むした自然石の手水鉢。正面に都賀那岐神社社殿、右に開け放された社務所、社殿前の神武天皇の歌碑も懐かしい。社殿裏の三角点(637.2m)を確かめた後、西側の展望図前で昼食をとる。展望は少しずつ場所を変えながらの木の間越しだが、二上山から金剛山への山波、音羽三山、竜門ヶ岳…ここにも神武伝説の残る烏塒屋山の整った山容、遠く大峯の山々も望めた。食事を終え、T字路から少し先の猿岩展望台へ往復、元の道を下る。帰り道に山頂から見えた八呎烏神社に詣でる。境内から見上げる神話の山・伊那佐山は意外に高く聳えていた。



二 上 山

【日 時】2008年6月7日(土) 
【コースタイム】万葉の森駐車場09:15…鹿谷寺9:25〜9:40…馬ノ背10:07〜10:15…雄岳10:25〜10:35…馬ノ背10:40…雌岳10:47〜11:10 …万葉の森駐車場11:50

 
家から一時間足らずで竹ノ内峠を越えて万葉の森に着く。登山口から階段道を10分も頑張ると鹿谷寺寺跡に着いた。十三重石塔の囲いの中に4輪の花をつけた立派なササユリの株がある。左手に下りる道に見事な花を見つける。その右手斜面を見上げると、鮮やかな色の蕾から開ききった花まで、10輪以上のササユリが笹原の中に散在していた。あまり期待していなかっただけに喜びも大きかった。
 階段道を引き返して寺跡に帰る頃から、次第にハイカーの姿が増えてきた。「毎日登山」か身軽な服装の人も交じる。風化した花崗岩帯を登り、林の中に入る。登りきった山腹道を左へ、展望台下を通って馬ノ背に出る。その手前に一輪、雄岳への道に入ってすぐの笹原にも一輪のササユリ。階段道を登って雄岳へ。大津皇子墓所に詣で、引き返して神社横広場でしばらく休む。涼しい風が吹き抜けて心地よい。馬ノ背へ下り、和子は売店で「アカネコ餅」を買って雌岳へ登る。
 ダイアモンドトレール入口周辺を少し歩いてから、色づき始めたアジサイが見事な岩屋道を下る。道の駅「太子」で産地限定の太子ワイン「万葉の露」と草餅、野菜など買って家路についた。



三 輪 山

【日 時】2008年6月10日(火) 

 大神神社でササユリを見た帰りに三輪山に登る。摂社の狭井神社は花鎮社(はなしずめのやしろ)と呼ばれ、病気治療に霊験のある神である。三輪山に登るのはちょうど20年ぶり。社務所で初穂料300円を納め、「三輪山参拝証」の白い襷をかける。鳥居をくぐるとすぐ急な階段道だが、しばらくで山腹を捲く広い道になる。水の流れに出会い沿って登ると滝があり、ここからジグザグの急な登りになる。山中にはスギやヒノキの大木が鬱蒼と茂り、途中二か所に古代祭祀の跡と思われる苔蒸した磐座(イワクラ)がある。山頂近くになると明るい草原状の尾根道で、この辺りはかっての暗いイメージの記憶と少し異なる。山頂には高宮社が建ち、その100m先にある「奥津磐座」から向こう側に下る道は通行止めになっていた。
 山中の登り下りでは、タスキに付いた清らかな鈴の音とともに、思いもかけず多くの登拝者に出会った。若い女性、白衣の人、裸足の人、泉州から月参りのひと、広島から日帰りでお参りの人…。信仰心の篤さには驚くばかりである。30分後、無事下山して「狭井」神社の名前の源になっている冷たい「御神水」をいただいた。



観 音 峰

【日 時】2008年6月27日(金)
【コースタイム】虻峠トンネル出口駐車場9:20…観音平10:10〜10:15…展望台10:35〜11:00…観音峰11:35〜11:50…展望台12:25〜12:30…観音岩屋12:45〜12:55…駐車場13:40

