忘れかけた一日

目頭が熱くなったんだけれど
人前じゃ今さら涙もないじゃないかよ
あゝ僕という奴も
ずいぶん変わったものだ
あの日雲が青い空をおおいつぶし
でんわのベルがけたたましく鳴り響く
あゝ二日酔いの僕は
うつろに目を覚ましたんだ忘れかけた一日
 三人連れの刑事がやってきて
 やさしい顔で僕をにらみつける
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

東京丸の内本署につれていかれて
うす暗い取調室では
あゝ逮捕状が目の前に
手錠が見事に並んでいる
弁護士を呼んでくれとしがみつく
金沢に行ってからにしろと刑事さんが
冷たい手錠の鎖
僕の腕にからみつく忘れかけた一日
 東京駅新幹線ホームに立ちつくす
 誰かの目が僕の腕にくらいつく
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

留置場は暗くしめった”旅の宿”
なれない僕は吐き気さえもよおし
あゝなんでこんなことに
これからどうなるんだ
外はいったい雨なのか晴れなのか
誰にも逢えないむしょうに話したい
あゝ時は過ぎてゆく
楽しみは取り調べだけ 忘れかけた一日
 話すことを禁じられちまうと
 誰とでもいいから口をききたい
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

刑事は物腰やさしく話しかける
外では週刊誌のトップ屋どもが
あゝせわしなく走り廻る
今こそあいつを滅ぼすことだ
真実はこの世でひとつと云うけれど
刑事はふたつの答えに悩みつづける
あゝどちらが正しいのか
ウワサも激しく飛び交う忘れかけた一日
 10日が近くなった留置場暮らし
 なんでもいいから早く出たいと思いだす
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

弁護士は力強く叫びつづける
キミはもうすぐ出られるガンバるんだよ
あゝ言葉はこんな時
何の力も持たないんだ
毎日の取り調べが待ちどおしい
タバコを一服するだけが楽しみ
あゝいつになったら僕は
外では何が起こってるんだ
 言葉に力がないことを知っているかい
 信じてくれなどとつい叫んでしまう
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

刑事とちがって検事はしかめツラ
何か云おうとすると怒鳴られそうで
わるい奴はお前なんだと
決めつけてるみたいだった
デタラメなことでもいいから云っちまえば
それだけ早くここから出られるんだ
あゝ弱気な僕の顔が
喉元まででかかってるぜ忘れかけた一日
 外でのいろんなことが頭をめぐる
 世間の奴等は僕をどう裁くだろう
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

10日を過ぎたある朝留置場へ
刑事が階段降りてくる駆け足だ
あゝ今日も取り調べだ
タバコを吸いたいとこだった
取調室の空気がいつもとちがう
裁きの時がきたぞさあ落ち着こう
あゝ外の空気が匂う
僕は自由の身になれた忘れかけた一日
 ヒゲなど剃って身支度を整えて
 外ではカメラがシャッターを押す時待ってる
 「年貢の納め時だ」忘れかけた一日

苦しくも長い10日間余りだった
誰に話してもわかるまいこの気持ち
あゝみからでたサビか
それにしても高くついたよ
外にでたら何も喋るまい
話せば話すほど誰かが傷つく
あゝ時には黙り込む方が
正しい時だってあるんだ忘れかけた一日
 記者会見などと洒落こんだが見苦しい
 誰も彼もが悔しそうな顔で見やがる
 「年貢の納め時だぜ」忘れかけた一日

そんなに僕が憎いのかマスコミさんよ
騒げば騒ぐほど傷のなすりあいだよ
評論家などひっぱりだして
正義の話などおかしいよ
人はいつでも悲しい話を語りたがる
それにしても忘れることになれちまいすぎて
今はもう笑い顔したね
正義の味方みたいな奴が沢山でてきたっけ


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