冨田利雄画伯のメッセ−ジ
これは、「芸術と山下清」と題する文章です。冨田画伯が主宰する「青垣会」のアマチュア画家をencourageするために書かれました。
しかし、このお考えは、狭義の芸術に関する哲学だけでなく、私たちが一生かかって、作り上げる「それぞれの人生という芸術」にも、当てはまるのでないかと思いました。それで、ここに掲載させて頂きました。
芸術は何、幸福とは何かという問いほど難問はない。だから、確たる答えを得られることはまずない。ということを前提として敢えて一文を呈してみたい。
日本人は言葉の呪縛的魔力に弱い。この命題は、特に禅僧が、既成言語への不信と警戒をもって修行に当たっているといわれる。
その意味で、私たちは芸術という言葉そのものに翻弄されていないだろうか。昔、人がモノを作ろうとした原点では、芸術などには殆ど無縁だった筈で、絵を描くことも素朴な遊びか祈りではなかっただろうか。
それが明治以来、教育制度に従って優劣と得点を競う方向に歪曲。最近は社会構造の矛盾の中で、事大主義の展覧会やコンク−ルが激増し、さらに本質を見失いつつある。
さて、「絵をかく人で誰が一番好きか」といえば、ボクは「山下清」と答える。すると殆どの人は「へえ・・・・・?」と首をかしげる。それでいて、文化勲章受章者の名などは知らず、山下清の名ならば知っているのは、なぜだろう。それについて理屈を言えばきりがないが、要は、彼が「いわゆる芸術家」に無関心であり、上手、下手にこだわらず自分の好きな絵をかいて「野に咲く花のように風に吹かれて、野に咲く花のように人をさわやかにして」くれたからだろう。その彼を芸術家らしく権威づけようとして、ベレ−帽なんか着せて、山下先生!なんて呼んでも、すぐ裸になって逃げ出したことが、その本質を物語っているのである。彼からすれば回りの人たちのそうした常識が煩わしく不純に思えてならなかったに違いない。真の芸術は、優劣よりも如何に異種独自の花を咲かせるかにあり、普遍的学習はその芽を摘むに等しい。
薬師寺の国宝「薬師三尊像」と古代遺跡から出土した「埴輪」とを対比した場合に、その優劣など論ずるまでもなく二律背反だ。が、いずれが好きかと問われれば、ボクは、「埴輪」と答える。それは、埴輪と山下清に相通じる素朴美を見るからである
現在の展覧会は、上野の美術館に限って見ても、一度に何千点、一年に何万点の作品が並べられる。すべて高得点を得た入選作、努力作、芸術作ばかりだが、そこには、山下清ばりの素朴で楽しい野に咲く花のような作品は一点もない。ないのは当然であり、あれば落選するだろう。
いかに立派であり精巧であっても、造花は造花でしかない。香り高い野の花と本質的に根元的に次元が違うのである。
ともあれ、ボクも今日から明日を考えるとき、やがて必然的に来たる「その期(ご)」に臨んでは、いわゆる芸術も財宝も、ノドを潤すに足りる一滴の清水に及ばないものである。もはや、そうした名誉とも地位とも無縁だ。
願わくば残された少ない時間を、山下清のように、あの幼児期の遊びを取り戻して、「オエカキゴッコ」に夢中になれたら最高の幸福と言わなければならない。
そして、ヘタでも可憐で香り高い野の花のような、自分のラクガキを抱きしめ、頬ずりしながら生を終えたい。
(平成7年11月)
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