今年もベニヤマシャクヤクに逢いたくて、梅雨の晴れ間を狙って観音峰に行く。虻峠トンネル出口の駐車場に車を置き、吊橋を渡って山腹を登る。薄暗い杉植林の中は蒸し暑く、汗が滴り落ちる。観音水で冷たい水を頂き、山腹の道になるとやや涼しくなった。観音平でザックを下ろし一休み。急な石段を上り、観音岩屋への分岐からは再び山腹の道になるが、すぐに丸太で土止めをしたジグザグの急な登りに変わる。林を抜けて明るい笹原にでると大きな石碑が建つ展望台に着く。残念ながら展望は悪く、わずかにバリゴヤの頭がぼんやり見えただけだった。しかし殆ど諦めていたベニヤマシャクヤクが点々と笹原の中に咲き残っていたので、ふたりとも笹原での撮影モードに突入する。花期は終りに近かったが、木陰ではほころび始めた花も残っていて、結構いい写真が撮れた。
 ジギタリスの花は、辺りが鮮やかな薄紅色に染まるほどの数の多さで、実に見事な眺めだった。晴れていて大峯の稜線を背景にできれば…と少し残念だが、これは欲が深いというものだろう。 満足いくまで花を見た後、観音峰のピークまで足を伸ばす。ブナなどに囲まれて薄暗い山頂で昼食を済ませて引き返す。展望台付近で、もう一度花たちと名残を惜しんで、きた道を下った。



弥山〜八経ヶ岳〜明星ヶ岳


【日 時】2008年7月2日(水)〜3日(木) 
【メンバー】JAC 9名 (会員外)2
【コースタイム】
2日。行者還トンネル西口10:30 …奥駆道に出る(昼食)…聖宝宿跡13:30 〜13:40…弥山小屋14:30
3日。弥山小屋06:50…八経ヶ岳7:20〜07:25…明星ヶ岳07:50〜08:00 …日裏山08:50〜09:00…栃尾辻11:50 〜12:20…坪ノ内登山口14:00 

 JAC自然保護委員会主催のオオヤマレンゲ観察会に二人で参加する。斧田自然保護委員長から、今回のテーマ「大峯・弥山周辺〜明星岳のオオヤマレンゲの保護状況と観察」について説明を聞き、登山口で登山届を提出して出発する。ゆっくりしたペースで稜線に出て昼食。聖宝宿跡は黄金色のマンネングサで彩られていた。膝の調子が悪いので聖宝八丁の急登を心配していたが、サポーターのおかげで、かえっていつもより楽に登れた。 弥山小屋に荷物を置いて、まず弥山へ。弥山神社背後の風倒木林の様子を観察した後、弥山西尾根・大黒岩周辺のオオヤマレンゲの保護状況を見に行く。オオヤマレンゲの衰退には様々な要因が考えられるが、なかでもシカによる食害が大きいといわれている。このため平成8年から奈良県、ついで環境庁による防鹿網が設置されていて、いまも工事が行われている。柵に沿うようにして斜面一面に咲くオオヤマレンゲの姿はまさに天女の群舞を思わせ、しばらくは全員がシャッターを押すのに忙しく、時の経つのを忘れる。小屋の前に帰り、しばらくは国見八方覗で遊ぶ。防鹿柵で囲まれた小さなオオヤマレンゲ群落があり、内外で草の生えかたが全く違うことからも柵の効果は明らかである。
 3日。霧雨に煙った朝で明け、雨具をつけて出発。八経ヶ岳へ向う途中のオオヤマレンゲ群生地では、いつものように防鹿柵の扉を開閉して通過する。雨の滴をつけたオオヤマレンゲも憂いを含んだ美女のごとく、カラマツソウの大群落も霧の中に白く浮かんでいた。八経ヶ岳から台風の傷跡・倒木が痛々しい明星ヶ岳へ向う。頂上で記念撮影後、奥駆道を離れ緑の樹林帯に入る。樹床は厚いコケに覆われ、薄緑色のハート型や丸いリング状のコケの芽生えが不思議な美しさを醸し出す。倒れた木からも小さな新しい生命が生まれていて、自然の力強さ、たくましさを知らされる。
 高崎横手から坪ノ内へ下る。幻想的な霧の中に白いツルアジサイの花が浮かぶブナ林や、苔むした大岩の間や、崩壊地を通過したりして長いが変化に富んだコースだった。栃尾辻で昼食。午後は栃尾山の山腹を捲いて、静かな林の中を下る。天ノ河温泉で汗を流して帰途についた。大峯の美しい自然を私たちの世代限りにしないために、一人ひとりに何ができるかを真剣に考えなければならないと改めて思った。


