「万葉スケッチ」のこの絵はスケッチ散歩「万葉の風景」に掲載されるとともに 絵葉書(あづま家製)になっています。
バ−チャル画廊「大和万葉」のこのペ−ジは冨田画伯のご許可をえてそのイメ−ジを再現しました。
文章は画伯御自身が、スケッチ散歩「万葉の風景」に書かれたものを引用しています。
(巻1・51)
采女の袖 吹きかえす 明日香風
都を遠み いたずらに吹く
志貴皇子
【甘橿丘(あまかしのおか)】
かって采女たちが袖をひるがえしてそぞろ歩いた飛鳥の
このあたりも、今は廃都となって、吹き渡る風さえなにかむなしい・・・
とは、志貴皇子らしい胸にしみる秀歌だ。
持統八年、この甘橿丘ふもとの浄御原(きよみはら)宮から
北へ2km、香具山ちかくの藤原宮へと都は移った。
広い土地で、唐の長安を模した近代的な都城を建設、新しい
国家を完成するのが、夫・天武天皇の遺志をつぐ持統女帝の使命であった。
だが、その藤原京もまたわずか16年で見捨てられ、都は
平城京へと移っていった。
ちなみに、甘橿丘の中腹に犬養 孝先生の書による
この歌の碑が建てられている。
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