〜平城遷都遷都1200年祭〜その@

「陛下から御下賜金を・・・」おもいもかけぬ吉報に、青木知事はこれで平城遷都1200年祭は大成功間違いなしだ。と声を弾ませ、嘉十郎の手を固く握りしめた。文面は「御下賜金 今般有志相謀り、平城宮址保存ノ為メ記念碑建設ノ趣被聞召 思召ヲ似テ金参百圓下賜候事」明治四十三年四月二十日 宮内省 とある。平城遷都1200年祭は奈良県だけでなく、国のためにも意義のある行事と認められたのだ。

「異議あり!」地元で平城遷都1200年祭の意義を説いていた小原内務部長が熱弁の最中に突然、ひとりの男が立ち上がり「宮跡とかを保存して、われわれの生活が豊かになるのか、役にも立たない昔の宮跡を保存する無駄金を使うよりも、県としては、もっとわれわれのためにしなければならないことがあるのではないか」観衆の中で拍手がパラパラと起こった。突然の予期せぬ反対論に小原内務部長は言葉を詰まらせた。すると、「大馬鹿者奴が!・・」白髪をたくわえた老人が雷のような声で男を一喝した。「この北畠治房は尊皇の志厚く、常に国事を憂い、天誅組の義挙にも馳せ参じるなど、かたときも国事を忘れることなく、世のために働いてきたつもりである。国事を疎かにして国民の生活がなりたつものかどうか、このたびの平城遷都1200年祭にしても、宮跡保存にしても、国を愛するものであれば当時を偲び、その存在を顕彰するのは当然のことである。祖先を敬い、祖先に感謝するのが日本人の心であり、ましてや、日本人の心を世界にまで誇りえる文化をこの奈良の地に開花させた奈良七朝の遺徳を偲び、顕彰することがどうして無駄といえよう。それを、国を忘れ、己の私利私欲にこだわり、顕彰を無駄だなどとは言語道断!この場から去るがよかろう」この時、北畠男爵は七十八歳であった。

この一喝で場内は静まりかえった。嘉十郎は胸の閊えの晴れる痛快な恫喝であったが、まだまだ自分の事しか考えない人達の存在があることを痛感した。

次に続く