勝負塚山


【日 時】2008年7月10日(木) 【メンバー】芳村嘉一郎、和子
【コースタイム】伊坪谷出合11:00…掛小屋跡11:40〜11:45…五合目12:45…尾根に出る13:00〜13:10…七合目13:30…勝負塚山14:30〜14:40…五合目15:50〜15:55… 小屋跡16:30〜16:35…伊坪谷出合17:15

【勝負塚山】標高1,246m。上多古谷の上にそびえる大峯の前衛峰。山名は天川村と川上村の間で30年に及ぶ境界争いがあったためとも、また聖宝理源大師が毒蛇や獣を封じ込めた場所であるためともいう。
 以前から念願の山に、梅雨の晴れ間を狙って登った。上多古川沿いに林道を走って、伊坪谷出合に架かる赤い橋の近くに駐車する。すでに11時前。「熊やマムシが白昼出没する」など、クマやヘビの絵入りもある立て看板が何枚かあり、地元では登山者は歓迎されていないようである。橋を渡って短い石段を登り、砂防堰堤と村の水道施設その前から斜面の踏み跡に入る。崩れやすい荒れた道は岩で行く手を遮られて左へ捲く形になり、左手の大きくなぎ落ちたところから続いている山腹の道にでる。ほぼ水平の山腹道を10分ほど歩くと、細いが高い滝を横切る場所に出た。橋が落ち、丸木一本だけが辛うじて残っている。岩が濡れて危なっかしいので、赤テープに導かれて高捲きする。更に二つ谷を渡り、苔むした大岩の横を通ると谷音が近くなり、山仕事の小屋跡にでる。
 標識に従って左の植林帯を登る。しばらくは、スギ植林の中のしっかりしたジグザグの登りになる。やがて崩落したガレ場に突きあたり登山道は途切れ、踏み跡が入り乱れる。足元が崩れ落ちる急斜面を登り、小さい岩場を斜めに登るように横断する。小屋跡から1時間歩いたところで「五合目 840m」の標識に出会う。さらに1時間頑張って、ようやく左手に白髭岳などが見える尾根に出た。
 尾根上の道は倒木を跨いだり、アセビのブッシュを漕いだりしながら続く。「七合目1000m」の標識があるところは少し開けて、行く手の山頂部がまだ高く見える。雑木林に入り、再び急登が続く。苔むした大岩の横を通り抜けると、シャクナゲの大木が並んでいる。花の時期にはさぞかし見事だろうと思う。山頂かと思ったピークに登りつくと、まだ先にピークが見える。最後のシャクナゲ林をかき分けるように急登して、14時30分、やっと頂上にたどり着く。休憩を含めて2時間半の予定が、なんと3時間半もかかっている。僅かに南側が開けているが、靄がかかっているようで山上ヶ岳もよく見えない。全身汗まみれで記念写真を撮り、早々に元の道を下山する。
 心配した雨にも遭わず、クマにもマムシにもヒルにも出会わずに済んだが、久しぶりのシンドイ山だった。それだけに登り終えたあとの達成感は大きく、二人とも大満足で帰宅した。



カムチャッカ・アバチャ山


【期 日 】2008年7月24日〜28日
【メンバー】、JAC関西支部会員9名(TL鹿田匡志氏)、会員外1名

詳しいレポートはこちらに
 JAC関西支部の海外山行「カムチャッカ・アバチャ山登頂5日間」に参加した。普段はアプローチが難しい土地だが、この夏は関空から直行チャーター便が出るので手頃な日数で行けるようになった。緯度が高いため、日本では高山でしか見られない花々が低地でも見ることができるという。しかし、ネットで以前に行った人のレポートや、藤田健次郎さんの「アジアの山紀行」を読むと、一日でBCから標高差1900mの往復はかなり厳しそうである。足の衰えを自覚しだした年齢の私が、果たして登頂できるだろうか?

2008年の山旅(9〜12月へ)